第六章 その三
騒動から二日後の夜、大山達は集会を持った。ただし場所はいつもの倉庫ではなく、小隈と闘った小学校の屋上だった。あれほどの闘いを繰り広げながら、誰にも気付かれた様子がなかったのならば夜間は安全だろう、という事になったのだ。
「さて、安藤君の離脱は誠に残念な事だった。しかし、我々はここで歩みを止める訳には行かない。私が東奔西走した結果、同志は着実に増えつつある。具体的な作戦計画のドラフトも、纏めつつあるのだ。彼女一人抜けた所で、決行に何ら支障はない!」
めいめい体育座りをしたり、階段室の壁により掛かったりしている幡谷達を鼓舞する様に、大山は声を張り上げた。しかし、みな一様に俯き加減に、ろくなリアクションを示さない。大山の面に、焦燥の色が滲む。
「どうした?我々の輝かしき未来は、もう目の前にあるのだ!だが、そこに向かう為には条件がある。我々一人一人が、一切の雑音に惑わされる事なく志を一にし、歩調を合わせ邁進出来る事だ!それなくして、大願は成就しない!」
相も変わらず、リアクションに乏しい。と、壁により掛かっていた田ノ中が、溜息混じりに口を開いた。
「ふぅ…大山君、彼女を、どうするのだ?警察等に全て話したり、しないだろうか?」
少々期待外れの反応だったが、大山は答えた。
「それはないでしょう。それを話しに行けば、当然自分が何者なのか、どういった背景があってその情報を得たのかと、全て明らかにせねばならないでしょうから。あの後嶋という人物も、それを望まないと思います」
「そうか、そうだな…そもそも、計画を実行に移す必要性が、あるのか?」
その一言こそ、大山にとって地雷の様なものだった。
「どういう、意味ですか?今更、何を言っているのですか?」
内心の焦燥を悟られないよう、少し非難がましい調子で訊ねる。
「いや…もし、呼ばれずに済む方法があるのだとすれば、わざわざ危ない橋を渡る必要があるのか、と思ってね」
「そんな話を真に受けているのですか?そんな事は無理だと、ここに居るみなが身に染みている筈です!あんなものは、ただの、その場凌ぎの嘘ですよ!」
少し馬鹿にした様なニュアンスを込めて、余裕の笑みすら浮かべ断言してみせるが、反撃の弾丸は思わぬところから飛んできた。
「でも、大山さん…よく考えてみたんですが、そう切り捨てられない所があるんですよ」
異を唱えたのは幡谷だった。さすがの大山もギョッ、となる。
「何だ、私の言う事がおかしいとでも言うのか!?」
「いえ…あの、後嶋って人、十年前に一度、呼ばれたきりなんですよね?」
「小隈君は、そう言っていたな」
田ノ中が答える。
「そうでしたっけ?まぁ…とにかく一度きり、って言うんで、俺達はお呼びの掛からない役立たず、と思ってた訳ですが…たいして勢いもなさそうなパンチ一発で、意識とびそうになったんですよ。あの魔力、ハンパないですって。とても役立たずとは思えないです。だとすれば、何度も呼ぼうとしてたのを拒否出来た、っていう解釈は…何というか…ストン、と胸に落ちるって言うか」
「追跡と戦闘で、我々は疲労していたんだ!今、同じ条件で相対すれば印象は変わる!」
「疲労か…もし今、同じ条件で再戦を提案されても、ご免こうむるな」
田ノ中が、首を何度も振った。確かに疲労はあっただろうが、たとえ万全の状態だったとしても、彼は微塵も勝てる気がしなかった。
「俺もです。出来れば、勘弁して欲しいです」
幡谷も、同様のリアクションをする。
「何なのだ…一体、何なのだ!たとえ彼の言う通りだったとしても、我々が呼ばれずに済む方法を実践出来るとは限らないのだ!何より我々には、我々の居場所が必要な筈だ!謂れなき犠牲を払ってきた我々に与えられるべき居場所が!」
「特区かね?今となっては、危ない橋を渡ってまで手にすべきものか、判らなくなってきているな。硬貨にしても、私はさほど蓄えがないし」
「大山さんほど蓄えている”闘士”なんて、それ程いないと思いますが」
皮肉とも取れる幡谷の言葉。大山は血相を変えた。
「何だ、どういう意味だ!?私が金銭の為だけに計画を実行しようとしている、とでも言うのか!?」
「いえ、そんな…」
面を伏せ、大山と視線を合わせようとはしない。心が離れつつある、と、言外に語っている様だった。
「何だ一体!?君津君、君はどうなんだ!?」
いつも静かで、滅多に話も振らない若者に、一縷の望みを託し視線を向けるが。
「僕ですか?僕は、その…その、呼び出しを拒否する方法を教わってから、考え直しても良いんじゃないかと」
「そうだな。確かに、そうかも知れない」
田ノ中も同調する。急速に空気は変わりつつあった。言葉にこそしないが、幡谷もそちらに傾いているだろう事は容易に想像がついた。大山は焦燥を募らせた。後嶋に教えを請えば、必然的に彼を計画に参加させる事になるだろう。大山の思惑通りに行くかどうかは、後嶋の態度次第という事になってしまう。もし呼び出しを拒否する方法も開示せず、参加もしないというなら、最も大山にとって好ましいが、もし開示するというなら最悪、幡谷達は離脱してしまうかも知れない。大山が直接影響力を持てるコマがなくなってしまうのだ。中京や関西方面に同志を募っているが、そちらには何人ものリーダー格がおり、彼の思い通り動かせるかは判らないのだ。また後藤が参加した場合、大山がリーダーでいられるかは判らなくなってきていた。疲労のせいにしてはいたが、”闘士”としての、少なくとも戦闘における格の違いを、大山は後嶋に対し認めざるを得なかった。自分の思い描いた青写真があちらこちらと破り捨てられ、間もなく全てが失われてしまう。そんな絶望感に目眩すら覚える。しかし、と、考え直す。こここそ正念場なのだ。自分の目の前に突然聳え立った壁を打ち倒さない限り、輝ける未来など掴めはしない。
「…判った。なるほど、君津君の言う通り、後嶋氏に話を聞いてから全てを考え直しても遅くはない、か。だが、一つ提案なのだが。その役目は、私に一任してはくれないか?」
「大山君に?しかし、私も色々と訊ねたい事はあるのだが」
田ノ中は不審げに大山を見た。大山は頷きながら言った。
「確かに、そうでしょう。しかし、みなで押しかける訳にはいかないと思いますが?…つい先日闘った相手なのですから、当然警戒するでしょう。話が進まなくなる可能性が」
「ああそうだ、そうだな。判った、大山君に任せるよ。とにかく、我々が話し合える環境を作って貰えれば有り難いな」
「ご賛同、有難う御座います。幡谷君、君津君は?」
二人を見較べながら訊ねると。
「俺は、大山さんに任せます」
「僕も、お任せします」
二人は小さく頷いた。ひとまず場が納まり、大山は内心ほくそ笑んだ。
「大丈夫なのか?どうやって、彼と話し合える状態まで持ってゆくつもりなんだ?」
大山の胸中を見透かそうとする様な視線を、田ノ中が向けてくる。余計な心配だ、と内心嘯きながら、大山は自信ありげに答えた。
「考えならありますよ。例えば”長老会”を使うなり、ね。まぁ、近日中に良い報告が出来るでしょう。では、今日はこれまでとしましょうか」
一つ、手を叩く。座っていた幡谷達は立ち上がり、田ノ中は壁に預けていた上体を起こすと、大山の方へ近付いてくる。
「それでは、次の報告会で良い知らせがある事を願うよ」
言って田ノ中は裏門の方へ歩いてゆく。柵の手前で立ち止まると呼吸を調え、腰を落とし、次の瞬間には跳び越えていた。校舎の陰に姿が消える。『落下緩衝』で地上に着地するのだ。
「…大山さん、お願いします!」
深々と頭を下げると、幡谷も裏門の方へ向かった。跳躍すると一旦柵を蹴って弾みを付け、前方へ飛翔した。校門と道路を一気に跳び越え、一軒家の屋根に静かに着地する。
「それでは…」
最後の君津も一つ会釈を残し、田ノ中同様裏門を出た辺りに着地した。
「…さて、決着を付けに、行くとするか」
左腕に目をやれば、件の腕時計は十一時過ぎを示していた。上手くすれば、寝込みを襲えるかも知れない、と大山は考えた。もはや彼には、後嶋を排除する以外の選択肢は残されていなかった。




