序章 運命が回りはじめる前のこと
★人物紹介
・ティーナ:サイレント国の王女。国で唯一声を発することができる。21歳。ブロンドの波打つ長い髪に深い青の瞳。童顔なのが悩みらしい。
・ダナン:王女つきの最高位騎士。36歳。茶色の少しぼさっとした髪に黒の瞳。無精髭を生やしすぎてティーナにしかられることも。面倒見のいいおじさん。死に別れた恋人からもらった指輪を首にさげている。
・テレス:王女つき侍女。21歳。ティーナの乳母の娘でティーナとは幼馴染み。朱色の髪に赤い瞳。猫目。少しおてんばだが、気のいい姉御肌。実は炎の魔術師の末裔。
言の葉を
もっと気軽に伝えることが出来たら
どんなに楽だろうと思う
声を発することが禁じられた国、サイレント。この国で声を発することが唯一出来るのは女王のみで、王子も姫も発することは出来ない。だから、外部の者がこの国に入りたいなら対価として自分の声を差し出さねばならない。しかし、入ってしまえば一生飢えることのない豊かさを与えられる。では、この国で産まれたものは?そんな疑問も浮かぶことだろう。生を宿し母の体内で健やかに育つ胎児はわずか5ヶ月にして声奪いの儀を行われる。術者が訪れ奪っていく・・・、産声すらもあげれないのだ。
それでは何故声を奪うのか?言葉は力であり、生命だからだ。その強い力を持てるのは唯一女王のみ。女王のみが言霊を、力を有することができる。一種の信仰のようなものだ。
女王はいろんな声を持っている。昨日は僕の、明日は貴方のものかもしれない。そう、察しがいい人ならもうわかるね?僕らの声は女王のもの。だから、女王の声がどんな声なのかなんて分からない。声を発する女王でさえも・・・!
「ダナン。貴方はどう思います?」
ブロンドの波打つ長い髪を風にたゆたせながら、一人の女性は自分の最も信頼をおく騎士に問いかける。
『私はとてもお美しいと思います』
騎士が宙に文字を書くとそれが青い光を放ちながら現れ、問いかけた女性がそれを読み取ると消えてしまった。
女性は儚い面持ちで長いまつげをそっと伏せ、
「貴方に聞いたのが間違いだったわ!貴方は私のことを悪く仰らないもの・・・」
彼女が悲しそうにするとこちらまで悲しくなってしまう。彼女の手に軽く自分の手を重ね、首を横に降る。
『私が貴女様に嘘をついたことが有りますか?自慢とは言えませんが、私はとても正直者なんですよ』
騎士はにっと笑って見せる。そうすると、彼女はくすくすと笑い、貴方の言葉を信じます、と伝えた。
少しの沈黙。二人にとってはいつものことでこんな風に時が過ぎるのも愛おしい。
「・・・貴方の声が聞きたいわ。私の声で貴方に伝えたい・・!!!」
もう何度言われたか分からない言葉。声がなくとも不自由はない。始めから無かったものはしょうがないし、それを補うように伝える技術は日々進歩しているからである。でも、彼女は違う。声を有してしまっている。そんな願いは贅沢だ・・・、彼もそう思うことはある。でも、彼女が一番苦しんで、彼女が一番不幸なのかもしれない・・・。
出来ることなら・・・
『貴女をこの国から連れ出したい』
彼女はその文字を見た途端、慌ててかきけすように手で払う。
「他の方に見られたらどうするのです!!?謀反とも思われるお言葉ですよ!!!」
彼女にしては珍しく眉尻をあげて、怒っている。・・・迫力はないが。
『貴女に嘘はつけません。そう申したはずです。』
そして、大切なことを、
『貴女の先ほどの言葉の方が見つかれば重い罪に問われます。軽々しく仰ってはなりません・・・!』
そういうと騎士は軽く彼女の頭をくしゃりと撫でながら、
『私の君主は貴女しかいらっしゃいません。明日は年に一度の言霊の日。どうかご自愛下さいませ』
子供が親の言うことを聞くときのように、彼女はこくりとうなずいたのだった。
次の日、目が覚めると少し周りが慌ただしい。言霊の日。この国で年に一度、女王様が星のお告げを伝える日。声を聞くことが叶う日。国民たちが待ち望む日。
しかし、女王ティーナはこの日があまり好きではなかった。たくさんの知らない人がいて緊張するし、自分の発する声は自分のものではない・・・、そう思える日だからだ。そして、ちょっと付け加えるならば、ダナンが警護の仕事ばかりであまり自分に構ってくれない日でもあるから・・・。
憂鬱そうに髪をかきあげひとつに纏める。こうすれば少し大人っぽく見える気がする。昨日の夜にダナンが美しいと言ってくれたドレスを着て、きらびやかなネックレスを着ける。白い絹のようなドレス、あまりじぶんの趣味ではないけれど、ダナンが誉めてくれたから・・・。鏡の前で少し頬を染めていると、支度を手伝うために部屋に入ってきた侍女が、
『ご自分で支度を済まさせれてしまったのですか?ふふふ、そんなに頬を染めてしまわれて・・・。鏡に映るご自分のお姿に見いっていたのかしら。それとも、お慕いしている方でも?』
書きながら侍女のテレスは意地悪そうな笑みを浮かべる。テレスは乳母の娘で小さい頃から仲がいい。女王である自分にも萎縮せずに接してくれる数少ない人間だ。
「もう!からかわないで!!お化粧がまだ残っているの。テレス、手伝ってくれるわよね?」
『そのために参りましたのよ。女王様のその可愛らしいお顔を私が妖艶にしてさしあげます』
「もぉ~っ!!!」
子供っぽい顔なの気にしてるのに!と思いつつ、ぽかぽかと軽く叩いても、余裕で受け止められてしまう。
『さあ、支度をしますので席について下さいませ!』
茶色の革に金の細工をあしらったふかふかの椅子に腰をかける。さぁ、この日さえ乗りきれば明日からまたいつもの日常がはじまる!そんなことを思いながら・・・。
言霊の日。皆が待ち望む日。でも、その日が運命の日だということは誰もまだ気づいてはいない・・・。