壱『吾輩は鶏である』
※『坊っちゃん』のオマージュのような何か
※偶数段は人工知能の推測を活用しています
一、
親譲りの烏骨鶏で子供の時から損ばかりしている。
二、
「いや、烏骨鶏は駄目だなあ」
「そうでしょうとも」
「しかしね、烏骨鶏にだっていいところがあるんだぜ。第一あの声がたまらないじゃないか」
「あれじゃ近所迷惑ですわ」
女中部屋の方から時々大きな声で笑う声が聞えてくる。それだけで烏骨鶏には充分な理由になるらしい。
三、
漢籍やら枕草子やら、鶏にまつわる伝説寓話の類は枚挙に暇がない。しかし、こうもけたたましくコッココッコと鳴かれては思索の糸が縺れ絡まり散り散りになる気がしてならない。まるで不甲斐ない自分を責め立てられているかのようだ。
四、
烏骨鶏はさかんに鳴く。その声を聞いているうちに、啓造は村井とはじめて会ったときのことを思いだした
「あの時は、君も今よりずっと若かったね」
「はい?」
「まだ学生だったろう」
「はい。あなたはまだお医者さまでしたねえ」
「うん。よく覚えているよ」
「私も忘れません。あなたのことは、生涯忘れられない」
村井は微笑してうなずいた。啓造はいつになくまじめな顔になった。
村井の顔を見つめながら啓造は思った。
(この男は、本当に私の身を案じているのだ)
五、
大学は出たけれど。そんな自虐が流行るほど巷間には学士様が増え続けている。法科を出たからといって高給取りになれるとは限らない。
啓造は村井を訪ねるまで、狭き門を潜った先に暗澹たる無明の闇が広がっていたのだと思い込んでいた。
六、
啓造は、自分が村井に対してあまりにも冷淡過ぎたような気がしてきた。村井はもう三十を越している。妻のある身である。啓造よりも十歳年長である。それにもかかわらず啓造は村井に対する感情が薄い。
七、
それは、啓造自身がどこか結婚への憧れを叶わぬ夢と打ち捨て、斜に構えて独り身の方が気楽だと嘯き、自分で自分に負の暗示を掛けてきた所為であった。
己の痩せ我慢の、なんと子供染みた滑稽なものか。啓造は村井の言葉に目から鱗が落ちる思いがした。
「……私が莫迦でした。先だっての件、お引き受け致します」
「そうか。本当に出てくれるね」
「はい。後はあなたに一存致します」
「そうかそうか。よし。先方には僕から返事をしておこう」
烏骨鶏は頻りに鳴いている。啓造には、その声にもう憂鬱さを感じなくなっていた。




