第19話 折れそうな心に拳
大変お待たせいたしました。
無事に多忙な時期を終えたので、復活したいと思います。
まずは2話どうぞ。
人は褒美が用意されると普段以上にがんばれる。
それ以上に、失敗の果てに罰が待っていればそれはもう死に物狂いにだってなれる。
結論から言おう。
本気と書いてマジになった彼らは普通に強かった。
――1日目。
「なんだよ、もう終わりか?」
「今日は、もう、無理……」
師匠さんや弟子たちに見守られる中、意気揚々と臨んだ今日の初戦。こういうときは年齢の高い方が優先されるのか、彼らのうちの最年長から順に挑んできた。
僕よりも2、3歳は年上の相手。大人なら大した差ではないけど、子供にとっては体格という形でもろに差が生まれる。
獣人種は体の成長が早いので、そもそも体の大きい方ではない僕とは頭一つも身長が違っていた。
そのせいもあって一戦目敗れ、二戦目も敗れ、そのまま瞬殺が続いて五戦目の終わりで僕の体力と気力が尽きた。
彼らにとっては珍しい相手との対人戦。僕と違ってその日の稽古をこなした後だというのに、むしろ元気が有り余っている様子だった。その後に控えていた相手からは露骨にがっかりされた。
弟子たちにとって一日に何戦も戦うのは普通のことらしい。
食い下がることもできず、しかし年上だから仕方がないと開き直り明日こそはと決心を固め、その日は終了となるのだった。
――2日目。
この日の相手も全員年上、というよりもこの中で同じ年頃はウォン含む数人しかいない。
案の定、今日も絶望的な戦いが続いた。昨日と同じく5人に敗れて10連敗。
師匠さんに発破をかけられたためか、どの弟子たちも僕を侮ることなく全力で叩き潰しに来るのだ。つまりは、長年の稽古の中で獲得したスキルを惜しげもなく使ってくる。
反応できない速さで接近されたり、攻撃を防いだと思ったら吹っ飛ばされたり、ひと睨みで体が動かなくなったり。
まともな戦闘用スキルがない身からすればずるいと言ってやりたいくらいだ。
この時になってやっと、僕は自分のおかれた状況の過酷さを自覚する。
彼らに勝つ方法がまったく思いつかないのだ。このままでは一勝もすることなく終わってしまう。
称号を改善するために、僕は少しでも弟子たちに深い印象を与えなくてはならないのに、全員にあっさり負けるようではそのまま忘れ去られてこれまでと元通りだ。
再度接触を試みようとしても軽くあしらわれて相手にされないだろう。
痛む全身を労わりながら、僕は夜遅くまで打開策を考え続けるのだった。
――3日目。
「おい、びびってんじゃねえよ。ちゃんと戦え!」
頭をひねり出してたどり着いたのは結局、まともに正面からぶつからないという消極的なものだった。
ヒット&アウェイの、後者に比重を傾けきったような戦い方。退避と攻撃が9対1の割合といってもなお甘いかもしれない。
当然相手は怒り心頭。やはりあちらとしては熱い戦いというものを望んでいるみたいだけど、そんなのに付きやってやる義理はない。というか、正々堂々戦ったところで白熱した熱戦が繰り広げられることはないだろう。
日を重ねるにつれて、相手の技量は低いものとなっている。年長者から出てきたのだから、単純に考えれば後の方が弱くなるはずだ。
まあ、一番最後に控える最年少の相手を考えると、そんなのは儚い願望でしかないのだが。
「ガァウッ!」
「ぐっ、しまっ……!」
吠えるような声を耳にした途端、体の動きが鈍くなる。<威嚇>というスキルだ。
効果はそのままで、こちらを萎縮させて行動を阻害する。もういろんな相手に何度も使われている。
発動の条件はとにかく相手に大小関係なく恐怖や脅威を感じさせたとき。凄みを利かせた睨みや、脅すような声など手段にはよらない。
目をつぶったり耳を塞いだりしない限り、およそ防ぐのが難しいため、これまで何度も苦しめられていた。
恐怖を感じなければいいんだけど、少年とはいえガタイのいい男に声を荒らげられてはビビらずにはいられない。
「うっ、くっ……」
「チッ、寒い戦い方しやがって……」
一瞬動きがとまったところに、<跳躍>から<拳闘術>の打撃で沈められてノックアウト。11敗目だ。
同じ師匠に師事しているせいか、彼らの戦い方は似通ったところがある。その基本パターンが、さっきのように気合で押して相手を萎縮させ、動きを制限したところを押し込むといった感じだ。
つまり、僕が勝つためには少なくとも苛烈な勢いに押されないような胆力を身につけなければならない。しかし、戦い慣れていない僕にとってそれは一日やそこらで可能なことではなかった。
そしてわざわざ最初に体力を消耗するような戦い方をしてしまったのが悪かった。
その後は満足に戦うことができず、連敗数を15に伸ばしてしまうのだった。
――4日目。
ここまで来ると、もう終わりが見えてくる。
師匠さんに一定の実力があると認められ、集落の外での稽古を許されているのは25人。つまり最短で明日にも僕はお役御免となる。
残念ながらまだ称号にもスキルにも変化はない。生まれ持った不利を覆すには、まだまだ影響が弱いということだ。
少しでもここで価値を示し、長く彼らと関わっていたいと思う。
別にこの数日間、ずっと戦ってばかりというわけではない。できるだけ多く言葉を交わそうと心がけているし、邪魔にならない範囲で休憩中なんかに稽古について尋ねたりもしている。
「ねえ、ジョニー。どうやったら勝てると思う?」
「それを俺に聞くのかよ」
何気に一番よく話すのがこのジョニーだったりする。もともと気安い性格なのか、声をかければ応じてくれるというのが大きい。
稽古のときのウォンはひどくぴりぴりしていて話しかけづらい。同じ弟子たちでも話しかける人はほとんどいないようだった。しかし、その姿は孤立というよりも孤高という言葉が正しい。
やはりウォンは弟子たちの中でも一目置かれる存在らしかった。
「せめて一勝はしたいんだよね」
「兄貴たちに勝てる方法があるのなら、俺が聞きたいくらいだよ。そして俺に関してはわざわざ教えてやるほど馬鹿じゃない」
「ジョニーの称号は『突貫する者』で、ちょっとやそっとじゃ受け止められない突進が強み。小回りを利かせれば横を突くことができる可能性大」
「おい! なんで俺のはそんな知られてんだよ!」
地道なリサーチの賜物である。
弟子たちと話していれば、僕でも誰なら勝てるかもしれないという話にもなる。そこであげられたのがジョニーの名前だった。
彼はウォンに次いで若く、そのウォンほど規格外でもないので、まだ粗削りなところが多い。単調な攻撃が得意というのは性格もさることながら、まだ技術的にそこまで身についていないのも理由である。
あとこれが一番重要だが、ジョニーは<威嚇>のスキルを持っていないと思われる。持っていたとしてもこのジョニーに恐怖を抱くかと言えば微妙なので、他と比べてまだ戦いやすいはずだ。
ステータスにスキルとして反映されるだけあって、<威嚇>を使ってくるのは眼光の鋭い、いかにも風格を漂わせている相手だけだということが、これまでの観察による結論だった。
その考えからすると後に控えている10人の中で<威嚇>を持つと思われるのは3人。
そうあたりをつけて挑んだ今日の勝負。
昨日までと比べてまだ勝負になっていたはずなのに、僕は勝てなかった。
連敗によって気持ちが完全に守りに入っていたこと、そして<威嚇>を警戒するあまり他が疎かになったこと。
敗因を悟ったのは帰路についてからだった。
――5日目。
今日でここに来られるのは最後かもしれない5日目の今日。
昨日の痛い敗戦が響いたのか、僕の気持ちはどこか沈んでいた。
観戦する弟子たちも僕の実力が大したものではないと知って、どこか退屈そうだ。僕に勝ったことで罰は免れたので、もう興味を引くほどのことではないのだろう。
師匠さんは初日からここまで無言を貫いていた。
初戦、一歳年上の少年。ガラの悪そうな目に逆立った毛は皆、僕に近寄り難い威圧感を放っている。
彼は僕が<威圧>スキルを持つと判断したうちの一人。ところかまわず荒れた雰囲気を振りまいていることから、戦士としては力の使いどころを分かっていない未熟者に見えるが、正直一番いやな相手だった。
言ってしまえば友達にはなりたくないタイプ。この時点ですでに僕の心は挫けていた。
案の定、始まってすぐに<威嚇>に竦まされてしまう。度重なる敗北で、すっかりこのスキルに対する苦手意識が生まれてしまっていた。
負けたくない。だけど、怖いものは怖い。
もろに<威嚇>の効果を受けまくり、何もできずに負けてしまった。
これまでと同じ、ただの敗北。しかし26回目も積み重なれば、正直もう勝つことよりも早く終わってほしいとすら願いそうになる。
それが悪かったのか27、28と連敗数は増える。
僕は地面に倒れたまま起き上がれなかった。
「どうだ、いけるか?」
「……う、ん。ちょっとだけ、待って」
次の対戦相手であるジョニーに気遣われつつも、僕は何とか立ち上がる。こうして再び向かい合うと、あの森でおかしなことを言ってきたときの彼もまったく本気ではなかったというのが分かる。
もう、まったく勝てる気がしない。骨の髄まで叩き込まれた自分の弱さが、全身から力を奪っているようだった。
「いいな? では、はじめ――って、お、おい?」
審判の弟子が始まりの合図を告げようとして、なぜか焦ったような声を出す。
「お前の番は次だぞ! おい、ウォン!」
よく耳慣れた名前に、半ば靄がかかっていた意識が晴れた。
顔を横に向ければ、そこには恐ろしいほどに無表情のウォンがいた。
「おーい……まだ俺戦ってないんだけど」
ジョニーが控えめな声で呼びかけるも、審判の声もろともすべて無視される。ウォンの目は、ただ僕だけに向けられていた。
そして、いきなり首元を掴まれる。
「……がっ!?」
「情けない。本当に情けない」
「ウォ、ウォン……?」
「――こんな負け犬のことを少しでもライバルだと思ってた俺がッ、なあ!」
「いっ、ぎッ!?」
ウォンは大きく腕を振りかぶったかと思うと、握った拳を捻りを加えて僕の顔面に叩き込んできた。あまりの出来事に腕で防ぐこともできなかった。
そしてその一発では終わらない。
「ぢょっ、待っ」
「待てってか!? ふざけるな! 俺が一番俺を殴りたい気分だ!」
「ぐっ、うっ!?」
「そんなんで! 俺のまわりをちょろちょろして! 鬱陶しいんだよ! 目障りなんだよ! この、世間知らずが!」
暴虐は止まらない。
始めてみるウォンの憤激に、誰も動けないようだった。
「俺のこと! 友達とでも思ってたか!? ああ!? ふざけんな!」
僕は声を出すことすらできない。ただ為すがままだ。
ウォンの口から、次の言葉が出るまでは。
「こっちは、遊びじゃないんだよ! ままごとならなぁ! 帰って腑抜けの両親とやってろ!」
「ッ、ち、がうッ!」
「ああ!?」
「こっちだって! 遊びに来たわけじゃ、ない!」
反射的に体が動き、初めて反撃に出る。といっても拳を手のひらで掴んだだけだ。
そのままの状態で叫び返す。
「父さんも母さんも腑抜けてなんかいない! 今だって、二人とも戦ってる!」
そう、今だって己の過去と戦っている。
単身、因縁の深いエルフィス王国に向かった父さんはもちろん、母さんも。
ここ数日、母さんが何やらやっていることに僕は気づいていた。余裕のなさと毎日怪我をして帰る気まずさから、直接聞くことはできなかったけど。
僕のことならともかく、2人を腑抜け呼ばわりされることだけは許せない。
掴んでいた拳を引き込んで、逆の手で手首をがっしり捉えた。
もう目は霞んで頭もふらついているけど、怒りがなんとか僕を持ち堪えさせている。
「いきなり殴ってきて! ふざけるなはこっちのセリフ、だッ!」
弱々しいパンチはまっすぐにウォンの顔面を捉え――なかった。
首をずらして避けられたのだ。
「それならなぁ」
言いながらウォンは、振り抜いた僕の手首を掴み、逆に拘束されていた側の手を振りほどいて掲げて見せた。
どことなく口角の上がった口許を見て、ああ終わったと直観する。
「――情けない顔してないで、とっとと前向きやがれ!」
今度こそ、僕は完全に地面に沈んだのだった。