私の一族3
ゆっくりと自らの体に鎧を着けて行くフールンの横顔は穏やかだった。
出陣、イェニセイ族との戦であるフールンの初陣、
成人し、一族の戦士となってすぐに赴かなければならなくなった
フールンの心はしかし焦りも気負いも感じることが無く静かで
(初陣となったらもう少し心が騒ぐものだと思ったけれど・・)
許可が下りなくても自分の意志で使うことを許された
フールンの剣を右手で掴んでから
クスリと小さく笑いが漏れる。
「共に剣を許されたのに・・・・・私だけが先に許可を必要としない
戦士になってしまったね・・・。」
フールンの剣の柄にはオリーブグリーンの石が嵌め込まれている。
『闇から心を照らす』とされる宝玉「ペリドット」、
ケルレンの剣についている鮮やかな赤のルビーとそれだけは
お互いに合わせた為に影武者とはいえ違いが出た。
しばらく見つめた後に
静かに腰帯に剣を差し込み語りかけた。
「ヴェルジネ(聖女)、さあ行こうか?」
「お兄様・・・・」
ゲルの中から向かおうと出入り口に瞳を向けると
外からか細い声が聞こえてきて
「・・・・セレンゲ・・・?」
確かこの声は自分の許婚であるセレンゲだったと
思い出した。
「・・・・お兄様・・・・?・・・・いらっしゃいますか?」
「・・・・今、出ようとする所だった・・・どうかしたのか?」
急いで外へと出て行こうとするフールンを
セレンゲは慌てて止めて
少しゲルに入れて欲しいのだと言う。
「・・・・!?・・・・・入りなさい。」
「・・・・・・・」
黙って入ってきたセレンゲは無言のまま
下を向いて赤い顔をしていた。
「セレンゲ・・・?
・・・婚儀が途中になってしまって済まない・・・・。
心配しないで待っていたら良いからね?」
10代の前半の幼くか細い肩を見ていたら
しみじみ一族の政略とはいえ、無謀なことをすると
思う。
もともと成人の儀は10代も後半、男子は体が作りあがってから
女子も子を産める準備がすっかり出来上がり
乙女の成熟が始まってからが良いとされているのに
成人の儀をし妻となるセレンゲは乙女どころか幼い少女、
夫となるフールンはほっそりとした
筋肉のバランスがまだ不安定なままの
少年の域を超えていない。
(この状態でどう、夫と妻をするのか・・・・)
「・・・・・セレンゲ・・・」
良い機会だと思い許婚に話し掛ける。
「本当は、婚儀の前に貴女と話そうと思っていたのだけれど
聞いてもらいたいことがある。・・・
でも、その前に貴女の用事を先に聞こう。」
やっと顔を上げたセレンゲは、
まだまだ真っ赤で
「あの・・・あの・・・・」
と繰り返す。
「・・・・ん?」
何だか言いにくいようだと思って
安心させるように微笑を浮かべて問いかけると、
「・・・・あの・・あの・・・・お父様が・・・戦の前に・・
・・・あの・・・・あの・・・きちんと約束を貰え・・・と・・・」
「・・・約束・・・?」
真っ赤になって言うこんな言葉に
こんな幼い少女にどんな約束を期待しているんだ
誰も居ないゲルに送り込んで・・
一つため息をついて、
「・・・・・私は、貴女を大切にしよう・・・
必ず戦が終わった後婚儀を執り行い
妻として遇しよう。」
「お兄様・・・」
「・・・・・貴女と一緒にハンガイと君のバイカルを見守ろう。
・・・・が・・・・貴女に聞きたい。
貴女は、私をどう思っている?」
その問いに間髪居れずにセレンゲは答える。
「お慕い申し上げています!」
「貴女には、まったく好意を持つ異性は居なかったのか?
少しでもそう思う相手が居るのなら正直に言って欲しい・・
婚儀を終え、貴女が妻となった後も・・・そんな相手が出来たら
言って欲しい。
・・・・私は、貴女を一人の女性として愛することは出来ない。」