ゆらゆらら
痛いのが治ったので、ついて来いと言っていた猫のいる場所を目指す。
結局空を駆け上がることは出来なかったので、普通に歩いていかなければならないのが心残りだ。
でも諦めない。 猫に直接聞いてやり方を教えてもらおう。
出て来た時の窓から入ろうとしたら、ミトラルカちゃんによじ登る途中で捕まってしまい、ドアを捕まえられたまま潜って建物の中に入った。
階段を上がり目的の部屋の戸を開けると、そこにはくつろぐ猫がいた。
「おう、遅かったのだな。 みんなも好きに座るがいいのだ」
言う猫は幾本もの垂れ下がる細い蔓草を束ねて、ブランコにして遊んでる。
「先生、あんなに急いでいたのに随分と呑気ですね。 色々と諦めたんですか?」
なぜか未だに僕を抱っこし続けるミトラルカちゃんが呆れつつ猫に声をかけた。
別に僕は歩かなくて楽ちんだからいいんだけど。 何気に運ばれている間の足取りも軽いし、ミトラルカちゃんは力持ちなのだなあ。
「いや、諦めるとか何のことなのだ? よくからぬことを言われても困っちゃうのだ」
ブランコを漕ぎながら、しれっと猫が言う。
「そんなことで慌てて空を駆けた事を無かったことに出来ると思っているんですか?」
「むー? ほんとに知らぬのだ」
ミトラルカちゃんの口撃に猫はそっぽを向いた。
それにしても部屋はすごいことになっている。
床のほとんどが蔦や葉っぱが積み重なって、足の踏み場を選ばなくちゃいけないほど。
天井にもぺっとり這い回る蔦は所々で垂れ下がっていて、もっともっとと部屋を自分のものにしようとしているみたい。
近くに垂れ下がる蔓草に手を伸ばして引っ張れば、しっかりと食いついて猫がブランコできるのもわかる。
「降ろしてくれる?」
「はい、どうぞ」
言えばミトラルカちゃんがそっと床に降ろしてくれる。
見上げたミトラルカちゃんの顔は笑ってた。
「しろ、水色ちゃん。 行こ」
白薔薇の手を取って一番強そうな蔓草の元へと歩き出す。 すると再び僕の頭上を跨いで猫とミトラルカちゃんがまた同じような話を始めたので、仲裁しようかと思ったけど思うだけでやめた。 ケンカしてるわけでもないし、二人のことは終わるまでほっておこう。
強そうな蔓草は単に太いだけじゃなかった。
先細った蔓草の先端を固結びしてみると、とてもしなやかで簡単に結び目を作ることができる。 折り曲げてもパッキリと折れることもなく、なぜかほんのりと温かさを感じる変な草だった。
「あったかい。 生きてるみたい」
「うん? それは、これだって生きてるもの」
僕の呟きに応えた白薔薇の言葉に、僕は「そっか」と思った。
うん、生きてたらそんなものか。
なら別に変じゃないや。
僕は気にすることをやめた。
天井から垂れ下がった丈夫な蔓草をつかんで引っ張ると僕でも大丈夫そう。
ぶらぶらして遊んでみよう!
さっきの結び目を使って滑らないように足で挟むと、ちゅるるんっと結び目が解けてしまって上手くいかない。
もう一回結んでみてもそれは同じだった。
どうにかできないかと白薔薇がこねくり回してくる頭をひねって考えた時に一つ気づいた。 別に結び目はなくてもいいじゃんって。
ぎゅっと蔓草を両手で掴んでから右脇でも挟んでぶら下がり、揺れるための勢いを得るために床を蹴る。
落ちないように足首を組んで蔓草を素早く挟み込んでから前を向いた。
これはどこかで…… ああ、占いのおばちゃんのゆらゆら、ペンデュラムだ。
「あはは、ちょっと楽しい。 しろ、おいで!」
「もういるよ! 飛んでるみたい。楽しいね」
白薔薇は僕の背中にぺたりとくっついてきた。 水色ちゃんは白薔薇の頭の上で髪の毛に巻きついて落ちないようにしてる。
「え? しろ、いつも飛んでるから違くない?」
「違うけど、動かされてるのは楽しいのよ?」
僕と白薔薇の会話を聞いている水色ちゃんが首を捻っているのが見えるけど、水色ちゃんにはこの遊びはイマイチだったのかも。
ゆらゆら、ゆらゆら。
いまいち単調なゆらゆらに少し飽きてくると、ミトラルカちゃんと猫の話が耳に入るようになってきた。
「この草が生えてきたのは先ほど授業をしたこの部屋だけなんですよね。 ならその時ここで何をしたんです?」
「いやいやいや、そうではないのだ。 ここではない、ここではないところで授業をしていたのだ」
「本当ですか? 嘘ついてないですよね?」
「本当なのだ、隣の隣を見てくるがよい。 ほっぽらかしにした陣がたくさんそのままにしてあるのだ」
そうだったの? 全然気づかなかった。
僕は飛び降り、様子を見に行くことにして駆け出した。
足元が悪くて上手く走れない!
なんてこと、草が邪魔だー!
仕方なく、どうせ転けるなら初めから転がろうという機転により部屋から脱出した。
「えっ? ちょっとどこへ行くんです神様!」
「ちょっと隣の隣を見てくるよ」
「待って、私も一緒に行きますから」
「なら、わらしは待ってるのだ。 行ってくるがよい」
猫に留守を任せて、僕らは隣の隣を見に出かけた。 右か左かは分からなかったけど、僕らが右は行くのを見ていた猫が何も言わなかったのであっているんだろう。
部屋の中も草が邪魔で歩きにくかったけど、通路もまあまあ荷物が邪魔。
一階よりも救護室よりも荷物は少ないけれど、やっぱり邪魔。 埃かぶるくらいほっぽっておくなら捨てたらいいのに。 師匠と僕の家の使ってない玄関みたいだもん。
避け避けしながら辿り着いた戸を開けると、猫の言った通りにちゃんと授業の後のままの部屋があった。
「うわ、本当にそのままで片付けしてないんですね」
「うん。 あ! ミトラルカちゃん、見て見て。 えっと……これが僕の描いたやつだよ!」
「どれですか? わ、綺麗に描けてますね。 けど随分と他のに比べて濃く描いたんですねぇ。真っ黒です」
「うん、しっかりやったからね!」
ふふん、得意満面です。
けどミトラルカちゃんの次の言葉に僕は違和感を感じたのです。
「でも周りの人の描いたやつの所まで侵食するのはダメですよ。 授業はみんなで仲良くやるものですから」
周りに侵食?
そんなことしてないけどなぁ、と思って見た僕の模様は確かに周りの人の場所まで線が伸びていた。
……なんで?
不思議に思っていると、猫が顔を出した。
「一人は暇だったのだ」
「あ、先生。 こんなにしたのをそのままって、また怒られちゃいますよ」
「大丈夫、ちゃんと次の授業に使わなきゃならぬという理由があるからの」
「じゃあもう許可取ってあるんですね。 なら良かった」
「そうなのだ。そう…… ぬ? そういえばここをそのままにしておくと言ったかの?」
猫が考え出したので教えてあげよう。
「猫はまだ何にも言ってないよ。 ずっと一緒にいたもん、間違いないよ」
「なぬ!」
猫がそわそわしだしたその時、僕は戸の外にさっき猫が掃除の約束をした女の人がいつの間にか立っているのに気がついた。
猫はあわあわとしていて全然気づいてない。
女の人は足音を気にせずに立てて猫の後ろまで来ると、猫の頭にはげんこつが落っこちた。
「なぉっ!」
「主任、これは一体どういうことですか? 何にも手をつけていないようですが」
猫は返事もままならず頭を押さえていたが、パッと顔を上げて涙目で睨みながら叫んだ。
「痛いのだ!!」
女の人は猫の声に動揺しない。
どころか、より冷たい雰囲気を放ちつつ一言返すだけだった。
「不義理をするからです」
女の人の言葉に猫は返す言葉なく見つめ返すだけ。
けどまあ、できない約束なんかするから悪いので仕方ないなと僕は見ながら思った。
また、日曜に間に合わなかったのだ。




