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ACTorDIE!〜声優業界下層階級哀話〜  作者: 野乃々田のの
第十章 雛沢ももえの落魄
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10-4 ゴーストライター

「折りからの出版不況で最近はなかなか商業ルートでの展開が難しくてですね、まずは自費出版という形で始めましょう。」


 会場の一角のテーブルで権田原と向かい合った筧は、先程までの狂気染みたテンションから一転、消え入りそうな小さな声で今後の展望について話し始めた。

 一見至極理性的に落ち着いて話をしている様に見える筧だが、先ほどから向かい側に座する権田原のあからさまに訝しげな目線を、全く気に留める様子がない。それはビジネスの話し合いの場に於いて必須の筈の相手の気持ちを汲む為の観察力・洞察力……即ち「思いやり」の欠如を意味した。


 筧が勤める吉創社は自費出版を多く手掛ける出版社であった。

 そして、筧が権田原に提案したのも商業出版ではなくこの自費出版であった。つまり出版にあたっての諸費用は全て権田原の負担という事である。


 ところが、筧はその点を細やかに説明せずいきなり本作りの為の具体的な打ち合わせに入り、権田原の虚栄心と自己顕示欲を揺さぶりにかかった。これは何も筧オリジナルの手法ではなく、吉創社が生い先短い年寄りにクソつまらない詩集や自叙伝を自費出版させて売り上げを上げる為の常套手段であった。


「部数は初版500部で行きましょう」


 ピンと来ない数字であった。


「それは多いのか?少ないのか?」

「なあに心配はご無用、出版にかかる費用はあなたにご負担頂きますが、販路の確保・流通の管理・パブリシティは弊社で行います。」


 やはり会話のキャッチボールは成立しない。

 先程から権田原に向けて話し掛けている事は間違いないのだが、一方でまるで権田原などそこに存在していないかの様な話しぶりにも聞こえる。


「また、これだけのスケールの物語です。映画化やドラマ化の打診も各テレビ局・配給会社に向けて同時に進めます。」


 コレは嬉しい提案だ。………事実であれば、だが。

 それにコレは流石に話ががうますぎるであろう事は、年不相応に世間知らずな権田原にとて流石に察しがつく。

 それにコイツの話し口調といい情緒といい異常な発汗といい、まるで………

 権田原は意を決して尋ねた。


「お前さあ、薬とかやってない?」

「ええ、やってますよ。」


 筧は『朝食にパンとごはんどちらを食べて来たのか』という質問に答えるかの様な軽快な語調で返答した。


「つうか、時代を拓き創る物書きとその伝承を請負う編集者たる物、クスリの一つ二つやらずしてどうしますか。他の先生方や先輩方だって………」

「えっ?おま………」

「さぁ!お持ち合わせがないのなら弊社からローン会社をご紹介し、そちらでご相談頂ければそれで結構ッですッッ!」


 筧の声のボリュームが突然大きくなった。

 どうやら都合の悪い事を訊かれたり、自分が話したいことを伝えようとする時にこうなるらしい。ますます意思の疎通が困難になった。


「文章をまとめたりしたためたりが不得手なら、当方でゴーストライターを用意したり、編集担当を付けてインタビュー集という形式にする事も可能です!」

「おっ、おい!周りに人が居るんだぞ。」

「何せこういった一期一会の出会いは早さが命ッ!さあ、ご即断を!さあ!さあ!さあ!」


 筧の声量が常軌を逸した大きさになり、遂に2人のテーブルに警備員がやって来た。


   ◆


「自費出版かあ……」


 パーティーの主催者に「本日はお引き取り下さい」と会場を追い出されてトボトボと帰宅した権田原は、女を一本釣りするどころか会話さえままならなかった散々な結果に肩を落としつつ、自伝の出版を持ちかけて来た出版社の若造……筧の事を思い出していた。


 結局本作りはテメェの金でやれ、段取りや販売についてはウチでやってやる……と来た。

 人の事を伝説だの神話だの現人神だのと持ち上げた割に、その提案は実にしみったれていた。にも関わらず、決して言葉巧みとは言えない筧の誘惑に自己承認欲求を揺り動かされた権田原は押し付けられた資料を眺めながら首を縦に振ってしまった。安請け合いをした後悔と妙な高揚感が混在する複雑な感情をどうにか押し殺しながら、取り敢えず筧から押し付けられた資料をじっと眺める。


 まず、学のない権田原に物書きは無理だ。という事で、ゴーストライターを雇うのは確定だ。

 資料の中からゴーストライターや編集者の性別・年齢・実績・ギャラがまとめられている「ゴーストライター・編集者リスト」を取り出し一瞥すると、ゴーストライターの項に「21才・現役女子大生のライターの卵」とやらがいた。ライターとしての実績がない為、ギャラも最安値であった。


(打ち合わせの時に若い女と喋れる……!もしここで文系の地味なオタク娘なんぞが来れば、俺の声優としてのキャリアを傘に来てヤれるかもしれん……!ギャラも安いし……)


 権田原は品性下劣ながら至極合理的な理由でこの現役女子大生をゴーストライターに指名した。


 後日面談にやって来た女子大生は、容姿は地味ながら決して悪くはなかった。

 が、黒づくめの服、潤いがなくボサボサの髪、普段どんな生活を送っているのやら分からないガリガリの体躯に黄色い歯、そして何より世の中の全てを憎み破滅を望んでいるかの様な恨みがましい凶眼に目の周りの濃いクマと手首に無数に走る刀傷から、関わり合いになろうものならあっという間に不幸の駄縁に巻き込まれそうな危険なオーラを放っていた。


 権田原はすぐさま「若い女とヤれる可能性」と「この凶眼女の底知れぬヤバさ」を脳内で天秤にかけ、前者に懸けてライターに登用するか、後者を踏まえて追い返すかを思案した。が、無地の黒トレーナーの上からでも分かる豊満な胸の膨らみに目を奪われ、脳内の天秤はけたたましい音を立てて前者の方に傾いた。


「権田原達郎です。宜しく。改めて、名前を聞かせて貰えるかな。」

「さ………かです……」


 女ゴーストライターは蚊が鳴く様な…という例えさえ生温い、か細く不明瞭な声でつぶやいた。権田原はこの先この女と定期的にコミュニケーションを取らねばならぬ煩雑さに早くも気が重くなった。


「さ……さやか?さよか?さえか?さいか?」

「ざ………です……」

「…ううむ、聞き取れん。コレに書き出してくれるかな。」


 権田原が差し出したメモ紙に、ゴーストライター女はガリガリと物々しい筆記音をたてながら、過剰に角ばった字で「ザヴォガ」と書いた。呆気にとられる権田原をヨソにゴーストライター女はメモ紙の自ら記した署名のそばに「電人ザボーガーが由来」と書き足した。


(この女、やっぱ駄目だ。イカれ女の匂いがゆんゆんする。)


 権田原はここで選択を誤った事に気が付いた。が、もう遅かった。


   ◇


 権田原が取り留めなく喋ったホラ話を、ゴーストライターは実に拙く粗い筆致で、そして更に盛って盛って盛りに盛ってしたためた。


 幼稚園の頃ポコチンを蜂に刺され三日三晩寝込んだ事件は「草むらで遊んでいて新種のトカゲを見つけた」となり、高校生の頃近所の小学生にからかわれて頭に血が上り半殺しにした事件は「50対2の喧嘩を無傷で生き延びた」となり、初体験の相手は安いトルコ風呂で出て来た死ぬ程口の臭い50代の鼻毛ボーボーのババアからのちの大女優・篠原キミエになり、役者仲間のタチの悪い先輩にヤクザがシノギで運営しているボクシングジムに無理矢理入会させられ昭和の非合理的殺人トレーニングに晒された上に、そのヤクザがパクられた時には権田原までもが構成員の一員としてしょっぴかれかけた事件は「日本王座奪取ののち世界タイトルへ挑戦」となった。


 どれもこれも権田原の実体験からかけ離れた、ナンセンスなギャグ漫画の様な飛躍の仕方であった。


「こりゃゴキゲンですね!」


 ザヴォガが書くホラ話を筧は両手を打ち鳴らしながら絶賛した。


「笑ってる場合か!こんなモン、ホラの範疇を越えとるだろうが!」

「しょぼくれた初老男の自伝なんてどれもこれもフツーに書いたらつまんないモンばっかじゃないですか。これ位の誇張は入れ込まなきゃ成立しませんよ。中小企業の社長の自伝とか、もっと愉快ですよ。第二次世界大戦の時にヨーロッパの某国の軍事を裏で牛耳ってたとか、何処そこの宗教団体の動向を裏から糸を引いて操って中東の国家間のパワーバランスを引っ掻き回したとか。」

「問題にならんのか?それ。」

「バレなきゃ嘘なんて幾らついても良いんですよ。」

「お前、初対面の時に俺の事を伝説だの神話だの現人神だのとおだてたじゃないか!」

「そんな事言ってませんよ!嘘をつくなんて最低ですよ権田原さん!」


 権田原は肩をガックリ落とした。どうやら筧はクスリを食っていようがなかろうがハナからまともな話し合いが通じない輩の様であった。もっと早く気付くべきであった。


「ま、今のうちからこの本に書かれている事をしっかり自分の頭に『既成事実』として覚え込ませておきゃいいんです。全部が全部実話だって言い切っちゃえばいいんです。」


 依然表情を曇らせたままの権田原に、筧は涼しい顔で言い放った。


「どうせ本当かどうかの裏付けなんか取れやしないんですから。遠い未来、コンピューターか何かでボタン一つ押せばどんな情報でも調べられる様な時代でも来ない限り、ね。」

「そんな事、分からんじゃないか!」

「そんな時代は来ませんよ。それよりも、人間がコンピューターに支配されてしまう時代の方が先でしょうね。」

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