第7話 ラッキースケベ軽め — 女騎士との誤解回
王宮の廊下は、今日も静まり返っていた。
前回の軍議以降、空気は明らかに変わっている。
主人公はそれを“体感”ではなく、“数値”で把握していた。
視線の回数。
ひそひそ話の頻度。
廊下でのすれ違いざまの沈黙時間。
反発度、上昇中。
「……三十四%」
「何が三十四だ」
背後から低い声。
振り返ると、女騎士が腕を組んで立っていた。
「私を見て、ため息をつく回数か?」
「いえ。軍部からの敵対確率です」
「今それを言うな」
女騎士は深く息を吐く。
「今日は城内巡回だ。財政顧問殿も同行しろとの命令だ」
「合理的ですね。現場確認は重要です」
「お前は本当に可愛げがないな」
可愛げの定義が分からない主人公は首を傾げた。
城内の倉庫区画。
穀物袋が山のように積まれ、兵士たちが荷を運んでいる。
主人公は無意識に計算を始めていた。
袋の体積。
保管間隔。
湿度。
劣化率。
「積み方が非効率です。通気率が低い。腐敗率は来月三%上昇します」
「……本当か?」
女騎士が眉をひそめる。
主人公は一つの袋を指で押した。
「内部温度が高い。配置を千鳥にすれば解決します」
近くの兵士がぽかんとする。
「見ただけで分かるのか?」
「はい」
「はい、じゃない」
そのときだった。
上段に積まれていた袋が崩れる。
「危ない!」
女騎士が主人公を引き寄せる。
勢い余って、二人は床へ倒れ込んだ。
ドサッ。
静寂。
主人公の視界いっぱいに、女騎士の顔。
至近距離。
髪が頬に触れる。
「……」
「……」
倉庫内の兵士たちが一斉に固まる。
女騎士の頬がみるみる赤くなる。
「な、何をぼーっとしている!」
「落下確率を計算していました。今の衝突角度は――」
「それはいい!」
慌てて起き上がる女騎士。
周囲の兵士たちが妙ににやにやしている。
「違うぞ! これは事故だ!」
「ええ、事故ですね。落下角度は六十五度でした」
「そういう意味ではない!」
主人公は本気で分かっていない。
兵士の一人が小声で言う。
「お似合いだな……」
「聞こえているぞ!」
女騎士の声が倉庫に響く。
主人公は冷静に袋の崩れ方を分析していた。
「先ほど申し上げた通気改善を実施すれば、崩落確率は下がります」
「話を戻すな!」
女騎士は額を押さえる。
「お前はだな……もう少しこう、状況をだな……」
「倉庫の安全性は重要です」
「……そうだな」
完全に噛み合わない。
しばらく沈黙が落ちる。
やがて女騎士は小さく息を吐いた。
「さっきのは……助けただけだ。勘違いするな」
「助かりました。ありがとうございます」
真顔。
一点の曇りもない。
女騎士は数秒黙り、やがて視線を逸らした。
「……お前は、本当に計算以外は鈍いな」
「否定できません」
そのとき、主人公の脳裏に数値が浮かぶ。
“女騎士の心拍数 上昇”
“顔面温度 上昇”
“怒り確率 低”
“羞恥確率 高”
だが意味は理解できない。
「どうかしたか?」
「いえ。異常なしです」
「怪しい」
倉庫を出るころには、城内の噂はすでに広まり始めていた。
財政顧問と女騎士。
急接近。
主人公はそれを知らない。
ただ一つ分かるのは。
城内資源の無駄が多すぎるということ。
「改善余地、三十二%」
「次は何を企んでいる」
「最適化です」
女騎士は呆れながらも、どこか楽しそうに笑った。
そして主人公はまだ知らない。
噂の広がりが、
政治的火種になる可能性を。
それを計算に入れるのは――
もう少し先の話だった。




