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Double.第五部  作者: Reliah
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6.ドライアド


「ガーランドか」

「なんか珍しいな、お前が街の外まで行くっつーのは」


 目の前に現れた青年は、親しげに――というより、探るように尋ねてくる。その様子から、彼がシトリーの事を気にしているのではと推測した。マリウスの記憶では、ガーランドは以前、シトリーと恋仲にあったと思う――記憶違いではないだろう、彼らは、私生活も代行もそれなりにうまくやっていたのだから。

 が、数ヶ月前に二人は破局を迎えていたはずだった。ガーランドが地位を捨てた――ルシオンのもとを去ったのだ。

 その時の彼らの言い争い、というよりシトリーの剣幕は記憶に新しい。気が向いた時にだけ、特定の条件を満たしている相手を代行する「雇われ」になってから、ガーランドは城にはほとんど顔を出さなくなっていた。しかし、時々こうしてシトリーの様子を尋ねに来るのだ。


「お姫様なら最近機嫌が悪い。昨日、代行相手に辛酸を舐めさせられたようだから」

 その上今日も、獲物に逃げられてご立腹――そこまで告げると、ガーランドは苦笑して肩をすくめた。

「昨日の件は知ってる、今日のは知らなかったけどな――まあ、ぶっちゃけその用事で顔を出したわけでも、お前を待ってたわけでもねーよ」

 眼鏡の位置を直して、彼は軽く頭を掻いた。その表情からほんの少しだけ憂いが見て取れる――彼がシトリー以外の事でもなく、自分に用があって待っていたわけでもなければ、それこそこの場にいること自体がおかしい。今のところ、彼がレディエンスから出る必要は基本的にないはずなのだから。


「ま、どうせこの先に行くんだろ。誰を代行すんだ」

 珍しいというより、おかしい――ガーランドはどうやら、自分についてくるつもりのようだった。それも、代行が目当てのように思える。

 ますます疑わしい。もしかすると、彼は自分の邪魔をするつもりなのだろうか――以前、ルシオンにほんの少しだけ異を唱えた時のように。

「……雇われの君には関係ないよ。ついてくるのは構わないけれど、邪魔はしないで貰いたいね」


 ひとまず、彼とやり合うのは得策ではない。くぎを刺して無難な回答をすれば、ガーランドは「そういうつもりじゃねーけど」と頬を掻いた。

 どうせ道なりに出てくる獣や、最近多いらしい魔獣を排除するくらいには役に立つ。肝心の代行の時に邪魔するようなら、彼もいっしょに消してしまえば良い。

 ひとりでそこまで納得すると、速足で先を急ぐ。恐らく、近道を使えば国境付近くらいまではすぐに到達する。あの二人はあまり足が速くは無いようだから、どこかで追いつくのもたやすいだろう。


 背後からガーランドがついてくるのを確認し、マリウスは国境を目指して駆けだした。






 風を湛える村、ヴィント。

 この村に訪れるのも二度目だった。朝旅立ったはずなのに、夕方になった今、またこの村に辿り着くだなんて。

 溜息を吐いて、シャインは村の広場にあるベンチに座り込む。イオンを抱えて走ったり、歩きづめで流石に疲れた。

 レディエンスの宿に置いてきてしまった依頼の荷物や私物の類はもう諦めているが、これでまた取引先が一つ減った。暫くは、あちら側には仕事すらしに行けないだろう。なにせ、あの首都であるレディエンスを通る以外は海路で別の国まで行く事になる。恐らく顔をばっちり記憶され、宿の台帳もチェックされているはずだ。本名を書かなければいいが、生憎、ネクロミリアのギルドでは偽名を名乗る事は禁止されている。海路であの国に向かうのは逃げ場を無くすうえ、どうぞ殺して下さいと言っているようなものなのだ。


「ここで泊まって行きますか?」

 傍らの少年が、心配そうに首を傾げた。ここから次の街――ネクロミリアまで行くのは、時間を考えても危険だろう。一旦山を越えるため、馬車もなければ通常は半日ほどかかる道のりだ。体力が続くはずがない。

 小さく頷いて顔を上げる。上がっていた息もそろそろ、落ち着いてきた。ザックを背負い直して立ち上がると、丁度近くの家から人が出てくる所が見えた。


 普通なら、それと認識するだけで大して興味を示さないはずなのだが――


 民家から出てきたのは、二人連れの――遠目から見るに、男と女。紳士風の亜麻色の髪の青年と、若干渋めのマントを羽織った「緑の髪」の女性――

 その二人が、もう一人出てきた女性と仲睦まじく会話して、去ろうという所だった。

 振り返った女性の瞳は、緑色のそれ。


 ここまで来れば確定なのではないだろうか――彼女は、十数年前に陥落してしまったロズヴェルトの生き残りかもしれない。もしくは、世界中に少数散らばっているらしい同族である可能性がかなり高かった。

 宿への通り道であるこちら側に、民家から出てきた二人が歩いてくる。そして、ふとこちらを見て足を止めた。


「――おや、珍しいですね。貴方はドライアドでしょうか」

 柔和な笑みで、女性と思っていた――少年が、尋ねた。やや中性的ではあるがそれなりにハスキーな声、良く見ると男物の衣服――こういう人種は珍しくは無い。極端すぎる優男というものだ。特に魔術に秀でていたドライアドには、こういった「女々しい」という言葉が似合う外見の者が意外と多くいた。

「あんたも、そうなのか」


 確信を持って尋ねれば、少年は少し視線を泳がせ、首を横に振った。

「残念ながら――その血がないとは言いませんが、数百年以上前のご先祖の話です」

 クオーターか、それ以上に薄いはず――その言葉に、シャインは一瞬眉を潜めた。それにしては、誰がどう見ても鮮やかな緑色をしている。

 どちらかと言えば、宝石のような青緑。角度によってはエメラルド色にも見えるが――記憶している限り、ドライアドと他種族から生まれた者は髪と目の特徴を両方備えていないはずなのだが。


 例外的にドライアドと同じような特徴を持つ「ただの人間」も存在すると、何かの書籍に記されていた。

 彼もそういうタイプなのだろうかと思い、尋ねようとした瞬間。目の前の少年が自分を――いや、その背後を見て目を見開く。そして、危ない!――叫んだ瞬間、背中に殺気が突き刺さった。


 瞬時に飛びのくと、それまでいた場所に小さな短刀が深く突き刺さる。明らかに殺意を込められたそれの出所を、目で追うと――

「追いついた。――逃がさないよ」


 赤い眼の、蛇のような青年がそこにいた。



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