第1話「闇魔導士と助手」
その日、闇魔導士・ドーネクトはうなされていた。
学生時代の忌まわしかった頃の夢を見ていたのだ。
彼はいつも一番になれなかった。
首位を、同級生の女子生徒アビクリスに独占されていたからだ。
故郷のビラーレル村は、魔導士を育てる村だった。
そして、ドーネクトが誇れるものは魔法だった。
勉強も運動もトップは無理なので、「せめて魔法だけは」と一生懸命呪文を覚えたり、お金を貯めて良い魔法札や魔導書、魔導士には必須の杖を買ったりと、努力を惜しまなかった。
子供の頃は「魔法塾」というものもあり、優秀な魔導士を目指していたドーネクトも、もちろん通っていた。
アビクリスもその魔法塾に通い、ドーネクトと同じペースで授業を受けてきた。
おまけに彼女は、勉強も運動もトップだったために、いつも周囲からチヤホヤされていた。
そんな光景を横目に見ながら、ドーネクトの「一番になりたい」という欲望は強くなるばかりだった。
同時になかなかトップを取れないために、常にイライラしていた。
「や、やめてよ~!」
「うるせぇ!」
ドーネクトは悔しさをぶつけるように、同級生であり劣等生のサティミダという男子生徒を蹴り続けた。
だが、相手の泣く顔で気分が晴れるわけではなかった。
完全な八つ当たりだとわかっていても、やめられなかったのだ。
「やめなっ!」
ドーネクトの後ろから、鋭い女子の声がした。
振り返ると、そこにはアビクリスが立っていた。
ドーネクトはケンカでも彼女に負けた。
結局、魔法学校でもアビクリスに首位を取られ続けた上、彼女は「ビラーレル村史上第一位の魔力の持ち主」とまで讃えられた。
これらに納得がいかないドーネクトは、卒業後に独学で編み出した闇魔法で村を乗っ取ろうと考えた。
しかも、自立したアビクリスが村外へ出て行った後に実行するという非常に卑怯な作戦に出た。
アビクリスが村を発ったその日、ドーネクトは長年の怒りを込めてビラーレル村征服を実行した。
ところが、忘れ物をして戻って来た彼女に見つかってしまい、計画は失敗に終わった。
その後、ドーネクトは村から追放され、家族や友人たちからも縁を切られてしまった。
さらに最悪なことに、アビクリスは「村の英雄」として讃えられ、教会に像まで建てられた。
そして、これは村を征服する前の話だが、自身がいじめていた劣等生のサティミダもアビクリスと結ばれ、子供まで生まれた。
ドーネクトにとっては、最悪続きである。
何もかも、思いどおりにはならなかった。
彼はその後二十年、何の成果も出せないまま時を過ごすのであった。
◇
目が覚めると、宿屋のベッドの上だった。
「ゆ、夢か……」
悪夢のせいで、学生時代の黒歴史が昨日のことのようによみがえり、最悪な目覚めとなった。
だが同時に、「夢で良かった……」と心から安堵するのであった。
「やっと、お目覚めですか」
隣のベッドから、若い男性の声がした。
ドーネクトの助手・ダーケストが胡坐をかきながら魔導書を読み、横目でこちらを睨んでいた。
彼は肩下まで伸ばした黒髪に、緑の瞳を持ち、グレーの半袖のローブの下に黒いインナーを着用していた。
「い、今、何時だ……?」
ドーネクトは寝ぼけ眼をこすりながらも、重い体を起こした。
「もうお昼前ですよ」
ダーケストが無表情に冷たい口調で答えると、ドーネクトはあわてて時計を見た。
時計の針は、十一時半頃を指していた。
「はぁ?! もう半日が終わるじゃねぇか! 何で起こしてくれなかったんだ?!」
「起こそうとしましたよ。ですが、悪夢にうなされていたので、あえてそのままにしておきました」
「いや、余計起こせよ!!」
助手のナメた態度にイラつきながらも、ドーネクトは急いで洗面所へ駆け込んだ。
鏡に、起きたばかりの自分の姿が映った。
年々少なくなってきている青い髪、輝きを失いつつある紫色の瞳……アビクリスと争っていた頃より明らかに覇気がなくなっていた。
ドーネクトは自身の情けない顔を見て、ため息をついた。
「あのサティミダですらアビクリスと結婚して子供もいるというのに、俺ときたら……」
四十五になるドーネクトは現在独身、もちろん子なし。
傍にいるのは、クールで生意気な二十五の助手。
今日も彼と一緒だと思うと、朝から人生のやる気が削がれるのであった。
◇
コーヒーを飲みながらダーケストが尋ねた。
「今日はどうされるのですか?」
「とりあえず、あてもなく歩く……」
ドーネクトは悪夢で気分が沈んだまま、サラダを食べた。
「またそれですか……? いつになったら、次の目標を立てるのですか? 昨日もその前もでしたよね。いつまで、こんな旅が続くのです?」
「そんなこと言われてもだな……」
「『アビクリスを超える』と目標を立てているのに、成果も出ていません。そろそろ、変えるべきではないですか?」
「うっ……」
「調査したところ、アビクリスは今もひっぱりだこです。ドーネクト様はどうですか?」
ドーネクトは魔力を強くしようと努力していた。
だが、依頼などは一つも来ない。
「だから、お前を助手に迎えたのだろう……」
アビクリスと比べられ、ドーネクトは意気消沈しながら答えた。
「それはあなたの意思ですよね? 私は関係ありません。こちらはせいぜい、あなたのサポートを主にしておりますので」
「いや、待て。……そうか、わかったぞ!」
少し考えた末に何かを思いつくと、ドーネクトは急に立ち上がった。
「俺があいつに勝てないのは、お前のせいだっ!」
「は……?」
ダーケストが眉をひそめた。
「俺のサポートをしている? いつ? アビクリスが来た時、お前はいつも逃げ腰で、一秒も戦わずに逃げているではないか! 回復も補助もしてこなかっただろ! つまり上手くいかないのは、お前が役に立たないせいだっ!!」
ドーネクトが言い終えると、ダーケストも立ち上がった。
「いつも逃げ腰なのは、あなたでしょう」
冷静に返しながらも助手は、荷物が置いてあるベッドへ向かい始めた。
「彼女を前にするとビクついて、いつも撤退してますよね」
淡々と言いながら、荷物を革袋へ詰めていく。
「でも、わかりました。私が役に立っていないと言うことは、もういない方がよろしいですね。これからは、一人で戦って下さい」
詰め終わった革袋を持ち、ダーケストは部屋を出て行こうとした。
そんな助手の前に、あわててドーネクトが立ち塞がった。
その表情は明らかに焦っていた。
「じ、冗談だ……。お前はいつもよくやってくれている。俺は知っているんだぞ。……そうだ、お前が頑張っていることは、俺が一番よくわかっているんだからなっ!」
「冗談は顔……いえ、存在だけにしてもらえますか?」
ダーケストは無表情で言い返した。
「何ぃ?! お前はいつもそうやって、生意気な言い方を……!」
「お世話になりました」
毒舌にドーネクトが怒鳴ると、最後まで聞かずにダーケストはその隣をすり抜け、再び出て行こうとした。
「待てー!! わ、わかった! お前は最高だ! 本当にっ!」
荷物を入れた革袋を持ったダーケストは、もうドアの前まで来ていた。
ドアノブに手をかけたその時……。
「ご褒美に、マンゴープリンパフェも奢るぞ!」
直後、助手の足が止まった。
「普通、引き止める時は謝罪が先に来るものですが。……まぁ、大目に見ましょう」
クールだが食べ物に弱いダーケストは、踵を返すのであった。




