第1話 同じクラスのギャルがベッドの上で誘ってきたが、元Sランクハンターの俺には以下略。
玄関のドアを開けた瞬間、殺風景な男子部屋にそぐわない、清潔感のある甘い香りがした。
「おかえり。遅かったじゃない」
狭いワンルームの奥に目をやると、同じ学校の制服を纏う女性が足を組みながらベッドの上に腰を下ろしていた。
「ただいま。副委員長に捕まって、帰るの遅れたんだよ」
予期せぬ状況のはずなのに、反射的に答えてしまった。
何をしているんだ、と内心つっこみながらも、俺はその女性を冷静に観察する。
サラサラと流れるブロンドヘアー。
そんな前髪から覗かせる意思の強そうな瞳。
クラシカルな黒の制服越しでもわかる発育の良さと、スカートの裾から伸びる健康的な脚が、彼女の抜群のスタイルの良さを物語っていた。
同年代の男子なら誰もが振り返るであろう圧倒的な美貌を持つギャル。
――まあ、そんな見た目の話はどうでもいい。
問題は、知らない女性が、勝手に俺の家に上がり込んでいることだ。
異世界だとこういうシチュエーションは、無理難題を突き付けてくる王族の依頼人が相場だったが、ここは現代。
空き巣か。酒に酔って部屋を間違えたか。
……仕方ない。邪魔だから消し炭にしよう。
と、思ったがやめた。ここは現代だ。死体を埋める場所を探すだけで日が暮れる、不便な世界だった。
ここは穏便に、近衛兵……じゃなかった、警察に相談した方が手っ取り早そうだ。
後ろのポケットにしまっているスマホに手をかけた瞬間、彼女が口を開く。
「……驚かないんだ。私が柊くんの部屋にいるのに」
その声を聞いて、閃くように思い出した。
「あ! お前、四衣凪か!」
「は? 呼び捨て? 陰キャのくせに調子のってない?」
異世界からの二十年ぶりの帰還。
遠い昔の記憶はもはや霞んでいて、クラスメイトの顔はほとんど忘れてしまっていた。
こいつは同じクラスの四衣凪瑛瑠だ。
確か美人で金持ちのお嬢様だけど、ちょっとガラの悪い連中と付き合っているって噂の女子だったはず。
「あ、それとも。初めて女子を部屋に上げて、緊張してるの?」
彼女が不審者じゃなく同じ学校の学友であることに気づいて、少し警戒を解いた。
が、まったく警戒を解いたわけではない。
学友を殺した、殺されたの話は、異世界ではよくあることだからだ。
かといって、まったく会話をしないのも、かえって怪しまれるかもしれない。
ここは折衷案として、最近の学生っぽく、自然に返答しておこう。
「いやあ、危なかったよ四衣凪さん。もう少しで近衛兵を呼ぶところだったよ」
「こ、このえ? 何?」
「……くそ、また間違えた。……警察だ。警察」
「警察って……! クラスメイトが待ってただけなのに、それはないでしょ!?」
そう。彼女がクラスメイトだとしても、疑念は完全に拭えない。
そもそも、なんで四衣凪が俺の部屋にいる?
鍵は? 鍵をどうやって開けた?
彼女の顔を凝視すると、クールな装いの下から何かに戸惑っている様子が窺える。
何か隠しているのだろうか。
唐突に、一週間前に再会した異世界の観測者が放った言葉が脳裏に響いた。
『ボクがこちらの世界に来ているんだ。他にもこちら側に来ている奴がいるって考えるほうが、普通だと思わないかい?』
ま、まさか!
開錠魔法を使ったのか!?
と、いうことは!
「お前も異世界から来たのか!?」
「ん? 鍵、開いていたから、中で待っていただけなんだけど」
なんだ、また鍵かけ忘れていただけか……。
「……あんたさ、さっきから言動がヤバすぎなんだけど」
いやいや、許可も取らずに勝手に部屋に上がる行為のほうがヤバいでしょうが。
「ここは異世界じゃないんだぞ。もうちょっとプライバシーを大切にしないと」
「プライバシー? ……そうね」
指を唇に当てて考え込む四衣凪。
「……今の私たちに、そんなもの必要ないのかも」
そう言うと、彼女は突然ブレザーを脱いで俺に手渡した。
当然のように渡すものだから、俺も当然のようにハンガーに通して壁にかける。
(人使いが荒いなぁ。あっちの世界の姫様と振る舞いが一緒だ)
上着を脱いだことで、白いシャツから四衣凪のスタイルがより強調される。
男なら目が離せなくなるほどの胸の膨らみ。それとは対照的な細い腕とお腹周り。
当然、俺はその圧倒的な色気に抗えず、目が釘付けになってしまう。
しかし、それは俺の十六歳の体が反応したことであり、三十六歳の精神が反応したのは別の理由だった。
そう、娘が年頃に成長してからは、異性の視線に無頓着な若い女性を見ると、つい親心から説教したくなってしまうのだ。
ああ、くそ! 怒りたい! 人前で無闇に肌を晒さない! 体のラインが出にくい大きめのマントを羽織りなさい! と。
四衣凪は、込みあがる憤りを押し殺す俺を見ながら、何故か勝ち誇った表情で唇を動かす。
「……お願いがあるの」
「こっちのセリフだ!」
「イラッ……意味わかんない。……なにキレてんの?」
ゴキブリを見るような視線で俺を睨んできた。
やめてくれ! 説教した後の娘と同じ反応をするのは!
「……ごめん。四衣凪の好きな格好していいよ」
「??? ……じゃあ、続き、話すから。ちゃんと、私を見てて」
「は、はい……」
怒り出した時の妻と娘は、何を言っても無駄だ。どんなに理不尽な仕打ちを受けても、ただ嵐が去るのをじっと待つのが唯一の得策。
「本当は、お願いの内容から話すところだけど……」
クールな彼女の頬がほんのり赤く灯る。覚悟を決めたような、あるいは切羽詰まったような表情。
すると彼女は、まるで練習してきた動きをなぞるように、ゆっくりとシャツのボタンに指をかけた。指先がかすかに震えているようにも見えたが、その動きは迷いがない。
「お、おいおい、四衣凪。お前なにをして……」
彼女はさらに、自分の下着を見せつけるように、ゆっくりとスカートの裾を掴み上げた。指先が白くなるほど強く、布地を握りしめている。
「……話が早いでしょ? お願いを聞いてくれるなら……私のこと、好きにしていいから」
彼女は一気にそう言い切った。
まるで、止まったら二度と言えなくなってしまうと分かっているかのように。
「地味で陰キャで、毎日ビクビクしてた柊くんにとって、これは一生に一度の神イベントでしょ? ……ほら、さっさとしなさいよ」
――どういうことだ。
俺、こいつと肉体関係あったっけ?
『君にとっての二十年は、周りの人からすれば一瞬にも満たない時間さ』
――忘れていたのか? 二十年の歳月のせいで。
いや……いくら昔のことだからって、抱いた女を忘れることはないはずだ。
四衣凪がクラスメイトだったっていう記憶すらぼんやりしていたんだ。
むしろ、まともに話したことすら、今日が初めてだった可能性が高い。
だとすれば、ほぼ他人の彼女が、俺を誘っていることになる。
……明らかに怪しすぎる。
「か、からかってる……んだよな」
「……そう思う?」
少しずつだが、四衣凪の無表情が崩れていっている気がする。
潤んだ瞳がわずかに震え、その奥に隠しきれない悲壮感が漂っていた。
こ……これは、本気だ。
彼女は俺に抱かれようとしている。
隕石が頭に直撃するような感覚が全身を駆け巡る。
そうか……わかった。四衣凪瑛瑠の真意が。
俺はズボンのポケットの奥深くに潜ませた十徳ナイフに、そっと手を伸ばす。
――四衣凪瑛瑠は、俺の命を狙っている!!
間違いない。
彼女は異世界からやってきた刺客だ。




