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まいごは今、異世界  作者: heina
ほぼ家出編
52/120

僕の水たまり

 寝なさいと言われているのでこっそりと窓際まで、四つん這いのはいはいで這って行くとムササビは僕に合わせてその窓まで降りてきました。

 ピュピュンの天窓を走り、窓の桟を垂直に地面へと駆けていく。

 止まれそうにないスピードに心配になるけど、当たり前に窓辺にピタッと止まっててすごいの。

 近くで見るムササビは、可愛げのある顔にキュルキュルと甲高い鳴き声です。


「なんの用事?」


 声を掛けてみれば、ムササビは口を大きく開け、そんなに長くない前歯を見せつけてきます。


 ……威嚇されてる?


 僕の困惑をほったらかしにして、ムササビは声は出さないまま、またさっきと同じ絵みたいなものを窓に引っ搔き出していました。

 高いところのものを取るときみたいな上に伸ばした手を描くと、一拍置いて次に丸を描いています。描き終わったと言うようにちっちゃな前脚で窓を叩いているけど、読み取れる情報は増えません。


「手ぇ?」


 僕の声と同時にまたはじめから描き出していたムササビは手を止め、プルプルと首を振ります。


「桃〜?」


 手みたいなものの次に丸で表した何かにそう答えると、ムササビは首を捻りました。

 手という答えは違うけど、モモはそこまで違わないかもしれないのかな。モモは微妙? モモっぽい何か?

 あ、モモを知らないってことかも。

 いまいちはっきりしないので、まずは一個ずつ、手みたいなのから答えを究明しよう。

 ムササビが手みたいなものを再度なぞり始めたので、質問で答えを導こう。


「それは手ではないの? わからないから、ちゃんと口で言いなさい」


 コンコンと窓の反対側からなぞった線を突いて尋ねる僕の声を聞いたムササビは手どころか身体を固まらせた。

 ふらふらと百メートル望遠の目をしたかと思ったら、力なく窓に倒れかかって開いた口を押し付けた。

 最短ルートの誘導は失敗みたい。失敗による被害は窓を見る限り軽度で、ムササビの口の形に窓が曇ってしまったことくらい。

 幸いにも窓に涎(よだれ)は付かなかったのでいっか。


 ムササビに対する無茶振りは無言の白薔薇によって諭され、解読を二人で続けます。

 この前のリスだって喋ったから喋ると思ったんだけどなぁ。

「どんぐり」しか言わなかったけどさ。

 白薔薇が何で僕のそばにいるのかはもう言わずもがなですね。


 喋らない生き物に単語ならまだしも話しかけてもわからないのは当たり前か。

 それじゃあ同じように伝えればいいかな。


「ほら、ほらほら」


 僕は頭の上で千手観音さんを思い描いて、手を表します。

 僕の脳内の千手観音像は実体化し、遍く者に救いを齎していきます。

 草に木に、虫に魚に、雲に大地に太陽に。すべての頭を撫でてあげる。


 という妄想を蓄えた僕を見て、ムササビは無反応。

 僕の救いは届かなかったのです。



 ムササビとの間に進展が望めそうになかったので、最近教えてもらったお気に入りをやってみることにしました。


「お願い、お願い。ちっちゃいそこの子と僕の間のお友達、手を貸して」


 僕は掌を合わせて、神社でガラガラを鳴らした後みたいにお願いをする。

 これは月白ちゃんに教えてもらった呼び鈴の鳴らし方。呼び鈴……? 電話かなぁ、どっちでもいいか。

 とにかく都合のつく子を連れて来てくれるのです。

 相手が断ればもちろん来てはくれないと教えてもらったけれど、毎回やって来てくれるので嘘なのかみんな暇なのかのどっちかなのかも。

 あ、優しいからって線もあるね。

 そんな答えのわからないことを考えていると、今回もちゃんと呼びかけに応えてくれた子がやって来ました。

 僕の見つめる、空気と風と埃くらいしか無い空中の、真ん中辺りから黒い水たまりが湧いた。

 それは端っこの方が靄に見える、触ろうと揺らめかない平たい水たまり。

 何も無いはずの水たまりの中からポンとイルカのようにちっちゃい影が跳ねて出て来ます。

 現れたのは爪楊枝。もちろん友達にはなっていないはずです。


「あれ、なんで爪楊枝でた?」


 僕のお願いが届くと、だいたいどこにでも水たまりは現れます。どこにでもっていうのは壁でも地面でも頭の上でもってことです。

 今回水たまりはちゃんと空中に出て、もう一本飛び出た。今度は下に向かって飛び出た爪楊枝は床を転がりました。

 水たまりには上と下があるのだけれど、たまにこうして逆さまになることがあるのはまだ僕がちゃんとできていない証左なのです。


 おかしいねと白薔薇の方に顔を向けると白薔薇は「面白く無い」と顔に書いてありました。

 ウケるウケないの面白いではなく、気に入る気に入らないの方の面白いです。

 近頃言葉を話さなくなった白薔薇のこの表情は、言葉の数が減るにつれて増えてきたように思います。

 心当たりとしては誰かとの話はじめにこんな顔をしがちなので、そこに何かあるのかも。

 とりあえず笑わせようと擽ったらみゃーって声が漏れた。

 我慢したけど我慢の隙間から猫が顔を出したの。かわいい。


 コロンコロンと二人で暴れていたら月白ちゃんが来て、寝なさいと怒られちゃった。

 ほったらかしにしていたムササビは月白ちゃんに睨まれて追っ払われてた。

 月白ちゃんが教えてくれたけど、あのムササビは自分の代わりに高い木に生ってる木の実を取らせようとしていたみたい。自分じゃ何回も登ったり降りたりしなきゃならないからだって。

 それを月白ちゃんが「自分でできることは自分でやれ」って追い返したの。


「手じゃなくて木だったのか」


 桃はやっぱりそんなに遠くなかったんだな。

 うんうんと頷く僕に、月白ちゃんは「どうしたの」っていつも通りなのに、白薔薇はやっぱりなんか不機嫌。


 どうしたんだろう。

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