知らない国の人々
旧神政王都ザザ
そこは豪奢な広間。
毛足の長い、考え抜かれたデザインの施された赤い絨毯が折角の大理石で組まれた広大な床を覆い隠している。其処に勿体無いという考えは微塵も感じ取れない。
巨大な柱に支えられた天井からは大小様々な東洋の香りのするシャンデリアが揺れることなく優しい光の乱反射を広大な空間全体をばら撒いて、空気にすら高級感をもたらしている。
「先ほどの現象が何なのかわかったのか?」
静謐な空間に小声では決して響かない声量を大声を出さずに拡げているのは、本来の絹ベルベットの座面を持つこの場にふさわしい造りの倚子に座した白い髭を豊かに蓄える、顔に刻まれた皺の浅からぬ老人のものである。
「はい、やはり古文書にあるものと一致しました。詳細は判り兼ねますが王のおっしゃる通りの様です」
その声に返す、重厚感の弱く高いとも取れる声は眼鏡の似合う疲れ目の少し草臥れた高貴そうな様相の壮年の男性のもの。
この立派な空間には今、たった二人が報告に於ける話し合いをしている最中だった。
「ちょっと待て、予想道理なのならば我が国には現象の機微を記録する媒体が王祖の時代より伝わっているはずだが、それにはどうと出ている」
「それが、先先代様の頃に当時最先端として技術の粋を集めた電気式の最新作を作り上げたものが、万全の体制を保たれていて動作にも何の不備も無いそうなのですが...」
そこで噤む男性。
「なんだ、どうしたのだ。答えてみよ」
「はい、如何せん電気を使うので王妃様がこんな使いもしないものに勿体無いとコードを引っこ抜いておりまして」
「嘘やん、阿保け」
「王?」
「いや、ちょお待て、本気で。え?家電なんか?炊飯器の横にでもあった?そういうもんは然るべき場所があるやんか」
「あの、王?」
「警備の詰所とかさぁ。はぁ、もう良い下がれ。何が起きたのか詳細を改めろ」
右手で両目を覆い天を仰いでしまった。
「はっ」
「あと、電源入れとけ」
「はい、仰せのままに」
そして男性は踵を返して部屋を辞した。
「あいつ返事は良いんだけど如何せん阿保っぽいからなぁ...いやいや、全部あいつがやってるわけじゃ無し責任押し付ける様なこと言ってどうするよ、ったく。責任取るのは俺の仕事だっつうのに」
一人呟く老人はこの後に起こるであろう事に思いを馳せては対策を練る。
ブツブツと三時間が経った頃慌ただしく広間の重厚な扉が開けられた。
「開けよぉ!重いっ‼︎」
いや、慌ただしいやつが開けに来た。
「王よ、大変です!城下で蘇り報告が多数上がってきています!」
転がる様に絨毯の上を走って来て跪くと大声で報告してきたのは元気の良い、褐色の肌の大臣。
「煩い。慌てるのは良いが、それのどこにそこまで取り乱す必要性があるのだ。お前のウザいテンションで居間に入ってくるな」
「ですが、蘇りですぞ!こんな超常が起きていて慌てるなという方が無理でございます!」
「ああ、もう。現象が確認できた時点で予想はついておる。そんな薄っぺらなところで騒ぐなと言っている」
「ですが!」
「諄いぞ。お前はもっと予測をして行動しろ。立場を考えて動け。上役のお前が慌てて下をどうしたいのだ」
「も、申し訳ございません」
「もうよい、行け。取り敢えずは情報の統制に当たれ」
「はっ、承知いたしました」
帰る時まで慌ただしくドタバタと帰って行く大臣の後ろ姿を見て王様は隠すこと無いため息をついた。
「ええ歳こいて、何やねんあいつ。話も内容薄いしな」
それでも確認できた内容につい、憂鬱が過る。
おそらくは浅慮な行動に出る国が幾つか出ることだろう。蘇りとは確かに超常であり操れるものなどあろうはずも無いという中で一つ現れた可能性。
それを手にすることができれば国々の中での発言力が増すどころでは無い。崇め奉られる存在として君臨できると考えていても違わないだろう。
それが過去に何を引き起こしたのかは知っても知らずとも、行動に移す者は少なからずいるのだ。歴史だけは長い我が国は過去のこともある程度は伝わっている。
「阿保の思う通りにはいかないだろうが、出来ることなら無用な亡びは減らしたいしなぁ」
抑止力とはなりたいが阿保のために自国の民を危機に見舞う気にはならない王は事前の策を弄するのだ。
治安の良い国であればその様に考え動くのも当然の考えだろう。
しかし、王は思い至っていなかった。
安寧な生活をしていては関わらないものがあることを。
頭に止まらぬことが確実に存在することを、知識としては有れども身近に無ければ思いはつかない物事を。
欲にまみれた人間に村の人々を皆蹂躙されて絶望の間にある者に最後の時が近づいていた。怪我をし地面に横たわる体を上から嘲笑う人間を怨み呪い許さぬことを誓う。そうして掲げられた霞んで見えにくくなっている棒の様な何かが遂にと振り下ろされて、自身は絶命を果たした。下賤な人間が興味を失せて棄て置いて新たな反吐を散らかしに歩く。
その時に起きたのだ、世界の改編が。命の編纂が。
そうして起きるのは同じ光景で違う未来。
見知らぬ唯一神は、彼らを作り変え生み変え、人を変えた。
彼らが冀ったものへと少しだけ寄せて。
願った世界を手に入れた彼らは、この未来をくれた神に心酔し絶対の忠誠を誓い、歩みを始める。
独裁する統治者の帝国が歓喜に揺れていた。一心の恨みを背負う皇帝が暗殺されたのだ。
遺体は晒し台に括られ、聴衆のはけ口として損壊の憂き目にあっている。
様々な怨嗟に晒された姿に溜飲を下げる者も多からず居たが、絡みついた呪いにも似た濃い靄が心に纏わり付く者も多く、死により罪を逃れた様なこの状況に納得は出来ても痼の残る不完全な心境を創り出しもしていた。
そしてそんな時、世界に再生の余波が
起こった。
死に絶え人の形こそ残っていたそれにも再生の道はつけられ蘇りを果たして行く。徐々に徐々に。
その時人々は大まかに二つの感情を持つ者に別たれた。
一つは完全な復讐への道を神が許してくれたと歓喜する統治者呪う、主に一般の善良な人々。
そしてもう一方には普段は不平不満で満ちていたのだが、皇帝の死により自分たちの不利益をようやく自覚した者達。大凡に重職に立ち何らかの蜜を吸ってきた、国の上層を知らない一般にとっては王と変わらぬ害悪と見做されていた人間達であった。
王と側近は顔を知られていた為対象になったが、いかんせん総ての人間を把握できてはいなかったので中途の人間は幾らか難を逃れていた。そして気付いたのだ、上にあの王が居たとてそれは幸せでもあったと。寧ろあの王が上だったからこそ幸せなこともあったのだと王が死して流れが変わってから初めて認識した。
それは他者を尊重しない、自身に責を負わない都合のいいものであることは自明の理だったが無くしてそう思ったのだ。
そして神は自分達に王をお返しになさった。王は神に選ばれたと沸いた。
そういう理由で残った国という外廓は内部で二つに別れたが、数の力とは凄いもので大衆に知られていなかった後者の者達も情報は錯綜しながらも噂として素早く流れて次々と粛清されていき、一人も残らないどころか多少の犠牲を払う事態に落ちていった。
国にはもう民衆しか残らない。しかし、総ての人間が神は自分たちに味方したのだと喜びに満ちた。
たとえ少ない時間だったとしてもここには二つの考えがあった。あの皇帝は神に選ばれたのだと考えた人々がいた事。神は我らに救済を残してくれたのだと、皇帝をもう一度粛清する機会を与えてくれた事に感謝と敬意と信心を持った大勢の人々がいる事。
その二つの考えを飲み込みこの国の事態は収束していった。
この国では。
こうして、やはり世界は安寧を捨てて面倒な方向へと動き出したのだ。




