講堂
一階へ降りたところにあるあの荷物だらけの救護室を通り過ぎて少し歩いた曲がり角の先には、読めない文字と読める文字とでたくさんの落書きされた壁があった。
構わず壁へと歩いていく猫を追いかけて行くと、落書きの文字に紛れてとても大きな二枚扉があった。
扉の向こうからは大勢の人の話し声が聞こえてくるので、どうやらここが講堂みたい。
猫はその扉に両手を当てると、力を込めた。
「うぬぬぬ、えいやさー!」
「主任、手伝うから……」
「いらぬ! いらぬ世話なのだ、すぐ開くから待っているがいい!」
手を貸そうとしたエミの気遣いを放っぽり、両開きの講堂の扉は一生懸命な猫によってゆっくりと押し開けられていく。
少しずつ開かれていく隙間の向こうには沢山の人の頭が途中でくの字に曲がる室内の壁の先までずーっと向こうへと続いているのが見えて、部屋の広さが結構なことになっているのがすぐわかった。
この講堂は途中で緩やかな角度で一回曲がった形をしていて、向こう側の壁が少し見えるけれど、曲がった先にいる人が数十人くらい見えない変な形をしていた。
幅は普通の部屋二つと通路を合わせた広さで、天井は見上げるほど高い。
両側に並ぶ窓からは光が入ってくるけれど、講堂内は薄暗くてひんやりと涼しく過ごしやすく感じる。
扉を開けてすぐには一番上の段が広くなっている十段くらいの階段があって、小さな舞台みたい。
階段は登り切ると大人一人分くらいまでの高さがあるので部屋の中が一目で見渡せるようになっていた。
おかげでここからは幾人かのお年寄りとたくさんの若者、そしてその三倍くらいの子供たちが机も椅子もない広い室内を埋め尽くすかのように屯しているのがよく見える。
ここを建てた人は入ってすぐに階段とか、酔っ払ってたり暗かったりした時のことはどう考えているのだろう。
「ふう、やっと開いたのだ。 よし、居るな?」
猫は扉を自分が両手を広げて通れるくらいまで開き小さな舞台に立つと、目の前の総勢千人かもっと居そうな室内を見回し息を吸い込んだ。
「貴様ら、学徒長からの指示なのだぞ!」
猫がそう広い講堂内に向かって声を張り上げると、中の人たちは扉が開いていく時からこっちを見ていた人とそうでない人も合わせてみんながこっちを見た。
たくさんの瞳は興味深そうなものや、やや不安そうなもの不機嫌そうなものがひしめいていてちょっと面白い。
奥の方の人たちには声が届かないんじゃないかと思ったら、遠くの人たちは反対側の壁に目を向けていた。
その先には光る猫が僕の目の前の猫と同じに動いて喋っている。
ちょっと面白そう。
「ええと、ええと…… 何だったかの? んと、んと、おお! そうだった、お前たちはお前たちで考えてこの非常時の調査をするのだ! 皆で話し合って……あれ?奴はなんと言っておったかの?」
「主任、善根。 善根法って言ってた」
「おお、そうだったそうだった。 すまぬミトラルカ」
「あとね、「自分たちで考えて」の前に「それぞれで数値を測って」とも言ってましたよ」
「そう言われるとそうなのだ。 よく覚えておるの、偉いのだミトラルカ」
猫は改めて講堂内に向かってお団子頭の伝言を伝えると、それに対してたくさんの瞳たちはざわざわと近くの人たちと集まって話を始めた。
面白そうなので階段を降りて、近くで集まって話をしているグループに近づいてみると、年長組が話を進めたり纏めたりしているのを年少の子供たちはただ聞いてるだけで話に入ろうとしていなかった。
おかしい。 伝言はうまく伝わらなかったようだ。
だって、お団子頭は「集まっている子たちそれぞれ」と「自分たちで考えて」って言ってたのに。
それは「みんなで」ってことなのに、なんでこの人たちはみんなで話をしないんだろう。
それはここのグループだけじゃなくで隣もその隣もおんなじだった。
なんでだろう。
「なんで?」
話し合いをしていた人たちが僕を見た。
なんだろう。
「どうしたの? 何か用事かな?」
「主任ー、この子たちこっち来てるよー!」
年長組の男女二人が猫に声をかけた。
猫はその声に気付いて階段を降り始めたが、猫にはちょっと一段一段が高くて時間がかかっていた。
ジャンプした方が早そう。
「あのね、なんでみんなで話し合わないの?」
僕の言葉に猫の方を向いていたもう一人と合わせて年長組二人と年少組の子供たちが僕の目を見つめてくる。
その見つめてくる全員の瞳には疑問が読み取れた。
「話し合ってるけど……どうしてそんなことを聞くの?」
僕に「どうしたの?」と聞いた年長のお姉さんが聞き返してくる。
ほとんど二人だけで話し合うのはみんなでとは違うと思うのだけど、みんなの中では違うのかな?
やっぱりちゃんと聞かないとわかんないや。
「えっとね、こっちの」
僕は年少組の中で僕より少し背の高い子供の頭をポンポンと触る。
触られた子供が僕の手を払う為に手を持ち上げようとしたので、人差し指を口の前で立てて「しっ」ってしておいてからすぐにお姉さんへ振り向く。
「この子たちは話し合ってないよ? どうして?」
年長組の二人は少し困ったような顔で僕に教えてくれた。
「ええと……此処、HEXは学ぶ者に制限は無いんだ。 けれどね、学びを重ねた年はどうしても差がある。 だから考察を重ねるにしても学んだものの差がそこに結果の差として現れてしまうんだ。 そしてその学んだことを足がかりにしないと高いところが覗けない。 考えの多様性が望みづらいからね。 今回みたいな場合、考え方を訓練した者が先導に立つことで考えの纏まりやスムーズさが得られるから普段からこういった感じで話は進められる傾向にあるかなぁ」
なんだそれは。
この学校そんなへんてこりんな名前だったのか。
いやいや、今はそんなことよりこのお兄さんは、なんでこんな面倒な説明をするのだろう。
わかりづらい。
「まだやり方がわからないからこの子たちは手が出ないってこと?」
「有り体に言えばそうです」
お姉さんが答えてくれたので、今度はお姉さんに向かって思ったことを問うてみた。
「でもそれって、そこで一緒に話せばその知らないものにその時に触れられるってことでしょ? なら勉強するところとしてはもったいなくない?」
「普段ならそれもいいけど、今回は何があるかわからないからあまり時間はかけられないからね」
「学をつけた者が上から引っ張り上げるのは何も話し合いの場でなくともいいって事です。 ただ手伝う事でも得られるものはちゃんとありますから」
なんか聞いたことと違う話になった気がするけど、大丈夫わかった。
みんなで話し合うことは思ってたよりそんなに大事なことじゃないのか。
僕が頷くと僕の頭をポンポンと触ってお兄さんとお姉さんはまたグループで固まって話を再開しだした。
「ねえ、しろ」
「なあに?」
当然に僕にくっついている白薔薇に声をかけると、当たり前に返事をしてくれる。
ふと、この事も僕は思い込みで出来ているのかもしれないと思うと少し体温が下がる思いになった。
なんだろう、よくわからない不思議な気分。
「どしたの? なにかかんがえてる? ……さみしくなった?」
「ううん」
白薔薇が心配そうな声になって来たので、なんでもない風に素早く返事をしたけれど、白薔薇の僕に廻した腕は少しだけ力強く感じる。
気になって白薔薇の顔を見てみようと後ろ振り返ったけど、白薔薇の顔はよく見えなかった。
二晩寝落ちしたので、今日は確実に起きている間に投稿するのです。




