第八話 作戦と気がかり
「さて、もう武器は無くなったわけだ」
まったく、手こずらせてくれたものだ。駆動兵器も持たずに俺に向かってきた勇気は賞賛に値するが、人間の身体を乗っ取っているこの俺に、光など通用しない。蹴り飛ばした松明は地面を転がり、やがて崖下へと落ちていった。……ん?あれは……
「そのお嬢さんを放して貰おうか、下郎め」
崖際に立っているのは、さっき突き落としてやったムカつくオッサンじゃないか。どうやってあの崖下から……
「パブロンさん、危険だから離れていたほうが……」
オッサンに向かって呼びかける娘。パブロンって言うのかあのオッサン。やけにダサい名前だ。娘の口ぶりからすると、たいして強くもなさそうだ。
「おいオッサン、よく生きてたな。早速で悪いが……取引だ」
俺は娘を手元に引き寄せ、首に手をかける。影のことを知っているなら、俺がその気になればいつでも娘を殺せると分かるだろう。
「……要件は何だ」
「割と物分かりがいいんだな。決まってるだろ、駆動兵器だ」
そう、駆動兵器……! これを上に渡せば、俺は更なる力を与えて貰える。外に置いといた見張りは勝手に合体しちまって、しかもやられちまったしな。これで手柄は独り占めってもんよ。
「……お嬢さんのためならば、仕方があるまい。だが、お前がお嬢さんを無事に開放するという保証がなければ、武器を手放す真似など出来ぬわ」
ま、そらそうだ。唯一の武器を手放したら最後、俺に殺されることは明白だしな。
「じゃ、どうするんだ?」
「……まず、この鎧をここに置く。そしたらお前がそこから退く。私はお嬢さんを連れて出口まで行き、そのあと鍵を渡してやる。もし少しでもおかしい動きをしたら、鍵は崖下に葬ってくれるわ」
ほう、なかなか頭を使うじゃないか……まぁ、その作戦には欠陥があるんだがな。
「……オーケー、交渉成立だ。まずは娘を解放する」
俺は娘から手を離した。するとオッサンは鎧を脱ぎ、崖際に置いた。
「では、互いに一定の距離を保ち、お前は鎧へ、私は出口へと移動だ」
互いに警戒しながら移動する。鎧を見てみると、どうやらホンモノの駆動兵器のようだ。つまりアイツは今、丸腰だ。
「ほーう、結構正直なんだな……それが命取りよ!!」
俺は二人の方に駆けーーーな、何だ!?
「やれ、小僧!!」
後ろから羽交い絞めにされる!! クソ、姿が見えないと思ったら、崖にでも掴まって隠れてやがったな!! こういう作戦だったか……おい、こいつが持ってるのって……
「クソ!! グロウストーンか!!」
こいつは驚いた。まさかグロウストーンを隠し持っているとはな。確かにそれを食わせられてしまえば、俺は消滅する。だがな、今そっちにある俺を倒す手段って、それだけだよな?
「ギチギチギチギチ!!!!」
「あっ!!」
そう、食わせられる前に、身体から出ちまえばいいのよ!! いい策だったが、ツメが甘かったな!! まずはこの羽交い絞めにしてきたガキから……
「……やっちまえ、オッサン!!」
何? あいつは今駆動兵器を持っていないハズ……
「これを握ればいいのだな!!食らえ、アクセル・スライサァアアアアアア!!!!」
猛烈な勢いで、俺はオッサンの剣に貫かれた。クソッタレ、あっちの方が上手だったな。俺の意識は、闇に溶けていった。
「オッサン!!しっかり!!」
どうにか影を倒した僕たちは、勢い余って崖に突進したオッサンを引き上げている最中だった。やっとの思いでオッサンを引き上げる。
「し、死ぬかと思った……だが、さすが私だ。一撃で影をしとめてしまうとは」
ゼーゼー言いながら自慢するオッサンから、エルピスを取り上げる。
『まったく、変な名前を付けおって……』
恥ずかしそうに言うエルピス。まるで必殺技みたいに叫んでたな、オッサン。
「まぁ、上手いこと作戦通りにいってよかったよ」
『完全に君の読み通りだったな。凄いじゃないか』
そうだ、メルネは……どうやらもう起きているようだ。ルシアが介抱していた。
「レイ様……助けて下さってありがとうございます」
僕に向かって笑いかけるルシア。今回僕は大したことしてないんだよなぁ。複雑だ。
「ルシアが無事でよかった。こっちこそ、助けてくれてありがとう」
「お嬢さん、私の剣捌きはいかがだったかな!?」
割って入ってくるなよオッサン。まぁ今回は居てくれて助かったけど。そうこうしているうちに、村人が数人入ってきた。
「あ、騎士さま!! 音沙汰がないもんで見に来てしまいましたよ! その様子だと、どうにかして頂けたようで……」
オッサンはフフ…ともったいぶった笑いを見せ、誇らしげに叫んだ。
「聞くが良い!! このお嬢さんに取り憑いていた影を葬ったのはこのバルブロン・ビーダルバロン兵団長一位である!!」
おおー!! とどよめく村人。いや、まあ結果だけ言えばそうなるけどさ。
『ちゃっかりしているというか、どっかりしているというか……』
「外に居た影を倒したのもレイ様ですし、ここでの戦いもほぼレイ様のおかげなのに……」
「いや、これで良いんじゃないかな。僕一人で勝ったんじゃないから。ありがとう、ルシア」
むくれるルシアをたしなめる。やばい、ほっぺを膨らましているのがすごくかわいい。
「ささ、そちらの方々も今夜は宴ですよ!! 一緒に騒ぎましょう!!」
洞窟を出た僕たちを待っていたのは、大規模な祝宴だった。村人全員が参加しているというそれは、祭りのような賑わい。
「今年のワインはとても出来がいいんです。どうぞ!」
「いや、僕はお酒は……」
正直、そこからの記憶が無い。踊ったり、歌ったり、オッサンの武勇伝を延々聞いていたような気がするが、気づけば僕は宿のベッドにいた。
「うわ……頭痛い」
頭を押さえて身を起こすと、横から水が差し出された。
「ありがとう、ルシア……」
「え?」
ルシアではない声……? 横を見ると、そこに居たのはメルネだった。
「あ、ゴメン……ありがとう」
部屋を見回すと、ルシアが居ない。僕が寝ている間に何かしてしまったのか?
「メルネ、ルシアは? 今何時?」
「朝の5時です。ルシアさんは……さぁ?」
『君をここに運んだのはルシアだ。夜中にどこかに行ったようだが……』
それを聞いて、僕は部屋を出た。何となく心配だな……何も無ければいいけど。宿を出ようとしたとき、ルシアと鉢合わせた。
「あ、レイ様……具合の方は大丈夫ですか?」
ルシアの顔色が優れない。目の下には若干クマが見えた。
「僕は大丈夫。どこかに行ってたの?」
「あ……はい、何でもありませんのでお気になさらないで下さい」
気になる。メチャクチャ気になるが、言いたくないなら詮索しないほうがいいんだろうな。
「それより、もう出発しませんか?次の町までは少し遠いので、早めに出た方が良いと思うんです」
「そうか、じゃあそうしよう……オッサンはどうする?」
「この村で講演会を開くとか言っていましたよ」
そうか、ならば置いて行こうじゃないか。あのオッサン、絶対自分の駆動兵器のこと忘れてるだろ。
『赤い鍵も焦れているようだしな。急ぐに超したことはない』
そうして、僕たちは静かにこの村を後にした。あくまで目的はティエルタリア。あと二つほどの町を経由すればたどり着くらしい。ルシアのことを気にしつつ、僕は馬車に揺られた。
「ただいまぁ」
「あらアパテー、もういいんですの?」
「うん。異世界からの奴より面白いもん見つけちゃってさぁ」
「へぇ、てっきり異世界の者を今のうちに抹殺するのかと思っていましたが……」
「いや、きっとほっといても破滅だよ。僕の大好きな”欺瞞”によってね……」