第一話:切腹から一年前!? 目指せ、家康へのゴマすりと生き残り
慶長五年(1600年)十月 因幡(現在の鳥取県)
「赤松広秀! 鳥取城下を灼熱の焔で焼き払い、民を苦しめた罪は明白!改易の上で 切腹を申しつける!」
徳川家康の使者が冷酷に告げる
「待て待て待て! 待ってくれ。ワシは亀井(茲矩)の奴に『城下町を燃やせば鳥取城は落ちますよ』って唆されただけじゃ!」
「言い訳無用!内府様のご命令である。武士らしく潔く腹を切りなされ!」
使者は聞く耳を持たない。知らん顔を決めている亀井茲矩のドス黒い顔が目に入る。
『コヤツ!!ワシを売りおったな!!』
十月二十八日 因幡(現在の鳥取県) 真教寺
赤松広秀 切腹。
腹に冷たい刃を突き立てた強烈な激痛、亀井茲矩のあのドス黒い顔が脳裏を凄まじい勢いで駆け抜けた。
『無念!戦国の世を切り抜けたと思ったが・・・このような結末。龍野赤松家断絶・・・ご先祖様に顔向けが出来ぬ・・・』
広秀の意識は消えていった・・・・・・・・・・・・・・はずだった・・・・・
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「……はっ!?」
赤松広秀は、跳ね起きると同時に自分の腹を両手でさすった。
痛くない。血も出ていない。穴も開いていない。それどころか、手に触れるのは三十代半ばの心地よい(少しばかり肉のついた)己の腹筋と、上質な着物の感触だった。
「殿! いかがされました!? 大声を上げられて……」
ふすまがバシャッと開き、重臣の小野木が青ざめた顔で飛び込んできた。
「小野木……? お主、生きておったのか……いや、ワシも生きとるな? ここはどこだ? 黄泉の国か? 閻魔大王の裁き待ちか?」
「何を寝ぼけておられるのです! ここは但馬竹田城の御殿にございますよ! 今日は慶長四年(1599年)の九月吉日にございます!」
……慶長四年(1599年)
広秀の頭の中で、歴史の歯車がガタガタと音を立てて逆回転した。
関ヶ原の合戦が起きるのが慶長五年(1600年)の九月。
鳥取城攻めの後、広秀が亀井茲矩に濡れ衣を着せられて切腹させられたのが、同じく慶長五年(1600年)の十月。
つまり――。
「死ぬ一年前……!?」
広秀は己の手を見つめ、それから天を仰いだ。
神様仏様、あるいは但馬の山々よ、ありがとう。一回死んだおかげで、未来の結末が全部見えている!
(笑わせるなよ、あのタヌキオヤジどもめ! 史実のワシはな、宇喜多との義理でうっかり西軍に味方し、関ヶ原で西軍が大敗したと知るやパニックになり、亀井の口車に乗って鳥取城下を火の海にし、最終的に『あいつがやりました』と家康公に告げ口されて切腹&改易だぞ!? 踏んだり蹴ったりにも程があるわ!)
二度目の人生、やるべきことは決まっている。
一、西軍には絶対に関わらない。
二、徳川家康公に命がけでゴマをすりまくる。
三、亀井茲矩の言うことは一言半句たりとも信用しない。
四、火気厳禁。たばこも焚き火も全面禁止。
「殿……? なにやらニタニタと不気味な笑みを浮かべられて、どうされたのですか?」
「小野木よ。すぐに奥を呼べ」
「は? 奥方様(宇喜多直家の娘)をですか?」
「そうだ。離縁する」
「はあああああ!?」
小野木が素でひっくり返った。無理もない。政治結婚とはいえ、夫婦仲はそれほど悪くなかったのだ。だが、広秀にしてみれば背に腹は代えられない。
「おい小野木、よく聞け。奥の実家である宇喜多の義兄上(宇喜多秀家)はな、あと一年もしないうちに徳川内府殿を相手に大喧嘩を起こす!」
「大喧嘩って……秀家様は五大老のお一人ですよ!?」
「いいから離縁だ! 徳川内府殿の喧嘩相手の義弟なんて、内府殿に睨まれてワシの腹に穴が開くわ! 円満に離縁に持ち込む! 慰謝料はたっぷり払う! 実家に送り返すんだ!」
こうして、広秀の「生存フラグ爆立て爆走劇」が幕を開けた。
数ヶ月後。慶長五年(1600年)八月。
広秀の予言通り、石田三成が挙兵し、天下を二分する関ヶ原の戦いへと突入しつつあった。
竹田城の本丸で、広秀は腕を組んでうなっていた。
宇喜多家の姫とは泣く泣く(しかし超高速で)離縁を成立させ、手切れ金を山ほど持たせて送り返した。これで宇喜多関連の呪いは解除されたはずだ。
だが、問題はここからである。
「殿、但馬内の情勢ですが……八木城の別所(1万5千石)、豊岡城の杉原(2万石)、出石城の小出(6万石)。全員、西軍に与して出陣の準備を進めております。我が赤松家(2万2千石)の兵力は、かき集めて700。周辺の国人衆を脅して連れてきても900が限界です」
家臣の報告を聞き、広秀はフッと鼻で笑った。
「900? 十分すぎるだろ。いいか小野木、世間じゃ『天下分け目の合戦』とか言って美濃に大軍が集まっているがな、あんなところでドンパチやってる奴らは素人だ」
「は……?」
「徳川内府殿が一番欲しいのは何か分かるか? 『自分が指示せずとも西軍の拠点を潰しておいてくれる気の利く奴』だよ! ワシらは但馬の西軍を片っ端から倒し、『最初から東軍でしたけど何か?』という顔で徳川内府殿に成果を献上するのだ!」
「し、しかし殿、出石の小出殿だけで6万石、兵力1800ですぞ!? 勝ち目が……」
「正面から戦うなんて誰が言った? ワシの得意技を知らぬわけではあるまい。奇策だよ、奇策! 前世……いや、昨日の夢でひらめいた完璧な作戦がある!」
広秀はニヤリと笑い、扇子をパンと叩いた。
「狙うはまず、隣の八木城・別所家だ! 兵450の小城だが、ここを速攻で潰して、但馬中に『赤松は狂ったように強い』という噂を流す!」
「具体的にはどのような作戦で……?」
「音と煙と、ありったけのハッタリだ!!」
広秀の目には、かつて己を死に追いやった理不尽な歴史への復讐の炎が、メラメラと燃え盛っていた。
(亀井のハゲタカめ、見ておれよ……! 今度のワシは、城下町を焼く代わりに、敵の胆を冷やしてやるわ!!)
赤松広秀、二度目の人生。
生き残りをかけた、腹黒くもコミカルな但馬平定戦の火蓋が、いま切って落とされたのである




