21話
もちろん、このわたしが負傷を負うはずがありません。
「やるね……やっぱり君は最高だ」
「それほどでもありますけど、嬉しくないです」
魔人に褒められても反吐が出る。
「そちらこそ、わたしの反撃をかすり傷で済ませるなんて、生意気ですね」
「これがかすり傷に見えるのかい? まあ、褒め言葉として受け取っておこう」
首の皮一枚でぶら下がっている腕。壊れた蛇口のように、二の腕からこぼれ落ちる鮮血。
先のナイフの攻撃はもちろん躱し、すれ違いざまに圧縮の魔法をお見舞いしてあげたのですが、ご覧の通り致命傷とはなりませんでした。
魔人にとっての致命傷は心臓の破壊で、それ以外は大した損傷ではありません。なんだったらそれすらも致命傷にはなり得ない可能性すらあります。
体が動かせなくなろうとも、魔人には悪魔の魔法がある。完全に息絶えるまで、脅威であり続けるのです。腕一本程度、かすり傷の範疇です。
「門番さんの体から出ていきなさい。大人しく魔界へ帰ればそれでよし。そうでないなら死ぬまで殺すまでです」
「おお怖い」
二の腕の負傷をものともせず、魔人は肩をすくめて言いました。
「でも君は一つ勘違いをしているようだから教えてあげよう」
「あなたから教わることなど──」
「この体は君の言う『門番さん』の体じゃない。正真正銘、私自身の体さ」
わたしの拒絶を遮って、魔人は言いました。
「……それはつまり、あなたは文字通り『魔界からやって来た悪魔』だと言いたいのですか?」
そんな存在は聞いたことがありません。悪魔そのものだなんて。
「御明察。悪魔の姿のままでは常世は過ごしづらいからね、体の形を変えてちょこっと拝借させてもらった記憶と皮を体に貼り付けているのさ」
さも当たり前のように語る魔人──いえ、悪魔。
門番さんは門番さんではなくて、かといって魔人でもない?
……では本物の門番さんは?
「ご褒美としてもっと色々教えてあげよう、君とのお喋りは存外楽しめる」
「それはまた嬉しくないですね」
「実は、君はとっくに門番さんに会っている。これがどういう意味かわかるかい?」
「…………」
もちろん検問の時の門番さんのことを言っているわけではないでしょう。あの時点ですでに悪魔だったのだから。
「……まさか、葬儀屋で見たあの遺体?」
全身の皮が剥がされた五人目の犠牲者が、門番さんだとでも?
とても信じられませんでしたが、わたしの呟きを耳にして悪魔はもともと歪んでいる表情をさらに歪ませました。
悪魔は手を叩き、耳障りな声で嗤います。
「いいぞ、その調子だ! では次だ。君はあの家のような宿屋で疑問に思わなかっただろうか。〝母親は?〟と」
「それは……」
確かに思いました。若い兄弟だけで宿屋を運営しているとは考えづらいですから。
「未だに帰ってくると信じているようだよ、あの兄弟は。とっくに死んでいるのにね」
悪魔は楽しげに、まさに悪魔の笑みを浮かべています。
「どうしてあなたがそれを知っているんですか? 母親が死んでいると。それも門番さんの記憶ですか」
「いいや違う。私がそれを知っている、ということが答えさ。長女は知っていたようだがね」
それだけでわかるだろう? とでも言いたげに、今度は涼しげな表情を浮かべました。
そしてわたしはそれだけでわかってしまいました。
「最初の犠牲者、なんて言わないですよね」
受付嬢さんにお伺いしたとき、一人目は女性だったと教えてくれました。
悔しそうに、悲しそうに。
なんの因果か、受付嬢さんは立て続けに家族の死を目の当たりにしてしまったわけですか。
「またまた御明察! 話 が 早 く て 助 か る よ」
──この悪魔は完全に、わたしの神経を引き千切りました。
「ぶっ殺す」




