第6章 計画が狂い始める
一夜明けた城戸家のリビングには、“静かすぎる静けさ”と“張りつめた空気”が同居していた。
広々としたリビング。
ソファーの正面にはガラステーブルが置かれていた。
その上には、逆探知装置へと繋がれた固定電話の受話器が、不気味に鎮座している。
警察二名が応接セットに腰を下ろし、「犯人からの連絡を待つ」という名目で、なぜか家の中でくつろいでいる。
浩史は、顔を両手で覆い、肩を小刻みに震わせる。
「妻が……心配で……大人しくて優しい妻が、なぜこんな目に……代われるものなら、私が代わってやりたい……」
指の隙間から除く浩史の目は一ミリも潤っていない。
「城戸さん、お気持ちは分かりますが、どうか気をしっかり持ってください」
「うううっ……」
嘆くふりをする浩史。
(ふふ……計画通りだ。あとは“誘拐犯”からの連絡を待つだけ……)
内心ではニヤつきながら、外側は“悲劇の夫”を完璧に演じていた。
その時、浩史のズボンのポケットで、スマホが「ブッ…」と短く震えた。
警察の目を盗み、そっと画面を素早くチェックする。
『やっぱり寂しい (ノД`)シクシク 今日、会える?』
愛人からのLINEだった。
(おいおい、空気をよんでくれよ)
浩史は涙を拭うフリをして顔を伏せ、膝の上で高速でフリック入力を始めた。
『後で電話する。愛してるよ、チュッ』
「城戸さん?」
背後から突然、ベテランの富田警部補に声をかけられた。
「ヒャアッ!?」
浩史は変な声を上げ、スマホを引っくり返してソファーの隙間にハイスピードで押し込んだ。
心臓がバクバクと音を立てる。
「あ、いや、その……な、何でしょうか?」
「……いま、何か打ち込んでいませんでしたか?」
「はは、まさか。そんなこと、するわけないじゃないですか」
浩史は引きつった笑顔を浮かべながら、背中で冷や汗をぬぐった。
その時、リビングに、ジャラジャラとけたたましいベルの音が鳴り響いた。
その音は登録外の着信音だった。
浩史は一瞬、心臓が跳ねた。
音源はソファーの隙間に押し込んだスマートフォンだった。
富田達警察が辺りを見回した。
(ヤバい……)
「あ、あれ、こんなところに……」
浩史は顔を引きつらせ、ソファーの隙間から素早くスマートフォンをそ取り出した。
背中には大量の冷や汗が流れた。
(来た……! 次の指示だ……!)
だが、画面には《非通知》の文字。
(……え? おかしい。次の指示は“文書で送る”って話だったはず……)
警察がこちらを見ている。
「出ないんですか?」
「い、いや……これは……仕事の……」
浩史は慌てて席を外し、廊下に出て通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
『あ、もしもし〜? 聞こえてる〜?』
……聞き覚えのない、妙に明るいおばちゃんの声だった。
(誰だ……!?)
『あのねぇ、奥さんを返してほしかったらねぇ……』
(奥さんを返す……? いや、あいつは男だった……誰だよ?)
『まずはねぇ……梅干し食べる?』
「はあああああ!? 梅干し!?」
廊下に響き渡る浩史の叫び。
警察がドアの向こうで「?」という顔をしているのが分かる。
『あ、間違えた。えーっと……身代金ね。身代金。あと、社長の座も譲れってさ』
「社長の座ぁ!? なんでだよ!!」
『知らないよ。犯人が言ってたんだよ』
(指示が違うし、犯人って……誰だよ……!俺が犯人を雇ったんだろうが!!)
浩史は頭を抱えた。
そこへ、追い打ちのようにスマホが震える。
ブーッ、ブーッ……
今度は《麻由子》の名前。
(……は?)
恐る恐る出る。
「……お、おい麻由子……?」
『浩史さん……犯人から、“あなたの退任と身代金”を要求されました』
麻由子の声は怯えもなく、落ち着いていた
「お前が犯人から連絡受けてどうするんだよ!!」
『“あなたに伝えろ”って言われたんです』
(そんなはずないだろ!!俺が犯人を雇ったんだよ!!)
警察が廊下の向こうから声をかけてきた。
「城戸さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です!! ちょっと……妻…あ、いや……」
(なんで麻由子が犯人と話してんだよ……!計画と違う……全部違う……!)
ブーッ、ブーッ……
さらに追い打ちのように愛人から電話がかかる。
「待てなくて電話しちゃった。ねぇ、今日会える?』
(会えるかぁぁぁ!!)
浩史はスマホを握りしめ、震えた。
(おかしい……全部おかしい……計画が……計画が……)
浩史の“完璧な計画”は、この瞬間から音を立てて崩れ始めた。




