突然の授業
覗いた窓の向こうでは、お団子頭と知らないおじさんは向かい合って何かを話しているのが見えた。
お団子頭はさっきの格好のまま、対するおじさんはジャージの上からテカテカした茶色いちいちゃな鎧みたいなものを着けていて、腰に長めの棒を差している変な格好の人だった。
そのおじさんの近くにはお面で顔を隠した赤毛の馬もいる。
白くて目のところにだけ穴の空いた縦に折れ目の付いた板みたいな長細いお面はシュッとしててかっこいい。
綱をおじさんが持っているからおじさんの馬なんだろう。
馬にはお面とその下にあるはずの綱が繋がる轡が多分あるだけで、鞍も鐙も無い。
前に馬のいる千葉の師匠の友達の家に行った時に、師匠が「乗るのが上手い奴は裸馬でも乗れるもんだ」って言っていたからおじさんは上手い人なのかもしれない。
そうじゃなければ馬の散歩をしている人なのかも。
でもうんこさんを拾う道具を持っていないのはなんでだろう。
道を歩くには要るものだって聞いていたのに。
疑問に思いつつも、ふとせっかく登ったのに近づけば聞こえると思っていた話し声は窓越しでは聞き取れる事はできていない事に気付いた。
ここからは見えるようになったけれど、ただ話しているということがわかる程度の声を拾えるだけ。
「お? 鰲赤が何か喋ったのだ」
おじさんはお団子頭を見降ろして悲しげに睨んでる。
お団子頭はおじさんを見上げて、なんか呆れてる?
おじさんが何か叫んだ。
「ばばるす」って聞こえたような気がするけど、本当はなんて言ったんだろう。
お団子頭の方もほとんど聞きとれないけど、なぜだかそんなに大きくない声はここまで届いてくる。
「なんだろうの? 何を言うておるのかの?」
「なんだろうね。 ケンカしてるのかな」
「ケンカかの」
何をしゃべっているんだろうと見つめていたら、急にお団子頭がおじさんに指を指した。
途端に猫が口を開く。
「ええい、帰れ帰れ! 貴様がいたらおやつのサンクラを分けてやらねばならぬだろうが!」
猫はお団子頭が喋るのに合わせて聞こえてこない言葉を足しているみたい。
じっと見つめてお団子頭の動きに声をあわせているから、目が真剣。
「貴様はパンで言えば硬いやつ、そしてあんまし美味しくないやつなのだ。 家に帰ってジャムなど塗ってもらえ、多少はマシにもなるのだ!」
お団子頭の動きに合わせて猫がひどい悪態を吐いた。
猫はあのおじさんに恨みがあるのかもしれない。
「ええい、黙って聞いておれば! ガキンチョが生意気を言う。 我が、えーっと……棒、棒の錆にしてくれるわ」
猫が今度はおじさんに声を当てた。
確かに言う通りに、おじさんは腰に差していた妙ちきりんな長い木の棒を抜いて構えた。
なるほど。 背の低いお団子頭に頭にきて得物を抜いたのか。
おじさんを嫌いな訳がわかる。
「おお? ただの棒かと思ったが、存外にあの棒は珍しい物なのだの」
「珍しいの? 傷だらけで少し変な色したセンス悪い木の棒に見えるけどなぁ」
僕の言葉に猫は小さく首を振る。
「あれは今では使われなくなって久しい遺物なのだ」
「お高いもの?」
「値が張る物ではないのだ、ちょっとお高い
古道具といったところかの」
「遺物なのに?」
「うむ、ウチでは久しく使われておらぬと言う意味で言ったのだ。 ここではもう見ることはほぼ無いが、ご近所さんでは意外と売られておるものなのだぞ」
「ふーん」
正直よくわからなかったけれど、突っ込むことも思いつかないので流した。
「あれはの、音声起動式の刻まれた棒なのだ」
「音声きどー」
「そうなのだ、一般的には呪文というものなのだ。 あれ意外とめんどくさいのだぞ」
猫が「めんどくさい」のところで渋い顔をして教えてくれたけれど、棒に陣を刻んであるならなんで呪文がいるんだろう。
「呪文いる? 昨日描いたやつはいらなかったのに、なんであの棒にはいるの?」
「む? ……ああ、あれに呪文が必要な訳はの、足りない部分を補う必要があるからなのだ」
「足りないの?」
「最後の仕上げがまだってことじゃない?」
「ああっ、わらしのおしゃべりを取らないで欲しいのだ」
僕の疑問に白薔薇が口を挟むと、猫が抗議の声をあげた。
「でも、おばけの言ったことが答えなのだ。 あれは面倒な術式のほとんどをあらかじめ記しておいて、最後の仕上げをせぬことでスイッチとしておるものなのだ。 全部刻んでしまうと発動しっぱなしになってしまうからの」
「便利じゃん」
なんでそんなに便利なのに遺物とか古道具とか言われるんだろう。
「だがの、アレにはまぁまぁの欠陥もあるのだ」
猫は爪でカリカリと窓の桟に傷を付けながら話していく。
「あれはの、全ての式を理解していなくともにわか知識で使えてしまうのが利点であって欠点でもあるのだ」
「それ、やっぱり便利だと思う」
「違うのだ、確かに学ばなくとも使えるのは便利ではあるのだがの。 でもそれは危険を伴わぬ場合のみの話なのだ!」
ついパッと猫は手を広げてしまい、落ちそうになったけど慌てて壁にしがみついた。
「ふぅ。 それでの、考えてみて欲しいのだぞ」
猫はしっぽで空中に欠けた円を描いた。
「例えばこの輪っかを少し残して描いたとするぞ。 あの棒は今こんなんなのだ、でもわらしたちはあれの完成形が丸いと知っておる。 なので後はシュッと始まりと終わりを繋ぐだけで良いことがわかる。けれどの、全体が見えておらぬ者には途切れた部分の形を予想できぬのだ。 それは蒙昧な「可能性」という言葉に埋もれた事実を打ち消す破滅の理なのだ」
「ふーん」
僕はまた同じ理由で流した。
どうしても書きたくなくて、先週はサボっちったのです。
自分で決めたのにダメだぁ。




