第九十二話「廊下に咲く歯」
子どもが落とした歯は、
神様に捧げるものだと言われてきた。
けれど、集まりすぎた“捧げ物”は、
いずれ神様ではない“何か”を呼ぶ。
廃校となって十年以上が経つ旧・市立南第一小学校。
その西棟2階の廊下に、**「歯が咲いている」**という噂が立った。
地元の高校生が肝試しで忍び込んだ際、
廊下の床板に白く尖った“花びらのようなもの”が散らばっていた。
それが、どう見ても“人の歯”だったと証言したのだ。
市からの依頼で俺は調査に入った。
季節は初夏。雑草がコンクリの隙間から這い上がる中、
西棟は異様なほど“静寂”に包まれていた。
廊下は木製、窓には割れたガラス。
だがその床の一部――3メートルほどの範囲だけが、
異様に光っていた。
近づいてみると、確かに“歯のようなもの”が、
板の継ぎ目にびっしりと、花のような形状で突き出ている。
抜き取ってみると、それは永久歯の犬歯だった。
しかも、1本ごとに微妙に磨耗具合や歯石の付き方が異なる。
つまりこれは、同一人物のものではない。
調査を進めると、かつてこの小学校で**「抜けた乳歯を床下に投げ入れる」**
という風習があったことが分かった。
「“歯の神様に見張ってもらう”って言って、
子どもたちが競って廊下の隙間に投げ入れてたんですよ」
それが、積もりに積もり、
床の下に“口の形”を作っていた。
記録によると、廃校の直前、原因不明の集団異常行動が発生した。
複数の児童が口を押さえて泣き出し、歯を抜こうとしたという。
誰かが叫んだ。
「床が、食べたがってる!」
俺は廊下のその区画に“石灰と真塩”を混ぜた白粉を撒いた。
これは“過剰に集まりすぎた部位”を分離・散逸させる処理だ。
しばらくすると、歯の花びらたちがひとつずつ、ぽろりと崩れていった。
その瞬間、廊下全体がふっと軽くなったような気配があった。
帰り際、黒板に残されたチョークの文字が見えた。
「いたい でも たべたい だから さよなら」
翌週、校舎は正式に解体された。
廊下だった場所には、今では市の資料館が建っている。
だが今でもその2階で、
誰もいないはずの夜に、咀嚼音がするという噂だけは、消えていない。
次回・第93話「夜を照らす足音」では、
暗闇の一本道を、誰かが“灯りを持たずに”歩いてくる。
けれど、地面には明るく足跡が残っていくという。
見えない光源の主を、探偵は追う――。




