5-6「拒絶の姿勢」
「『魔法少女キューティー☆フレイル』っていう、赤波さんが25年前に出たアニメだよ。それの25周年記念イベントだってさ。」
「………覚えてないなあ。」
赤波はろくに思い出そうともせずにそう答えた。少し考えたところで思い出せそうにないし、思い出そうとすればする程嫌な思い出ばかりが脳裏に浮かぶ。考えるだけ無駄だし、不快だ。
「ホラ、女の子がいっぱい出てくる……」
「そんなアニメ、いっぱいあったから覚えてない」
そしてそういう作品に限って、もれなくスタッフは気持ち悪いオッサンばかりと相場が決まっている。そして、現場にやってくる女声優達を女郎を値踏みする様な目でねめつけるのだ。
「あと……このオファー、ちょっと妙なのがさ。」
「なによ」
「メールを送って来たの、企業じゃなく個人なんだよねえ。」
「個人?誰?」
「このアニメの出演者だった雛沢ももえ……を名乗る人。……覚えてる?」
「覚えてない」
赤波はまたも即答した。
こいつに限らず、声優時代の共演者の中に印象に残る程の尊敬や魅力を感じた奴など一人もいない。
「ほら、このアニメの監督とデキてた人だよ!」
「そんな奴らもアニメの現場にいっぱいいたからやっぱ覚えてない。」
そう、そんなヤツもいっぱい居た。真剣交際だったか愛人契約だったかなぞ知りはしないしどっちでもよいが。
「で?その声優が今は裏方に転向してて、プロデューサーとかになったって事でオファーして来たの?」
「うーん、微妙なんだよねぇ。」
「微妙って?」
「もし赤波さんの言う通りだとしたら所属してる会社なり事務所の名義でオファーを出してくるのが筋じゃん?でもこのメール、送信元のメアドのドメインが携帯電話会社のヤツなんだよね。」
「はあ?」
「で、この人のことを調べてみたんだけど、声優としての実績はほとんど無いし、裏方としての活動実績も見つからなかった。本名は非公表だから、ソッチ名義でやってんのかもしれないけど……」
「法人でさえなくて、個人が連絡して来たって事?」
「その可能性が高いね。」
「何処かのバカが雛沢ももえを騙ってメールして来てるんじゃないの?そんなもん、そっちの方で勝手に処理しといてよ!」
今の赤波真麻に気安く声を掛けて来るなんぞ、どこのバカだ。
「やっぱりイタズラのセンが濃いかなあ……。うん、分かった。今回は断ろうか。」
「断りのメールの文言は私が指定する。メモ取って。」
「え?」
「声優だとかアニメだとかの仕事がもう来ない様に、今のアタシが声優なんかじゃなく女優なんだって事を明確に伝えて、お前らが気安く声を掛けられる様な身分じゃないんだって事を知らしめないと。だから、拒絶の姿勢を明確に先方に伝えるの。今後アニメ関連の仕事を断る時には、その定型文を使えばいいでしょ。」
「えー、そりゃマズいよ。イタズラだったらそれでいいけど、もし本物の業界関係者からのオファーだったらそっち界隈で悪い評判が立つよ。」
「願ったり叶ったりよ。ホラ、早く。」
「事務所の若いコの中には声優関連の仕事をしたいコだっているんだよ?心象を損ねる訳にはさあ……」
「『事務所の意志』じゃなく『赤波の意志』として伝わる様に文章をまとめりゃ良いんでしょ。何ボサっとしてんのよ!もう本当につ………」
赤波はそこで口にしかけた「ある言葉」を慌てて飲み込んだ。
谷地は渋々スマホを取り出してメモアプリを起動し、記録の為の準備を済ませると、「ハイ、どうぞ」と言った。
明日もまた、金持ちを相手に欺瞞と偽善に満ちたポジティブ詐欺を演じなければならないのだ。こんなところで油を売っていられるか。




