師匠、居眠り
「あれ?あなたご職業、殺し屋さんなのですか」
ノリスケが手紙を読みながら声だけで尋ねてきた。
「初めて見ました、向こうの方で人殺しを生業にしている方」
その言葉には棘はなく、ノリスケにとって特別な事ではない風だった。
「言っとくけど、昔はそうゆうのあったみたいだが、俺がやってる殺し屋はそんな人殺さないからな。名前のイメージに引っ張られてるだけで実際ショボイショボイ」
そこで漸くノリスケが手紙から顔を上げた。
「え?だって殺し屋でしょう。殺さないので?」
「まあ、そう思ってもらうために殺し屋名乗ってるんだろうな」
ノリスケは手紙を畳んでしっかりとこちらを見た。
「だって考えてみろ。なぜ殺すんだ?大抵は恨み、存在が邪魔になる、そんなところだ。そこに理由が入って金のためやら愛のためやら人それぞれ」
「はあ」
「はっきり言えばそんな事の為には被るリスクが高すぎる。だからなるべくならやらねってだけだろ」
「やらなきゃ詐欺でしょうに」
「そこは素人の浅はかさだな。色々あんの色々」
「というかさっきからずっと他人事みたいに話しますね。あなたのことでしょう?」
「いや殺し屋って言われてるけれども俺は違うっていうか違わないっていうか…てかいいよもう、そんなこと。それよかこれからの事を話せよ」
ノリスケが鼻から息を吐いた。
「そうですね、まずはこの先の道のりを説明しましょうか」
ノリスケは喫茶店の店員に頼んで紙とペンを貰い、それを手にしてペンのキャップを開けた。
「あ、そうだ。それよりもまず現状から整理しましょう。貴女…あの、お名前聞いてませんね、なんというのでしょうか」
「俺?名前は今ないけど、通り名で猫って呼ばれてるからそう呼んでくれ」
ノリスケが俺の頭を指差す。
「猫?」
「別にこの耳つけてるからそう呼ばれてるわけじゃないぞ。付ける前からだ」
「そうですか。あ、もしかして殺し屋って名前名乗らないもんなのですか」
「そんなわけあるか。そんなの少数派だしそもそも俺なんかを殺し屋って一括りに他のと一緒にしちゃあ、そいつらが怒るぞ?」
「そういうもんなのですか。まあいいでしょう、わかりました。では猫さん、ひとまず現在地と現状についての詳しいお話をしましょう」
ノリスケは紙の端を程々にちぎると、それに大まかな日本列島を描きこんで俺に見せてくる。
「これがジャパンです」
俺はノリスケに強めのデコピンをプレゼントしてやった。
「痛いです。何するんですか、もう」
おでこをさすった後でノリスケは日本列島の紙に小笠原諸島をなぞるように東京湾まで切れ込みをいれた。
そして残った紙に左上から右下へと斜めに細長い楕円を描くと、ちょうど楕円の真ん中あたりにペン先を置く。
「現在地はここになりますね」
「おい、ジャパンを放ってどこを指してる。ジャパンで言えジャパンで」
「はい、ジャパンはここになりますね」
そう言うとノリスケは日本列島を描いた紙を楕円の左上半分に十字に重なるように置いた。
「ご説明をしますから、とりあえず全て聞いてください。ややこしいので質問はその後で」
「先ずいいですか、ここシトラスは日本ではありません。既知の世界地図の裏側じゃないけど裏側みたいなところに存在する未知の世界と思ってくれればとりあえず構わないのであんまり考えなくていいです。日本じゃないって事だけ分かってくれれば
もともと日本のバスの発着はだいぶわかりにくい所にバス停があったんですが、ターミナル化に合わせてこれも統合したらしいんですけどそもそも使う者が限られているものを他と一緒に
れでですね、ここは既知の世界ではないので基本は同じと思っていいですが、色々常識が違います。まずこの世界には飛行機が飛んでいません。空を飛ぶのは鳥と虫と殲乃くらいです。
あっと、なんだか説明が面倒になってきましたね。まるっと一纏めにすれば大正時代のような街並みが多くて知らない生き物がたくさんいて、人間は変わらず馬鹿だけど、もうちょっといい意味で馬鹿。そんなところですね」
やべ、腹膨れたから眠くなって途中ちょいちょい聞いてなかった。ま、一纏めうんたらを聞けたからいいかな。
聞くだけって退屈なんだもんな。
「長ぇよ、それで魔の森はどこらへんなんだ」
「ここですよ。てかそんなに長く無いですよ、居眠りする程には」
ばれてら。
ノリスケのペンは楕円の右下に黒い点を残した。
「は?ちょい待て。手紙には途中で降りたってあるだろう。なんでここよりも先なんだよ」
「知りませんよ、そんなこと。わたしが知ってるのは手紙を渡された場所だけですもん。だいたいわたしはいつも移動は空飛んでるんですよ、バスの細かいとことか知りませんよ!バスだってもう行っちゃいましたし、あのバスって向こうで人が乗るまでずっと待機してるからもうほぼ来ませんし!」
「ごめんて。わかったからもう行くぞ。次の街行こうぜ」
「はぁ。いいですけど歩くの嫌ですね。乗り物買いましょう、乗り物」
「公共は無いのか」
「バスで飽きました」
なんて奴だ、同感だが。
「高ぇよ、乗り物。こんなしょぼいくせに」
「わかりますけど店先で言わなくても」
やってきたオンボロのオンパレードする野晒しショップでは、ありえない暴利を貪っているとしか思えない値段で商売をしていた。しかもあるのは人力の動力のものばかり。有り体に言えばチャリ屋だ。
すぐさま店が違うとノリスケに訴えたがこちらの世界では原動機の類はあまり使われていないのだという。燃料の確保と値段調整に無理があったかららしい。
はっきり言って乗り物がチャリだとは思っていなかったのでげんなりが半端ない。
「マジかよノリスケ、俺ゴミ買う気ねぇぞ」
店の前でガックリきていると、もと来た道の方から微かにエンジン音がきこえてきた。
「おい、ノリスケ!バスがまだいるんじゃねえか?エンジンの音が聞こえるぞ。運転手に話聞いて来ようぜ」
「わざわざ行かなくても近づいて来てません?」
確かに音は近づいて来ているようだが、その為に立てた聞き耳によるとどうもエンジンの音が軽い。一晩聴き馴染んだあのバスの音はもっと大排気量な感じの重い音だったはずだ。
そうしてやがて見えた車体はバスよりも随分と小さい乗用車サイズで、妙にヘンテコな形をしていた。
小さい牛乳パックに車輪を付けた感じの工作感を強く感じるデザイン。作って遊んでいるのだろうか。
そしてそれが近場まで寄って来た時、ただの穴の窓から小玉スイカ程の物がおっさん聲の謎の喚きとともに放り出されるのが見えた。
次の瞬間、放られた小玉スイカは少し離れた道の脇で空気を取り込み爆裂を起こして騒音を撒き散らした。
突然の小玉スイカ爆弾に、いの一番に反応したのは俺でもノリスケでもなくオンボロショップの店長で、言葉がわからない俺でもわかるベタな悲鳴をあげて飛び跳ねている。
「お礼参りかね?」
店長の欲深に腹を据えかねた、以前の客がやって来たのだろう。現在牛乳パックに乗っているということはそこで乗り物の相場を知って怒り狂ったのか?もしそうならやっぱりぼってるのか、この価格は。
次々と投げられた物体によって店の商品がギリ乗れる状態からただのオブジェに変わり果てる。爆発は芸術らしいからな。ゴミじゃない、アートだ。
「なに暢気にしてるんですか!」
その言葉尻に合わせてキャッチボールならナイスな軌道でさっきのものと同じ爆弾が俺たちのもとへと放り投げられた。結構な威力があるので少々離れようとも爆発すれば被害は免れそうにない。とんだとばっちりだ。
あれ?違う、爆弾投げてる奴、ありゃあ知ってる顔だ。
「ノリスケ!食っちゃえ」
「!、はいっ」
躊躇するかと思ったが躊躇うことなくノリスケは爆弾に喰らい付き、羽毛へと変えた。
「偉いぞ、ノリスケ」
「思わずやっちゃったけど、死ぬとこだった!」
え?ノリスケって死の概念あるの?大破してもほっときゃ治りそうなのに。ああ、いや怪我すんだから死ぬわな。ちょっと特殊生物すぎて思い違っちまう。
「それよりぼーっとしてたらまた爆弾が来ちゃいます!どうしましょう」
ノリスケ一人で慌てている。もう大丈夫なのに。
「ちゃんと見ろ、ほらあれ」
慌てるノリスケに車の走り去った方向を指差して、あそこの大惨事を教えてやる。そこではさっきの牛乳パックが、空き地の隣の空き家に突っ込んで盛大に燃え盛り、時々爆発を起こしては近所迷惑になっている。
「うーわ、なんですか?あれ」
「乗ってたのはさっきのおっさん達だったから、さっきのは意趣返しだろうな。そんで、燃えてんのは危ないなと思って俺が始末したから」
「なにをしたらああなるのですか?」
「秘密」
これは嘘だ。本当は説明が面倒なだけ。
実際は企業秘密でもなんでもなく、投げつけようと爆弾持ったおっさんの一人に、思いっきりその辺の石をぶつけて昏倒させただけ。そしたら車内に爆弾が転がってあの有様というわけだ。俺、殺し屋って呼ばれてるんだけど、未だに殺しにきたやつしか殺したことないんだよね。
てかそんなことよりも、いいこと思いついた。
「なあなあ、さっきノリスケが爆弾食べた時に思いついたんだけど、ノリスケが人が乗れるものになれないか?でっかい、人が乗れるほどの鳳とか翼の生えたドラゴンとかさ」
空を飛べたらどれだけ楽だろう。寒さと風は考慮に入れてはいないけれど、陸上を徒歩とは格別の差があると思うのだが。
「それは無理なのです」
しかしそれはノリスケに一蹴されてしまった。




