第九十三話「夜を照らす足音」
姿が見えなくても、
足跡は語る。
誰が、どこへ、何のために。
灯を絶やさぬために、
夜を歩いた誰かがいたということを。
依頼者は、深夜に散歩するのが日課の初老の男性だった。
「田んぼの脇道を歩いてるとね……
誰かが前を歩いてるんですよ。懐中電灯も何もないのに。
でも、足元だけがぼんやりと……照らされてて」
「で、その足跡を追うと、必ず迷うんです。
一本道なのに、気がつくと知らない場所にいる」
それが“毎月25日”になると、必ず現れるのだという。
現場は郊外の農村地帯。
細く長く続く舗装されていないあぜ道。
周囲に外灯は一切なく、月明かりすら届かない夜だった。
俺は午後11時半にその場所へ向かい、
午前0時を回るのをじっと待った。
午前0時15分。
風が止み、田の水音も静まり返った頃。
前方に、**何かが“歩いている”**のが見えた。
姿はない。
だが、確かに地面に足音が残っていく。
しかも、その一歩ずつが“白く光って”見えた。
懐中電灯を向けても、何も照らされない。
ただ、地面に浮かぶ足跡だけが、ぽうっと内側から光るように輝いていた。
俺は一歩ずつそれを追いかけた。
だが、10分後には明らかに方向感覚が狂い、
同じあぜ道をぐるぐると回っているような感覚に陥った。
やがて、ある地点で足跡が途切れた。
そこには、小さな石碑がひとつ、土に埋もれるように立っていた。
「灯守之墓」――とうもりのはか
調査を進めると、ここにはかつて“夜回り”を仕事にしていた男がいたという。
集落の灯を絶やさぬよう、風の日も雪の日も
毎晩歩いて点検していた“灯守り”。
その男はある夜、提灯の火を落としたまま帰ってこなかった。
以来、25日になると“火を落とした足音”だけが、あぜ道を歩いていると噂された。
俺は小さな提灯を手に持ち、石碑の前で火を灯した。
「今度は、火を消さずに帰れますよ」
そう呟くと、背後でスッと風が通り抜けた。
ふと振り返ると、光っていた足跡は、
まるで“火を持つ誰かの足元”に集まるように、ゆっくりと消えていった。
それ以来、25日の夜でも“光る足跡”は現れなくなった。
道に迷う者もいない。
石碑の前には、誰が供えたか分からない小さな提灯と線香が今も絶えない。
次回・第94話「灰の降る店」では、
ある骨董品店に、営業日でもないのに白い灰が降り積もるという。
灰の中から浮かび上がる古物、そしてそれに宿る“声なき記憶”とは――。




