救出5
「・・・・・長兄・・・おかしいと思いませんか?」
号令が降りるのを今か今かと兵達が待っている中
ずっと何か考えているような風だったフールンが
ふと長兄チーフォンにだけ聞こえるように小声で囁いた。
「・・・・何がだよ・・・?」
自分達のすぐ近くまで馬を寄せている
オタル族の若長ルーフェンを気にしながらも
チーフォンも視線を合わせないようにして
小声で返す。
「・・・・・わざわざこんな丘の下に陣を敷いたのは何故でしょう?
襲って欲しいとばかりに・・・」
「・・・確かに守備に出るものが見晴らしの良い丘の上でなく
しかも攻められ易い下に陣を敷いてるのは変だけどな・・・」
フールンはそのとおりだと小さく頷いて続ける。
「・・・・・・セレンゲを逃がしたのかも知れない
・・・罠では無いですか?
イェニセイの陣に潜ませた者から何と?」
「・・・・ん・・・少なくとも探った時点ではこの陣のゲル(家)の中に
閉じ込められてるみたいだな・・縛られてるとかは無いみたいだけど。」
末弟フールンが総大将ぶりがなんだか頼もしくて
長兄チーフォンはほんの少しだけ微笑んだ。
「・・・・・フールン・・・何を話している?」
不機嫌そうなオタル族の若長ルーフェンが
お気に入りの自分の異父弟フールンが
なにやらチーフォンと話しているのが気に入らなくて割り込んでくる。
もともとこのオタルの若長はフールンが
ハンガイ族の兄とばかり仲が良いのが
気に入らないのでよりいっそう不機嫌になっている。
「・・・・・・まあ・・・どっちにしろ攻めてみないと始まらない・・
注意して攻めて
セレンゲが<包囲網に>引っかかるのを待つしかないな・・。」
手早く長兄チーフォンがまとめて前方を見据えると
フールンは苦笑してもう片方の兄である
オタル族若長ルーフェンを振り返る。
「・・・・・・たいしたことではありませんよ・・・
セレンゲの今の状況の話をしていたのです・・・
ルーフェン兄上はあまりそんな話は快くないでしょう?」
「・・・・お前の妻になる女の話だ面白いわけ無いだろう?」
フンッとひとつ鼻を鳴らすとフールンの馬に寄せてくる。
クイッとフールンの顎に手をかけ上を向かせて若長ルーフェンは
フールンの顔を覗き込む。
「その髪と瞳、黒ならば母上に本当にそっくりだ・・・」
またしてもそんなことを言う異父兄ルーフォンの
異常な執着にフールンは内心辟易しながらもただ微笑んでいた。
「ケルレン様・・・・・どうしてるかな・・・」
陣から少し離れた所で赤い髪の少女ティルが
ため息をついていた。
「・・・・ティル?・・・ケルレンがどうかしたか?」
ティルの膝の上でで山羊乳を飲んでいたレンヤンが
ケルレンの名前に反応してティルを見上げる。
レンヤンは、自分の母親チョイルンの年の離れた妹
・・叔母のケルレンにとても懐いていた。
「・・・・・いえ・・・・レンヤン様、
ただケルレン様はどうしていらっしゃるかな?と思っただけですよ」
クスクス笑って頭を撫ぜる自分のお世話役ティルに
レンヤンは元気よく答える。
「ケルレン、元気で母上と一緒だ~!
敵、バッタバッタ倒してるの~」
「そうですね・・・きっと・・・」
その様子に苦笑しながらも同意してくれたティルに
レンヤンは嬉しくてにこにこ無邪気に笑っていた。
「・・・・ねえねえ~ティル!
あのね~でもね~ケルレンと一緒のあの泣き虫のお兄ちゃん戦うの?」
(あの泣き虫のお兄ちゃん?)誰の事か考えて
ああ、そういえばと今更ながら気が付いて
レンヤンとティルは顔を見合わせた。
「・・・・そうですね・・・・イェニセイ族の後継様も
出陣されていましたね・・・・」
あんなに気弱で大丈夫なのかなと
二人は首を傾げていた。




