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まいごは今、異世界  作者: heina
ほぼ家出編
49/120

歌が好きなクラゲさん

 宵闇ちゃんに抱っこされたままに水色ちゃんの物知りなお友達がいる場所までやってきました。

 水色ちゃんのお友達は海に住んでいて、深い深い底の方で寝てばかりいるそうなのです。

 海の中は歩いていけないので、ここはそのお友達の眠る場所の真上。揺らめく水面みなもの、海面上です。

「はー、アメンボの気分。水がぷにょぷにょして気持ちいい」

「アメンボ? なぁにそれ、神ちゃん」

「虫!」

 足踏みするとパタンペタンと足裏に水が張り付く楽しい音がするのに、上げた足には水は一滴もついてきません。足を取られる事もなく、そもそもちっとも転びません。転びそうにもならないのです。

「足が水を掴んで動かないね。全然滑らないよ」

 水色ちゃんは不思議そうに僕を見ます。

「水は滑らないのよ? 水は重たいもの。重たい物は動きが鈍くなるから俊敏さも低いわ。岩と一緒よ」

 僕の知らない水の話を教えて貰いながら水面を足踏みします。

 もちろん僕に水の上を歩く手段はありません。水の上を歩けているのは水色ちゃんが一緒にいるからです。

「来た、きたきたきた! おっきな波が来るよ!」

 王様がビバちゃんを頭の上に乗せて手で支えながら、小山のような海の盛り上がりがやってくるのをテンション高く指差します。

 海の横に流れる力はそんなに強くなくゆっくりです。でも縦の動きは凄く力強く、アパートの二階に上がる階段分くらいは簡単に昇り降りします。

 グググッと力を溜め込んだ海水が力強く僕たちを押し上げては体の力を抜かれている気分を与えながら僕らを引き下げます。

 強い潮風は僕らを避けて通り抜け、低く飛ぶ海鳥を浮かせていました。

「さてと、起きてるかなー?」

 そう言うと水色ちゃんは顔をパシャンと海面に沈め、何かを叫びはじめました。その叫びは水の弾けるガバゴボという音に変わって僕の耳に聞こえてくるのですが、もちろん聞き取ることは叶いません。

 水色ちゃんのほっぺたのそばから湧き出る沫がぽこぽこと弾けて水色ちゃんを濡らしていきます。

「ばはっ。 あれ〜?」

 長々と叫び続けた水色ちゃんが水面から顔を上げました。

 足の裏と違って前髪も顔もびっしょりと濡れてしまっています。

「居ないな。どこ行ってんだろ」

 水色ちゃんが手で拭うことなくぷるぷると顔を振ると、まるでシャボン玉のように水は濡らしていた髪や顔から離れ、水色ちゃんはもとどおりに乾いていきます。いいなぁ、楽しそうだなぁと思って手を濡らそうとしても水に沈められません。顔も同様です。

 ちぇっ、と水の上に足を放り出してお尻を水面につけますが、ぷよぷよした感触が増えるだけでパンツは濡れませんでした。

 そのままころりと横になって海に耳をつけると頬に冷たさが伝わりました。

 海につけた耳からは海の音が聞こえてきています。

 海の流れる音、海藻が吐いた息の空気の震える音、何かはわからない低く鳴るゴゴゴという音。

 海には知らない音が沢山あるようです。

 しばらく海の音を聞いていると、溺れた人の声で歌う歌が聞こえてきました。

「移動するからおきてー。水色の友達を誰か見てないか聞きに回ろう」

 水の中で歌う声を聞いていると漆黒ちゃんが移動すると教えてくれます。

 返事をするために耳を海から離すと歌は聞こえなくなり、再び着ければまた聞こえてきます。歌に焦りはなく、楽しそうなことから溺れているのではなく多分水の中で歌を歌っているのでしょう。

 重くて岩みたいな海は、岩と違って声を届けるのが得意のようです。

「どしたの? 何か聞こえてる?」

 僕の様子を汲み取った漆黒ちゃんが僕と同じように海面に耳を着けます。

「あー。水色、水色! これじゃない?」

 促された水色ちゃんは今度は濡れないように海面に僕と同じように耳を当てます。

「えー? うそ〜。さっきは何も聞こえなかったけどな」

「それは自分でうるさくしてたから聞こえなかったんじゃないの?」


 溺れたような声で歌っていたのは水色ちゃんの友達だったようです。

 僕らは海の上を上がったり下がったりしながら歩いて声の主のところまでやってきました。声を聞いた水色ちゃんはすぐに探していた友達だと気付き、会いにやってきたのです。

「久しぶり〜、元気そうね」

 水色ちゃんの会いに来た物知りなお友達は人ではない人の形をした子でした。

「げべんき、げんき。なんたっぷて、わたしだばからね。びょぶきもしなびし、しぬことぼなび」

 水色ちゃんの友達は変わらず水の中にいるままにしゃべる声でした。

 水面に体を出す大きな水色の半透明なクラゲ。そしてその体の上には半透明な人の形をした、腰から上の上半身が生えています。頭があって腰までの髪があり、目も鼻も口もあります。声もちゃんと口から出ています。少しスカートが大き過ぎるけれど、海面上の見た目はスカートを履いたお姉さん。それが水色ちゃんが会いに来たお友達です。

 大きなクラゲの身体はともかく、上にある人の上半身を珍しそうに見ている水色ちゃん以外の僕たちを見て、声を出すだけでない人の部分が軽く二度三度頷くと、少し聞き取りにくい声でクラゲさんは昔話をしてくれました。


 私が昔々に今日と同じように海を漂っていると、心地よい振動を捉えました。

 普通のクラゲはそんな振動は感じる事もないのですが、当時すでに他とは一線を画す存在になっていた私は例の外に漏れていたために受け取ることができたのです。

 その振動は周期が一定のつまらないものではなく、かと言って突拍子もない周期の連続でもありません。

 それは私を魅了し、その場から離れることを選択させませんでした。

 長い間、その振動に身を任せているといつの間にか私はもっと強くその振動に身を任せたくなって仕方なくなりました。

 私は自身の受容体の薄弱さを補うように器官を増やしていきます。

 私のそばにいるクラゲたちは死をもっていますが交配はしません。自身の分裂により増えていく存在は死とは少し離れることに成功しつつも進化は望めませんでした。

 ですが私だけは違いました。

 私には死の概念はなく、増殖する術も持たず、そして誰よりも死と近かったのです。

 自身がそうであると死は感知できません。死なない体は死と生を繰り返すことで永らえていたのです。

 死んで生き返る細胞には私の意思が宿り始めました。

 振動を捕らえるためには、より強く震える体を必要としました。

 一つでも情報を得るためにエネルギーを受け取ろうと体を作り変えていきます。

 おぼろげに捉え続けた振動から得た情報をも取り入れ、私は形を変えていきました。

 音の反復、篭り、拡がり。それらに形を合わせます。

 やがて耳と目が覚めた私は世界を受容しました。

 初めて見て、そして聞いたのは目の醒める太陽の光と青い海。音の正体は人魚たちの楽しそうな歌声でした。

 その時、私は次の進化を始めました。きっかけは羨ましいと感じたことです。

 初めて自分と他を認識し、自分にないものを羨んだ時に改革を求めたのです。

 半透明な私はクラゲなので普通はしゃべることはできません。

 それでも歌うことに憧れた私は自らの身体を改変し、体の上に人の形を再現することによって声を出す行為を手に入れました。

 人の形にすることに手間はありませんでした。

 何も見えず聞こえないところからの手探りの進化は歌によって導かれ、音の反響から形を、反復から肺と横隔膜、喉までの距離や位置をなぞらえていたからです。

 人の上半身を持つ人魚を模倣した私は同時に声を手にしました。

 ですがどうしても変えられない部分が一つ。それは自身の構成物。

 私の喉は人魚のものより柔らかく震え易かったのです。


「ぼれからばたしば、うぱもれんしゅぶをばいみちしていぶの」

「僕も毎日練習してるよ! 歌は歌わないけど、今は皮の下? 肌のすぐ下を擽るの。面白いよ」

「ああ、そだそだ。あんた歌うの大好きだったもんね。忘れてたわ」

 水色ちゃんが普段とは違った口調で返事をします。みんなもやはり初対面だったようで自己紹介を始めました。僕もみんなに続いて自己紹介。

 僕が家にあった色の名前の辞書でつけたあだ名が出来てからは自己紹介が楽になったと評判なのです。


 毎日頑張る人ってかっこいい。

 僕はクラゲさんのことが好きになりました。僕も毎日頑張ることを自慢できて満足なのです。

自己が復活してきはじめたみんなは各々に特徴を取り戻してきました。

長い時間に囚われないようにしていた心が目覚め始めたのです。

水色の口調が個人によって変わるのもその兆しです。

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