7.それぞれの思惑
艶のある紫の髪を風になびかせ、青年――マリウスは鞭で地面を叩く。
こんな所まで追ってきたか――半ば冷や汗をかきつつ、シャインは背中に引っ掛けた杖を引き抜いて構える。
ふと――もう一人、見知らぬ男が居る事に気が付いた。銀の髪を三つ編みに結った、眼鏡の男――あれも、代行者なのだろうか。どことなく、昼間の金髪の女代行者に雰囲気が似ている。
あの女が獅子なら、こちらは狼という所だろうか――若干獣じみた覇気を感じる。
「アンドロマリウスに、ガーランド――貴方達、代行場所を間違っていませんかねぇ?」
不意に、背後から――それまで黙していた亜麻色の髪の青年が、皮肉めいた口調で言う。どうやら、どういう事かは知らないがあの二人を知っているらしい――。
前髪で目元を全て覆った青年は、見た目は華奢なものの帯剣している。口の端を軽くつり上げて腕を組む姿は、貴族然としているが、同時にとてつもなくいやみったらしい。
だがしかし、彼の言う事も事実だった。ここはレディエンスに近いとはいえ、間違いなくクライスト領に当たる。そんな場所まで来て代行をするメリットはあるのだろうか――。
「おいおい、あんた達とっくに首都に向かってるもんかと思ったぜ――まさか、はち合わせるなんてな」
「生憎、この村で怪我人が出ておりましてね。治療にあたっていたら思わぬ足止めを受けていた。それだけのことですよ」
ガーランドとか言う男と、緑の髪の少年も互いを知っているかのようだった。が、和やかに会話をするという雰囲気ではないのは確かで――
「お喋りは、止そうか」
風を切る鞭の音。それに、全員が沈黙する。赤い瞳が鋭く光った。
「――今度は逃がさない」
静かに告げられた言葉は、そのまま「開戦」を意味していた。
狙いの良く定まった鞭が、それまでいた場所を抉り取る――間一髪という所でそれを避けながら、シャインは舌打ちした。レディエンスの時のような感情の迷いが、いまのマリウスには一切感じられない――これが、あの青年の本気なのだろう。
「なかなか素早いね!」
笑みすら浮かべ、マリウスは鞭を振るう。狂気にも似た表情が、ほんの僅かだが切羽詰まっているようにも見える。追いかけられながら、シャインは軽く地面に杖をつけ、一部を少しずつ抉り取る。同じ手が二度通用するような相手ではないであろうことは、良く理解していた。今回は、恐らくイオンも覚悟をしているのだろう。背後からわずかに聞こえてくる詠唱は、明らかに攻撃呪文のそれだった。
「地底の剣よ!」
背後からの言霊で、マリウスの足元の地面が鋭い刃を形成する。マリウスを追いかけるかのように発生したそれは、鞭の一振りで簡単に崩されていった。おそらく、これはイオンの実力の問題ではない。この一帯の土が柔らかいのだろう。それでも、直撃すればタダでは済まない威力を秘めている。
「――容赦ないね、イオン」
苦笑するように、マリウスは呟いた。イオンの気を逸らそうとする策なのか、それとも本心からなのかはわからない。しかし、それでイオンの詠唱がぴたりとやんだのは事実だった。
「ぐずぐずすんな!」
杖で地面を少しずつ抉り取りながら、叫ぶ。それから数秒、また詠唱が始まった。
「天から降る黒き雨!」
まさに言霊の通り――そんな、黒い雨をマリウスの上に振らせる。が、眉を潜める程度でマリウスの様子には変化がない。
「……何をしたか知らないけれど、私には効かないようだね」
「……ッ」
イオンが降らせた雨は、身体能力を下げる呪術の類だ。それが効かないとなると、それなりの対策を彼自身が常日頃行っているという事だろう。若干悩んだ様子で、イオンはもう一度違う呪文を詠唱し始めた。
その詠唱を妨げないよう、かばうように鞭から逃げ回っていると、すぐ近くから剣戟の音がする。
攻防のすきにちらりと後方を見やれば、そちらでも戦闘が始まっていた。
「剣士が二人、しかも魔術使いね。こりゃー不利だな」
そう言って、ガーランドはグローブで覆われた手を軽く合わせた。武器を一切持たないスタンスらしい彼は、深呼吸をすると突如地を蹴り、驚くべきスピードで二人の剣士の懐に飛び込んだ。
剣を構える暇などない、猛攻とも言える拳と蹴り上げを飛びのいて避けながら、少年が片手に魔術の光を灯す。
「――氷よ!」
詠唱がほとんど必要のない、細切れの呪文――それでも、牽制にするには十分だ。手のひらから放たれる氷の針を投げつけると、ガーランドは軽い身のこなしでそれを避ける。その瞬間に、亜麻色の髪の青年が雷の呪文を落とす。
「ちょっ、死ぬだろバカ!」
間抜けな罵声を浴びせ、ガーランドは翔剣を手にした青年に視線を向ける。顔半分が見えない青年は、口元だけにやりと笑みをこぼし「別に良いじゃないですか、殺るか殺られるかでしょう?」等と言っている。
――戦闘しながら漫才をやるな。ちらりと見えた光景に、シャインは思わず胸中で呟く。
だがこの分なら、あちらを気にして戦う必要は無いようだ。投げられてきたナイフをかわし、また地面を杖で抉り取った。
「さっきから何の真似?」
漸く、シャインの行動が不審に思えたらしい。冷たいとも思える静かな声で、マリウスはこちらを睨みつけた。
答えずに、鞭から逃げる。あとどのくらい時間が稼げるだろうか――思いながら、足元に落ちていたマリウスのナイフを拾い上げる。
自らの武器で傷を付けられるなんて間抜けな相手じゃあないだろうが、拾ったナイフをすぐに投げつける。――が、あろうことか、マリウスはそのナイフを軽々と受け止めてこちらへ投げ返す。
とっさに、杖でナイフをはじく。金属同士がぶつかる耳に痛い音が、集中力を殺いでいく。それに必死に耐えて、シャインはまた、地面を杖で抉った。
「――何をたくらんでるのか知らないが、――!?」
瞬間、苛ついた様子のマリウスの表情が変わる。ぴたりと、鞭が唸り声を止めた。
「……貴様、何をした」
ゆっくりと鞭を持った手を下し、マリウスはシャインを睨みつけた。漸く立ち止まれば、マリウスは微動だにしない――いや、そこから動けないのだ。
マリウスの足元は、数か所に穿たれた地面の傷――それすべてを結ぶ、直線状にあった。




