閑話 シールにかかわる男達1
シモン(馬の男)視点
平民の僕が無事に王立グランドリア学園を五年で無事に卒業できたのはひとえにクラスメイト達と共に悩み、励まし合った結果だと思う。
特に一年、いや実質半年間だけ一緒に学んだ伯爵家の少女が平民と貴族の垣根を超える橋渡しをしてくれたんだ。
シール・バーナム。皆を集めてはそのとんでもない魔力制御の才能を無駄遣いしたくっだらない芸を見せては人々を呆れさせ、笑わせてくれた。僕達が笑うと彼女も嬉しそうに笑って、僕達はみんなシールが大好きだった。
そんな彼女が見た目も表情も別人のようになったのは夏季休暇が明けてからだった。何をするでもなく座っていて、実習で皆が外に出る時もそれは変わらない。ただぼんやりとそこにいる。一日の授業が終わると図書室に寄り、時間まで本をぱらぱらとめくると寮に帰っていく。シールと同室だった女の子が言うには部屋では眠りもせずただ座ってるだけ。正直何をしたいのか分からない。
彼女は壊れてしまった。あまりにも異質なそれは魔王にでもやられたのではないか。いやいやそれは王都に魔王が侵入したという事になる。ありえないだろう。そんな噂を人々が立てた。
事件は二年生になった時に起こる。進級したのに二年のクラスにシールがこない。一年の教室で少し騒ぎになっていた。クラスの名簿にいない子が一年の教室に座り続けている、と。もしやと思えばやっぱり犯人はシールで。なんとかしようとした教師が呼びかけても無反応。痺れをきらした教師の一人が杖を取り出したところで、反撃のマジックミサイルが飛び出した。負傷者が出たことでそれはもうパニックが起こった。なにせ周囲は一年生なんだ。頼もしい大人であるはずの教師が謎の人物に手傷を負わされる。そんなの混乱しないはずがない。
結局、第二騎士団の耳に入り要請された彼らも被害を受けたところでこちらから攻撃と思わしき行為を見せなければ害は無いと判明し、放置する事に決まった。その次の年も、さらにその次の年も彼女が席に座り続けるとも知らずに。
その後の俺たちは、おかしくなった彼女の分も頑張ろうと皮肉にも結束を固める事になる。シールと寮で同室だった子は私はシールちゃんに付き添ってあげたい。とメイドになる決意さえ固めていた。本当に彼女は愛されていた。
だから、彼女が学園で人形と噂されるのは辛かった。それと同時に、納得してしまう自分が嫌だった。シールは僕達が成長してもまるで背丈が伸びない。変わるのは髪の長さくらいで、それ以外は変わらない。話しかけても大した反応が無いし、こちらが誰なのかまるでわかってないみたいだ。
彼女はいつまでああしてるんだろうか。俺達が卒業しててもあのまま学園に居座り続けるんだろうか。そう思うと背筋の寒い思いをした。
そんな心残りがありはしたものの、俺の学生時代は終わりを告げ、第三騎士団新入りになった。得意の召喚術が認められて馬を一匹預けられた。有事の際はこの能力で馬を呼び、伝令として馬を走らせることになる。俺はこの馬にワトソンと名付けて可愛がった。
訓練は当然のように厳しかったけれど、ワトソンと一緒なら耐えられる。そんな気がした。
棺の魔王が魔の森に現れた。そう伝えられたのはそんな矢先の事だった。あわよくばシールに何かしたのはお前なのかと問い詰めるチャンスがあるかもしれない。僕はこの討伐に立候補した。
けれど考えが甘かった。当然命令には従わないといけないから近づくチャンスは無く、前線の戦士達の合間を縫って魔王を守るスケルトンの軍勢に攻撃魔法を撃ち続けた。
団長や副団長クラスはゾンビと化したドラゴンを相手に大立ち回り。その肉をどんどんそぎ落としていく。しかし骨まで達する一撃を加えて見せると、スケルトンが一匹回収されてドラゴンゾンビの新しい骨に再生成される。減ったスケルトンは時折棺を出してきてそこから補充される。そんな事を繰り返しているとドラゴンゾンビは骨だけになって動き出していた。
絶望が周囲を覆い始める中、魔王は言うのだ。
「すまない、あまりにもフェアじゃなかった! 今から君たちにはスケルトンの軍勢を貸してあげよう! それでどうにかボーンドラゴンを倒しきってみせてくれるかねえ」
若い女の声と、老婆の声を交互に出す不気味な喋り方だった。その宣言によって、骨の戦士達はこちらへの抵抗をやめ、反転した。
こいつらが味方に? しかしそんなことをして魔王になんの得があるのか。理解の範疇を超えていた。
それでも使えるものは使うという団長の判断で行われたのはスケルトンごと相手を焼き尽くせ、だ。裏がありそうだし一緒に処理してしまうのは確かに安心できる。
「ああ……なんて脆弱なんだろう。物足りなくて仕方ないよう」
そんな溜息めいた呟きを魔王が老婆の声でした時だった。現れたのは杖に乗って降りてきたシールだ。
彼女はマジックミサイルでボーンドラゴンを倒してみせて、棺の魔王さえも撤退させた!
僕は嬉しくなって副団長に彼女を連れ帰る仕事に志願した。事情を聴かなければならないからと難色を示されたが、公爵家の養子である事を理由に後でも構わない事を説明した。
シールをぼんやりして落ちないように前に乗せて、俺は後ろから愛馬ワトソンの手綱を引いた。
話しかけると前よりだいぶまともに話ができる。まだちょっと怪しいが……。とにかく、それが嬉しかった。
もっと回復してほしい。だから僕は正直な思いを口にした。
「僕達クラスメイトはな。馬鹿だけど馬鹿なりに頭使って頑張るお前が好きだったんだからな」
後日、事情聴取はほとんどルーアース公爵がやっていたと判明する。あいつ全然分かってねえ!
サンド・ルーアース(父)視点
やめて、お父様が消えちゃう。
そんな叫びを今でも夢に見る。それは一人の少女の慟哭。
今は私の養子になった、愛すべき娘の嘆き。
伯爵家で起こった屋敷の人間が一人の女の子を除いて消滅してしまった事件。手掛かりになるのは当然一人だけだった。
記憶を覗いて残っていたのはそんな叫びのワンシーン。あとはどうでもいいような日常がほんの少し擦り切れた写真程度にしか残っていない。
人の記憶とは当然だが本来そんなものではない。きちんとした映像のはずで、本人が忘れたとしても残っているはずなのだ。
それがないという事は彼女も何かされた被害者という事になる。
とはいえ、彼女の感情の伺えない瞳と気力を見せないだらりとした身体の様子から簡単に見て取れる事だった。
あまりにも無残で、見ていられない。犯罪者の記憶を覗いて手掛かりを掴む。私の主な仕事ではあるが、ここまで辛いのは初めてだ。
バーナム家とは多少の交流もあった。とても元気な娘がいて手を焼いていると伯爵は笑っていたが。
その娘の成れの果てがこれだ。確かに幼いながらも美しい容姿をしてはいるが、あまりにも無残すぎる。
私はすぐに彼女を引き取った。出来る事ならば彼女の受けた不幸以上の幸せを与えてやりたい。そんな同情心からのものだ。
だから私は彼女の辛い記憶を消した。元々記憶を覗けるのだから消す事も派生でしかない。ルーアース家の秘術であり、私の杖収納にはそのやり方の書いてある書が入っている。
なんにしろ父が消えると嘆く彼女を知っているのはこれで私だけだ。死ぬまで抱えて持っていく。
しかし彼女の幸せについて考えるのはあまりにも難しかった。彼女は何にも興味を示さない。私が父だという事が分からないというのは拒否されているだけかと思ったがそうではないらしく、執事もメイドも誰一人として覚えられない。食事も無表情で食べていて好き嫌いがあるわけでもなく、夜は眠りにつかないという。ただ、学園に行かなければならないとは言っていた。だからその意思を尊重したが、そこでも若干のトラブルを起こす。
まるで幸せと切り離されてしまったかのようだった。それでも私は娘の幸福を諦めきれない。
だからこそ、シールが一人の騎士に連れられて帰ってきたときは驚いた。名乗った私の顔をじっと見てきたのだ。それだけこちらに関心を見せてくれるという事は初めての事だ。
次の朝も私の顔を覚えてくれたようで、頭の一つも撫でたくなるのが親心というものだろう。
しかし、棺の魔王によって失われた感情を棺の魔王との相対で取り戻すとはなんたる皮肉、いや運命か。
記憶の中にいた灰色の肌をしたフードで隠れてはいるが豊満な身体をした女は、きっと棺の魔王でいいはずだ。死体のような、死体よりも血色の悪い肌をしていると伝説にも残っている。
この件に関しては国王も知っているが、緘口令を敷かれてしまった。どうやって館に忍び込んできたのかも分からないというのではあまりにも民の不安を煽る。第二騎士団の戦力を増やし城下の警備を強化するという事で話がまとまってからもう五年だ。
これでもう安心、とは言えなかった。第二騎士団は自信満々に言うのだ。魔王が城下に入ればすぐにでも気付けると。馬鹿め、実際には気付かなかったくせに。
お前たちが気付いていれば娘はあんなに傷つかずに済んだかもしれない。そう思うと私の頭が熱くなるのを感じる。
しかし貴族としての冷静な部分がそれを抑えてくれる。怒りをぶつける意味が無い、と。
私はシールの幸せを願っている。だからもし、魔王を倒す事でシールが幸せになるならそれでいいと思っている。……だが、その後はどうなるのだろうか? 魔王を倒したからといって、彼女の本当の家族が帰ってくるわけでもない。だから私は模索する。彼女が幸せを感じられる方法を。学園に通いたいというなら好きなだけ通わせる。
ちなみにその後、シールは魚を食べて。
「味が分かる」
と発言をした。今まで分かってなかったのか。もっと娘について知らなければ。ただ、思春期になるとそういう父親の努力が逆効果になるという。そうなったとしても父はお前の幸せを願い続けるぞ。
イーリアス(喋る杖)視点
姫さんの魔力が俺を生んだ。
なんか結構レアな素材が使われているらしいが、それでも本来はただの杖でしかない俺がこうやって意識を持つのはありえない事らしい。ありえないとか言われても実際にありえたんだから、それってありえないって言わないよな?
そんな事はどうでもいい。俺ってなんなのよって話だ。俺には俺の常識があるわけだけど、それってどこから来たのよ。姫さんが常識外れだって分かるのは俺に常識があるからなわけで、でも姫さんに常識が無いのに俺は誰から常識を教わったんだ?
分かんねえ、分からなすぎるぜ。とはいえそのおかげで姫さんをサポート出来るわけだからな、めでたしめでたしってわけで。
自分について悩むのはそこまでだ。俺は姫さんの杖。それなら姫さんの事を考えるのが俺の役目ってもんだ。
姫さんは一言でいえば美少女だ。その銀髪や蒼眼が滅茶苦茶綺麗なのはもちろん、無表情なところもいいよな。高嶺の花っていうの? 貴族としての品格に溢れてる。年齢にしては胸もそこそこある早熟な体といい、見た目は完璧だ。そのせいかこの前赤毛のエロガキに指先とはいえ口づけを許しちまった。あれは俺の失態だったな。
中身の方はその辺の連中とは一味違う。魔王を倒す、その一点に集約されてる。やっぱり杖としての本懐としてはすごい魔法をどーんと放って強い相手をぐわーって倒したいじゃん? その点、姫さんは理想的。ジャイアントキリングよ。
魔王を倒したいってのも口先だけじゃなくて強さも言うだけの事はある。神属性なんてのはそもそも人間が使うものじゃない。その名の通り神々の領域だ。もしも神の魔力が宿ったアイテムが見つかってそれを使おうとした場合。自爆がオチだろうな。
それだけ制御が難しいんだ。それを難無く使いこなす姫さんの制御力は天下一品よ。
いい所ばかり語ったが、欠点もある。人間誰しも欠点くらいあるよな。
まず喋らない。いや、話しかけると返してくれるんだけどそれだけって言うか。話がつながらないタイプ。姫さんのクラスメイトも難儀してた。好きなものある? ない。そ、そう……みたいになる。
次に人の感情が分からないっぽい。姫さん曰く、人の顔がよくブレてみえる? とかなんとか。声色から察するのも苦手らしいから、これに関しては俺がフォロー出来る部分なのでそうしたい。
色々考えてみたものの、まあ俺は姫さんが大好きってことだ! それだけは間違いなく言える。なんかよく分からない生まれ方した俺を素直に受け入れて、相棒って言ってくれるんだぜ? 好きじゃないわけがねえさ。
最後になんで姫さんかってな。まあ、あの人は生まれて一目見た時から思ったのよ。俺にとっての絶対的な存在だってな。だから女王様みたいなもんなんだけど、ちっこいから姫さんだ。簡単だろ?
実際は俺無しでも姫さんは大丈夫らしいんだ。シンジツノカガミを魔法の媒体にすればいいから。ただでさえ暴食で使いづらい俺をそれでも頼ってくれる姫さんに感謝してるし、姫さんを守れるのは俺だけだ。杖の身だけど姫さんの騎士の座はそんじょそこらのやつらには譲れねえな。
アレン・ガイ・グランドリア(第三王子)視点
私はクラスメイトから恐れられている。
自覚はあるのだ。一人だけ護衛の騎士を二人もつけ、王族だと言う事も知られているのだからそれは当然の事だった。
学園に入学して二か月。友人らしい友人は公爵家のメローくらいのものだった。
しかし、それを一変させたのは学園の人形と呼ばれる見てくれだけは美しい少女によるものだった。
そもそも、学園に特等席があるとは知らされていた。兄がそう言っていたのだ。授業を一番よく聞ける席は王族のものである、と。
しかしそこに座るのは今年は無理かもしれないなどと難色を示したのは護衛騎士の一人だった。
なんでも学園には生徒でもない少女がいて、それがいつまでも一年の席に座っているというなんとも怪しげな話を聞いた。
人形に触れてはいけない。そんな不文律が出来ているのだと。
初めて教室入った時、確かにそれはいた。だから私は聞いたのだ。
「王族の席に座る不敬者は貴様か」
返ってきた答えは無い。無視である。
「私はアレン・ガイ・グランドリア。この国の第三王子である」
「わかる」
適当な返しである。
こんなんでも公爵家の娘であり、一時的に頭もおかしくなってしまっているので許してやってほしいとこの人形のメイドに言われれば、そもそもメイド如きが話しかけてくるのが論外であると窘めたが結局は許してやることにした。
聞けばなんらかの事件に巻き込まれ解決すらしていない哀れな身だと言う。そのようなものに慈悲をかけられずして王族と言えるだろうか。いや、言えない。
そもそも席の一つで文句をつけるのもあまり褒められた行為でもない。私は適当な席に腰を下ろした。
そして棺の魔王が付近に現れ、休校になった後の初めての登校。メイドの説得によりついに私の席から人形が退いた。
一言文句もつけてやろう。そう考えた私が言葉を一言二言交わすと、呪文を唱えて杖収納から見たこともないような美しい黒の長杖を突きつけてきた。
挨拶だというそれを、私は受け入れる。大体の意味としてはこれからも仲良くしよう、である。
さんざん人の席を奪っておいて仲良くしようとは笑わせてくれたが、私はそれを受け入れた。すると、皆が私との交流を求め始めたのだ。
「クラスメイトも王子と仲良くしたかったけれどきっかけが掴めなかったようですね」
そのきっかけが人形だったというわけか。世の中どう転ぶか分からないものだ。
私はクラスメイトに受け入れられた事をぶつかりあう杖の感触で感じ取っていた。