約束
春休みを前に、進路希望調査が配られた。2年生以降は文系と理系はクラスが別になるため、どちらを希望するかも決める必要がある。
「花菜は理系でしょ?」
「うん、瞳子は、文系?」
「そのつもりだったのだけど、理系にしようと思うの」
「そうなの?」
花菜は嬉しそうにする。
「えぇ、両親からは文系の学科に進学するように言われたのだけど、自分のやりたいことは何かを考えてみようと思うの。先生に相談したら、迷うなら理系を選択する方がいいって。文系にしちゃうと数学Ⅲ・Cと物理は選択できなくなるんですって。」
「やりたいことか。瞳子は優しいし冷静だからお医者さんとか似合いそう!」
瞳子は意外な返答に驚くが、医者を目指すことには不思議と違和感を感じなかった。
「ありがとう。考えてみるわ」
瞳子は優しく微笑む。花菜も自然と一緒に微笑む。
「もうすぐ春休みね。深山君とは、どこかに行ったりはしないの?」
「何にも決めてないんだ。」
「今は何もしていなくても会えるけど、春休みは約束しないと会えないのよ」
「うん、でもなんか最近前よりも緊張するようになっちゃって」
「どうして?」
「うーん……。意識しすぎなのかな」
瞳子はクスクスと笑った。
「なんで笑うの?」
花菜は不思議そうに聞く。
「ごめんなさい、心配して損しちゃったなって」
花菜は照れ笑いした。
「今日も一緒に図書室で勉強して帰るんでしょ?春休みの話してみたら?」
約束しないと会えない。その通りだ。と花菜は思う。
「早田?」
深山が花菜の顔を覗き込むと、花菜は動揺して顔が真っ赤になる。
「わぁ、ごめん、なに?」
「なんかぼーっとしてたから」
深山君は無表情のままで言う。
「ごめん、考え事してた。もうすぐ春休みだね」
「うん」
「どこか行く予定とかあるの?」
「あぁ、家族の食事会はあるけど予定はそれ1日くらいかな」
家族の食事会という響きが上流階級っぽいなと花菜は思った。
「どっか行く?一緒に」
思いがけない深山の言葉に花菜は思わず深山の腕にしがみついた。
「いく!行きたい!」
深山は驚いた顔で花菜を見る。花菜は我に返ってあわてて手を放し下を向く。
「あ…ごめん、うれしくて、つい」
「うれしかったんだ」
花菜が見上げると深山はかすかに微笑んでいた。
深山の表情が柔らかくなるたびに花菜はドキドキしてしまう。
「どこか行きたい場所ある?」
「えっと…」
行きたいところはあるが、深山が楽しめるのか分からず躊躇する。
「どこ?」
深山はそれに気が付いていた。
「あの、水族館…」
「いいよ」
深山は即答する。花菜はキラキラした目で深山を見上げる。
「いつにする?」
二人で予定を合わせるのは、とてもワクワクする。約束ってうれしいな、と花菜は思った。
「楽しみにしてるね」
花菜はへへへと笑顔で深山に言う。
深山は柔らかい表情で頷いた。