三話 明かされる真実
「あたしたちが……安倍晴明の孫……?」
緋月は青ざめた顔で呆然と呟いた。
十六夜は生真面目で誠実な人物だ。もちろん緋月や紅葉をからかうように冗談を言う事もあるが、これは冗談にしてはやりすぎだ。
「な……、どういうことだよ夜兄さん……っ!?」
紅葉も声を荒らげて立ち上がり、十六夜の言葉に説明を求める。
その表情は緋月同様青ざめていて、どうか嘘であってほしいという想いが切実に現れていた。
「…………言葉の通り、だよ。驚かせてごめんね……」
だが十六夜は静かに首を振った。これは冗談などではないと、変わることのない事実なのであるという意味を込めて。
「そんな……そんなのおかしいだろ!? だって安倍晴明ってのは大昔の人間だぞ!?! いくら俺や緋月が妖怪だからって……そんなの有り得ない!!」
まるで岩のような態度の十六夜に、紅葉は詰め寄って反論した。
いくら何でも辻褄が合わないと、今まで以上に声を荒らげながら。
「……! そ、そうだよおにぃ!! だってそれだったらあたし、平安時代に生まれたことになっちゃうよ!?」
それまで呆然としていた緋月も、紅葉の言葉を聞いてハッとし、それに続いた。
緋月には妖街道で育った記憶しかない。物心ついた時から既に、この世界に住んでいたのだ。
「そうだよ! だって……だって俺が生まれたのは……!」
「落ち着いて二人とも……って言っても無理だよね。本当にごめん、混乱するのもわかるけど、一度順を追って説明させてくれないかな?」
動揺を隠せず声を荒らげる紅葉の言葉を遮って、十六夜は冷静に二人を宥めようと声を発する。
その視線はまるで子供を諭す親のように、ただ真っ直ぐと二人を捉えていた。
「おにぃ…………うん、わかった」
兄のその真っ直ぐな視線に射抜かれて、緋月は静かに頷いた。
「っ……! でも……っ!」
しかしそれでも納得のいかない紅葉は、再び十六夜に食ってかかろうとする。
「紅葉……、おにぃの話、聞こう……?」
「……! ひづ、き………ん、わかった……」
緋月はそんな紅葉の袖を引っ張り静かに語りかける。訴えかける様な緋月の表情に少し冷静になったのか、彼女はしばしの沈黙の後に頷いた。
「……ありがとう二人とも。とりあえず座って待っててくれるかな? 『臨時休業』の看板を掛けてこなくちゃ……」
ひとまず話を聞く体勢になった二人をみて、十六夜は静かに礼を告げる。それから二人に座るように促し、扉に掛けてある札を変えに一度離席した。
「……さて、とはいえ何から話そうかな……」
札の表示を変え、二人の待つ席に戻ってきた十六夜は物憂げな表情のまま呟いた。その表情から察するに、隠された事実は相当大きな事なのだろう。
「そうだな……、まずさっき言ってた通り、緋月は平安時代に生まれているんだ」
「……! でもあたし……そんな記憶ない……」
十六夜の口から語られた事実は、緋月を震えさせた。そんな事は知らない、覚えていない。けれども、兄の表情が真実であることを告げてくる。
「うん、そうだね。……昔、緋月が妖街道にくるきっかけになった大きな事件があったんだ。その際に安倍晴明――つまりお爺様が僕たちの記憶も含めて、“平安時代の安倍緋月”に関する全ての情報を封印してしまったんだ」
困惑する緋月をみて、十六夜は詳しい説明を試みる。
つまり緋月に平安時代の記憶が無いのは、緋月への負担を減らすために封印されているからだという。
「記憶を……」
それを聞いて緋月は俯いた。
ならば今の自分は、平安時代に関わった全ての人や妖怪のことを忘れてしまっているのだろうか。
「じゃあもしかして……、あたしもとー様とかー様と過ごしたことがあるってこと……?」
それはつまり、既に人の輪廻を巡ってしまった父母の記憶が存在しているということで。
「そういうこと、だね」
緋月の問いに十六夜は静かに頷いた。
緋月は嬉しいような寂しいような複雑な気持ちのまま、再び机の模様をじっと見つめた。
「なぁ夜兄さん、俺は?」
緋月が平安の生まれなのであれば、自分は一体何なのか。紅葉はそんな面持ちで十六夜を真っ直ぐに見つめる。
「紅葉は別だ、君のお父様がお爺様……ええとつまり、晴明様の息子なんだよ。お父様が元人間って言うのは聞いた事があるでしょ?」
その視線を受けて、十六夜は優しく微笑み言葉を返した。
「……そう言う事、だったのか……」
自身の父の詳しい出生についての話を聞かされ、紅葉は目を丸くして、それから納得がいったような表情になって口をつぐんた。
「…………、隠しててごめんね。僕も詳しくは聞かされてないけど、お爺様にこう言われたんだ。『“あの事”は確実に緋月と紅葉の負担になる。それに妖街道を守る為にも、この封印の事は絶対に隠し通さなきゃいけないよ』って」
すっかり黙り込んでしまった妹たちをみて、十六夜は申し訳なさそうに呟く。
そして静かに目を閉じて晴明に言われた言葉を思い出し、緋月たちにもそれを話して聞かせた。
「妖街道を……? もしかしてそれって……」
そこに含まれた『妖街道』という単語を、紅葉は聞き逃さなかった。顔を上げ、どこか焦ったような表情で十六夜に問うた。
「……それは分からない。もしかしたら紅葉の言う通り、封印に何かあったのかもしれない。だけど、僕はその封印が何処にあるのかもさえ知らないんだ。それを知っているのはお爺様ただ一人だから……」
対する十六夜の答えはまた曖昧なものであった。その上、封印の事を詳しく知っているのは晴明だけだと新たな事実を露呈させる。
「じゃ、じゃあ晴明様を探しに行かなきゃ……! えっと……晴明様は今何処にいるの?」
「…………現し世にいる」
ハッとした様子の緋月の言葉に、十六夜は静かに答えた。
「え……?」
「お爺様は現し世にいるはずなんだ。……その、緋月の記憶を戻させない為に、ええと……封印の後、すぐに現し世に移った、から……」
『現し世』という意外な言葉を聞いて思わず聞き返す緋月に、十六夜はどこか歯切れの悪い様子で答える。
「……! それじゃあ、あたしたちも現し世に行けば……!」
緋月はいい事を思いついたという風に、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がる。
しかし、対峙する十六夜の表情は晴れず、むしろ更に陰って首を振るった。
「それは無理だ……。いくら半妖と言えど、妖怪の血の方が濃い僕たちが無事にいれる保証はない。それに……」
「妖街道から現し世まで行くには何年もかかる……だっけか」
言い淀んだ十六夜の言葉を、紅葉がぼんやりとした記憶を頼りに引き継いだ。
「そ、そうなんだ……知らなかった……」
二人から否定され、緋月はがっくりと肩を落とし力が抜けたように座り込んだ。
この辺りの知識は一般には知られていないことだ。緋月が知らないのも無理はない。
「……例えばお爺様のように、直接現し世に繋げられるほどの強力な力が僕にあれば良かったんだけど……」
十六夜はかつての祖父の荒業を思い出し、無意識のうちに顔をしかめながら自分の無力さを呪う。
「夜兄さんがそういうってことは、本当に晴明様以外はできないってことなんだな……」
紅葉は十六夜の言葉に事の深刻さを理解する。同時に、晴明の凄さも思い知った。
「本当、何のための唯一神なんだか……」
そう、何を隠そう十六夜は妖街道の唯一神なのだ。権力の全てが――否、妖街道の全てが彼の意のままなのである。
そんな十六夜に出来ないことが、この場にいる他の誰にも出来るはずがないのだ。
「じゃあ、晴明様とお話するのは絶対に無理って事……?」
唯一神である兄をもってしても不可能、という事実に緋月は不安になる。
「いや、“対話鏡”を使えば連絡を取れる可能性はあるよ。だけど、だいぶ前から何度やってもお爺様には繋がらなくて……」
不安がる緋月を安心させるように、十六夜は慌てて告げた。しかし、安心させるだけとはいかず、更に不安にさせてしまうような要素まで口にしてしまった。
対話鏡というのは、相手を念じて少し力を注ぎ込んでやれば、その念じた相手と話ができるという代物だ。もちろん、相手も同じものを持っていないと成立しないが。
「たいわきょー……ってあの色んな所に置いてある奴? あれって晴明様にも繋がるの?」
だがそれよりも緋月は身近に存在しているものの有用性を知り、驚いたような顔で十六夜に問うた。
「……残念だけど、街道に置いてあるのは僕が複製したもので、あれは元々お爺様が作り出したものなんだ。お爺様に繋がるのは、月楼に置いてある一枚だけだよ。まぁ、繋がるのもあの人が妖街道か現し世にいれば、なんだけどね……」
想定していた反応と違う反応が返ってきたため十六夜は一瞬目を見張ったが、すぐにまた申し訳なさそうな表情で説明をした。
「その一枚だけの対話鏡でも晴明様に繋がらねぇって事はまさか……現し世にいない可能性もあんのか!?」
その説明を受けて紅葉は瞬時に理解する。
妖街道か現し世にいれば繋がるはずの対話鏡が何度やっても繋がらない。それはつまり、実質晴明が行方不明と言うことでいいのだろう。
「そう、……つまり僕たちは現状詰んでいるんだ。一刻も早くお爺様を呼び戻さなくちゃいけない。でもその方法がどこにも無いし、そもそもあの人がどこにいるかも分からないんだ……」
十六夜は目を伏せて静かに呟いた。その表情には微かに晴明に対する苛立ちと、この状況に対する焦りが混じっていた。
「ええっ!? どうしよう、このままじゃ妖街道が……!」
ここまで細かく説明され、ようやく緋月は事の深刻さを理解したようだ。そう切実に叫ぶ表情は、最悪な事態を想像したせいか恐怖に染まっていた。
「あぁ、怖がらせてごめんね緋月……。僕もどうにか、どうにかしてお爺様と連絡を取ってみるから……」
今にも泣き出してしまいそうな妹をみて、十六夜は胸が張り裂けそうな思いになる。
緋月を安心させるために自分ができることは一つ、祖父と連絡を取る事だけだ。
「…………」
「……、本当にごめんね二人とも。今日はもう臨時休業にするからあがっていいよ」
緋月につられて黙り込んでしまった紅葉をみて、十六夜は心底申し訳なさそうに休みを取る許可を与えた。
「あ、いや……今日の分の持ち込みの依頼があと一個残ってるから、それだけ終わらせなきゃ……」
「あ、そうだった……! 小雪さんすっごく困ってて悲しそうだったから、早く行かなきゃ……!」
しかし真面目な紅葉はそれを拒み、緋月も慌てて紅葉に続いた。
持ち込みの依頼は、依頼者本人からしたら相当深刻な問題のはずだ。それを無視しておく訳にはいかない。
「でも、平気なの? ……って僕が言うのも変な話だけど、あんな話聞いたばかりなのに……」
先程の状況を目の当たりにしていた十六夜は、心配そうに二人をみつめる。
「……うんっ、だいじょーぶだよっ! あたしが本当に晴明様の孫娘なら、尚更困ってる妖怪の事ほっとけないもん!」
そんな兄の心配を吹き飛ばすように、緋月はニッコリと笑う。
自分は他人のために行動していたあの安倍晴明の孫なのだ、だから大丈夫なのだと言うように。
「……俺も。まだ信じられてないけど、それが困ってる妖怪を放っておく理由にはならないしな!」
紅葉もくすりと笑って胸を張る。やはり緋月の従姉妹だけあって、考える事は同じようだ。
「…………ふふ、頼もしいね二人とも。何かあったらいつでも僕に言うんだよ」
そんな頼もしい妹たちを目にした十六夜は、何故だか泣きそうな気持ちになって微笑んだ。そして、困った時には必ず手を貸す事を約束した。
「もちろん!」
「うん、ありがとう夜兄さん」
そんな優しい十六夜に、二人は笑顔で礼を告げた。
「よし、行くぞ緋月!」
紅葉はそうと決まれば、と言う風に立ち上がると、近くに置いてあった依頼帳簿を手にし外へと駆け出した。
「あっ! 待ってよ紅葉ぁ!」
緋月も慌てて立ち上がると、紅葉の後を追いかけて走り出す。
「……あぁ、待って緋月。もう一つ、緋月に伝えておきたいことがあった」
そんな緋月を、十六夜は静かに呼び止めた。
「ほぇ? なぁに?」
「緋月は……、“平安時代を生きた緋月”は、凄腕の陰陽師だったって聞いてるよ」
キョトンとしながら足を止めた緋月に、十六夜は優しく微笑みながら唯一聞かされていた過去を話を聞かせた。
「……! 凄腕の……!」
その言葉に緋月の表情はパァっと明るくなった。
「…………それじゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」
「……うんっ! 行ってきます!」
緋月は兄の見送りの言葉を受け取ると、笑顔のまま外へと走り出した。
「……本当、強い子たちだなぁ……」
一人陰陽亭に残った十六夜は、頼もしく育った妹たちを想って、静かにただ静かに涙を落とした。




