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013封印術の習得

 一日の授業を終えると補習を受けるかのように教室で道徳の授業があった。

 人間は奴隷ですらも大事な資産であり、勝手に壊してはいけないと。平民を守るのは貴族の役目であり、魔物と戦うのは嗜みなのだとか。

 物を大切に、生き物は宝物。しかし魔物は殺せという内容だが、魔物は生物に入らないのだろうか。

 その問いに対する答えはモンスターは命を大切にしない。だから殺されるのだと。

 だとすれば命を軽んじる人間はどうなるのか。何か事を起こせば法に乗っ取って処分される。道徳があればそういった事態から逃れられるので、言わば一種の護身術であるとの事だ。

 そのような内容を延々と、毎日教えられて一週間。聖女との邂逅が決まった当日になった。

 副団長が迎えに来て馬車に乗る。御者は馬の男で、乗り込む時にありがとなとの感謝の言葉を貰う。私の杖が気にしなくていいと言えと言うのでその通りに口にしたら、成長したなと驚かれた。

 馬車の中では副団長から聖女の人となりを聞かされたのだが聖女はとてもいい人で、よほどの粗相をしなければ問題なく話は進むだろうとの事だった。


『そのよほどをしでかしそうなところあるよな。姫さんって』


 失礼な物言いだ。これでも私は真面目に道徳の課外授業を受けているのでイーリアスの心配は無用なものだろう。しかし警戒するには越したことがないので彼には助けてもらいたいものである。聖女から直接封印術を教えてもらえるのは大事なチャンスだ。逃すのはあまりにも惜しい。

 その好機を掴める場所、教会へと辿り着いた。副団長に手を取って馬車から降ろしてもらう。そのまま私を守るように馬の男と副団長という二人の騎士が前を歩く。教会の扉が開かれると同時に閃光が走った。


『アルテミス!』


 視界を妨害する奇襲に対して、杖のイーリアスが収納から飛び出し私の身を守る防御魔法をかけてくれる。だが、追撃が来る様子は無かった。


「……エリーザ様から話は聞いてる。僕は歓迎しない」


 光によって晦まされた眼が回復してくると、私よりも年上らしき少年が杖をこちらに構えていた。


「ユーリ殿。悪ふざけはやめていただきたい」


 副団長は呆れたようにその少年に声をかける。


「違う」


 とだけ呟くユーリと呼ばれた少年に副団長は首を傾げた。

 なるほど。悪ふざけではない、と。


「なぜ」

「死ぬ」

「ふむ」


 私が聖女の後継者になる事で聖女の不老は終わってしまう。それは間接的に殺す事と一緒だと言う。


『いや、なんでそんな翻訳できんの?』


 などと言われてもそう言ってるのだから分かるだろう。


「シール。あいつはユーリ・ディルタイ。聖女様の子孫で、血統が血統だけに聖属性を得意としてる。まだ学生だ。本来は大人しくって、いきなり目潰ししてくるやつだなんて話は聞いた事ないけどな」


 馬の男が苛々しげに彼を紹介してくれる。


「帰れ」

 お前達にエリーザ様を殺させはしない。


「魔王を倒す」

 為には聖女の力が必要である。


「エリーザ様が」

 やればいい。そうすれば死なずに済む。それで世の中も平和になる。


「私が」

 やるのだ。そうしたいと思っている。


「ふざげるな」

「話にならない」


 そんな調子で話したのだが騎士二人には通じていないようだった。とりあえず交渉が決裂した事だけは分かったようだ。


「落ち着いてください。彼が何を言おうと決めるのは聖女です。彼女は後継者を必要と感じていますので、子孫とはいえそこに口を挟めるはずもない」

「む……」


 痛い所を突かれたという様子だ。イーリアスが言うには悲しそうだ、とも。


「あら、お客様がもういらっしゃっていたのね。ごめんなさい、お待たせしてしまって」


 教会の入り口から一人の少女が現れた。学生が、学園を卒業したばかりの年頃に見える金髪の少女だ。


「貴女が後継者に名乗りをあげてくれたのかしら。私はエリーザ・ディルタイ。封印の聖女なんて呼ばれちゃったりもしてます」

「鍵はかけた」


 どうにも聖女の部屋に鍵閉めの魔法をかけて閉じ込めていたらしい。客が来たら自分が呼びに行くからと嘘を吐いて。


「あら、ユーリ。あなたがやったの? 駄目よ悪戯しちゃ。お手洗いにいきたくなってなかったら気付かなかったわ」

「どうやって」


 外に出た方法はどうしたのかと問う。貴女は自分の部屋の扉にかけられたものでさえ鍵閉めの魔法を勝手に開けたりはしないはずだと。


「窓から出ましたよ。でも、外に出るなら身支度も整えないといけないし、少し時間がかかってしまいました」

「くっ……!」


 それなら、と彼は再びこちらに杖を向ける。しかしそこから魔法が放たれる事は無かった。


「女の子には優しくするように教えたはずですよ」


 それよりも先に聖女が子孫に呪文を唱えてくれたらしい。


「ユーリ、貴方の魔法を封印しました。お客様が帰るまでは解きませんから大人しくしていてくださいね? ……では皆さん。封印術をお教えする前にしなければならない事があります」

「それはやはり、試練のようなものを?」

「いえ、お花摘みに。ちょっと失礼しますね」


 そう言えばトイレに行きたくて外に出たのだ。当然と言えば当然の流れである。

 少しばかりの間、子孫の少年からの視線を受けながら聖女を待っていると、戻ってきた聖女に中庭へ案内される。

 そこでは大型の獅子のような獣が狭い檻の中で窮屈そうにしていた。


「とりあえずの練習相手として騎士団の方に用意していただきました」

「聖女様にもお手伝いいただいたので、輸送は楽なものでした。封印術のおかげで今あのような姿をしているモンスターも子供のようなサイズになったのです……結果として檻を用意する担当との食い違いもあり、あのような様子になってしまったのですが」

「ランクダウンの封印は魔王を長期間封印するために必要だと言われています。事実、血の魔王の封印に綻びはありません」


 聖女が封印したのは血の魔王。棺とはどのような違いがあるのか。


「血の魔王は人間の血液によって魔力を高めていました。一日三回の食事と言って、毎日三人の人間が魔王の犠牲となったのです。徐々に積み重なる犠牲、高まっていく魔王の力。それは人々の恐怖を煽るのに充分なものです」

「それを倒した勇者の事が知りたい」

「彼の持つ剣、盾、鎧の三種の神器。その力を十二分に発揮していました。特に神属性を纏った剣は魔王に対して絶大な効果を発揮します」


 それならば私の魔法も魔王に対して効果があるだろう。希望の見えてくる話だ。


「過去の魔王も畏怖の対象だったのでしょうが、やはり棺の魔王が恐ろしい。何をやっているのかが伺い知れない。魔王クラスに暗躍されるのはあまりにも不気味ですよ。表に出てこないのでは勇者が現れたとしても剣が届かないのですから」


 副団長の言うことももっともだ。何故なら血の魔王は人間を襲う為に姿を現している事になる。けれど、棺の魔王は一度魔の森に現れたくらいしか出現の報告が無い。


「私にオラクルが使えたならば、棺の魔王の様子も分かると思うのですが……」

「オラクルってなに」

「神様と交信して、情報を与えていただく魔法です。教会の伝説に近い魔法ですよ」


 その魔法は魔法で興味がある。


「そっちも詳しく知りたい」

「ええ、いいですよ。ええと、ところでお名前をお伺いしてもいいかしら?」

「シール」


 なるほど、シールさん……。そう言って、聖女は何か考え始めた。


「封印魔法を覚えるのには詠唱がよさそうね。我が名において命ず、彼の者を封印せよ。って感じがいいわ。魔法陣も描けるとよりいいのだけれど」


 魔法陣は硬い蛇を相手にした時、先生が回復魔法を範囲化したものである。あれは魔力で円と紋章を描いて効果を高める方法である。教科書にも掲載されていて、試験にも出るという。


「封印したい時に魔法陣を描かないといけないのは余りにも冗長」

「そうは言っても、魔王を封印したければ相手がそのくらい動けない状態じゃないと成功しないの」

『姫さん。それに関しては俺にいいアイディアがある』


 私の杖の発想にはいつも助けられている。今回も何か考え付いたのだろう。


『瞬動術使う時みたいに足に魔力を込めるだろ?』


 ほう。


『そのまま右足を後ろに下げて爪先を立てる』


 それで。


『くるっと一回転』


 突然の奇行に聖女が首を傾げる。


『はい、魔力の円ができましたよっと』

「紋章も描かないといけない」

『それなら右手にあるだろ? 姫さんそのものが紋章になるのさ』


 天才だろうか。

 これで封印魔法の完成だ。早速試してみる。


「シンジツノカガミ、起動」


 右足で円を描いて、自身を紋章として扱い魔法陣を作る。

 後は魔力を起動して詠唱する。


「我が名において命ず、彼の者を封印せよ」

「あ、モンスター相手とはいえ弱らせないと封印は――」


 檻ごと粒子となった獅子の魔物は私の足元の魔法陣に吸い込まれていった。


「――出来ない、はずなんだけど」

「封印成功?」

「え、ええ……これは私が教えたに入るんでしょうか。ううん」


 そう悩む聖女を尻目に、私は魔王にとどめを刺す手段を手に入れたという事実を噛み締めていた。

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