第1話 隣人夫婦の違和感
おばあちゃんと孫娘が巻き込まれるドタバタミステリーで、8話完結となります。
都内から電車で一時間と少し。政令指定都市にある格式高い超高級住宅街。高台に位置するため、急な坂階段がそこかしこにある。かつては外国人居留地で、異国情緒あふれる洋館や緑豊かな景観が広がているその一角。
周囲には高い塀や美しい生垣、重厚な門構えの邸宅が並んだいた。
その家はそんな中にあり、少し浮いていた。敷地面積五十三坪、二階建て。建物こそ煉瓦造りのクラシカルな洋館で庭は広くないが、どこか手作り感のあるイングリッシュガーデンが、住む人の気質を映している。
その家のリビングから、還暦を過ぎても四十代にしか見えない西国 由香が、隣の玄関先をじっと観察していた。
春の風が吹くたび、ショートボブの髪が揺れ、涼やかな一重の目が鋭く細められる。
隣の家は敷地面積が広く、美しい生け垣、格式高い門構えを持つ邸宅。スタッコ仕上げの白や壁に、屋根は赤茶色のスパニッシュ瓦を載せた南欧風の建物。縦長の窓には黒の鎧戸が配置されていた。
「おばあちゃん……また見てるの」
弱気な声で目が大きく可愛い顔立ちの孫の遥が袖を引く。小柄で、気の弱さがそのまま姿勢に出ている。
「見てるんじゃないわよ。観察してるの」
由香はきっぱりと言い切った。
ちょうどそのとき、隣の城戸夫妻が家から出てきた。
四十代の夫妻は先ごろ引っ越してきたばかりだった。
夫、浩司は俳優のような整った顔立ちで、スーツ姿が妙に板についている。
一方ゆるふわなショートヘアの妻の麻友子は、ふくよかな体型で、どこか淡々とした態度で浩司の後ろを歩いていた。
浩司はそんな麻由子に苦笑を浮かべながら、何かと声をかけている。
麻由子は浩司の優しさに対して、どこか遠い目をしていた。
遥には二人は仲が良さそうに見えた。
「ほら見なさい、遥。あの旦那さん、優しすぎるのよ」
「優しいのはいいことじゃないの……?」
「まだまだ甘いわね、お前は。あれは“やましいことがある男”の優しさよ」
遥は胃のあたりを押さえた。
由香の“勘”が働くときは、たいてい何かが起きる。
そしてその“何か”に巻き込まれて、疲弊するのは、決まって自分だ。
胃がしくしくしてきたのは気のせいではないと思った。
「でも、仲良さそうに見えるよ」
「見えるだけよ。あの奥さん、昔は痩せてたらしいわ。智恵が言ってた」
ちょうどその都守 智恵が、肩に特注の巨大保冷バッグをかけて、タイミングよく現れた。
大きなタッパーを三つも抱えている。今日も料理を大量に作ってきたらしい。智恵曰く、料理は大量に作ってこその料理らしい。
「由香、これ作ったから持ってきたよ。食べて」
「お裾分けって量じゃないわよ、智恵」
「うちの“お裾分け”はこういうもんだよ」
田舎の気のいいおばちゃん然とした智恵は笑いながら、隣の玄関先にいる麻友子を見て、
「ほら、あの奥さん。昔はモデルみたいに細かったんだよ。今は……まあ、幸せ太りってやつかねえ」
「幸せ太りならいいけどね」
由香は意味深に言った。
浩司は、麻友子の肩にそっと手を置き、車のドアを開けてやっている。
その仕草は丁寧すぎて、どこか芝居がかっていた。
「ほらね、遥。あれは胡散臭い“優しさ”だよ。間違いない」
「おばあちゃん、そんなこと言って……」
「あのご主人の優しさはね、どうも罪の匂いがするのよ」
遥はため息をついた。
智恵は「また始まったねえ」と笑っている。
しかし由香の目は真剣だった。
隣人夫婦の間に流れる、微妙な温度差。
夫の過剰な優しさ。
妻のどこか醒めたような視線。
――何かが起きる。
由香は確信していた。
そしてその“何か”が、まさか自分を巻き込むとは、このとき誰も思っていなかった。
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