81.基地視察
新世界歴1年12月20日、スフィアナ連邦国 レスティナード州 フィノード海軍基地
高層ビルが立ち並ぶ都心から少し郊外の海岸線に位置するのが日本で言えば横須賀、アメリカで言えばノーフォークにあたるスフィアナ連邦海軍フィノード基地である。
と言ってもフィノード基地は横須賀やプリマスのように街中にある基地では無く、都市郊外の田園地帯に位置する基地の為、基地郊外には殆ど建物が無い。
そのお陰で付近住民からの苦情などが無かったり、拡張し易かったりと色々メリットのある基地なのだが、そんな基地には現在2名のお客さんが訪れていた。
「う〜ん、羨ましい基地立地ですねぇ。」
「テロ対策には良い立地だな。見た目的にヴィルヘルム・スハーフェンに似てるな。」
「ドイツのですか?」
「行った事無い?整理されて綺麗な海軍基地だよ。」
「ウチの基地は街中にありますから・・・」
「ウチもだよ・・・ノーフォークやパールハーバーのような敷地が有れば良いけど無いしな。」
フィノード海軍基地のあるフィノード湾入り口に建設された建物の4階から基地を見ながら楽しく談笑しているのは日英から視察の名目で派遣された海上自衛隊とイギリス海軍の制服を着た2名の軍人である。
ちなみに2人共、現場の人間では無く防衛省や国防省内で常にデスクワークしている文官である。
ところで何故、彼等が視察名目でスフィアナに派遣されたかと言うと、ただ単にNPTO結成による加盟国間での交流である。
今後、NPTO加盟国の艦艇などがスフィアナの基地を親善目的や補給目的で訪れる事も考慮してその基地を視察しに来たのだが・・・
「・・・広いな。」
「・・・広いですね。」
「広い」、ただその2文字の単語しか出てこなかった。
日本やイギリスの海軍基地などは例外なく市街地の近くに建設されてる。
最もこれは先に基地が出来て、後から市街地が出来たのだが、結果的にその後の基地拡張や対テロ対策のスペース確保に支障をきたしている。
更に言えば、後から来たのに「騒音がうるさい!」や「軍拡反対!」などと言う人もいる始末。
そんな日英と打って変わりこのフィノード海軍基地は基地の周りは森や田園地帯などで、1番近い民家までも少なくとも10km以上は離れている。
基地内に記念艦として停泊している巡洋戦艦や煉瓦倉庫などの年代ある建物のお陰で歴史ある基地に感じられているが、それを除くと比較的新しい基地に思えてくる。
「この基地にはどの規模の艦艇が母港としているのですか?」
そうイギリス海軍文官が聞いたのは案内役としてついさっきまで空気となっていたスフィアナ連邦海軍の担当官である。
先程から『ヴィルヘルム・スハーフェン』や『ノーフォーク』『パールハーバー』などと言った地名らしき単語が出てきており話に入ってこれなかったのだ。
ちなみにどれもこれも海軍基地の名前なのだが、『ヴィルヘルム・スハーフェン』は先程イギリス海軍文官が言ったようにドイツ北部にあるドイツ連邦海軍の基地。
『ノーフォーク』と『パールハーバー』はそれぞれアメリカのバージニア州とハワイ州にある海軍基地である。
そして質問されてようやく再起動した彼はイギリス海軍文官の質問に答える。
「・・・一応この基地は首都から近い事もあって海軍司令部が置かれています。この基地を母港としているのは第1空母打撃群や第6水上打撃群所属の3個艦隊とプラス地方艦隊ですね。今空母は新大陸の方に行っているので第6水上打撃群所属の第12艦隊と第15地方艦隊だけですね。」
そう言って彼が指差した先には4隻の駆逐艦サイズの艦艇と4隻のコルベット艦やフリゲート艦サイズの計8隻の軍艦が湾内のあちこちに停泊していた。
どれもこれも海上自衛隊艦艇やイギリス海軍艦艇に引けを取らないレベルの艦艇である。
「ほぅほぅ、3分の2の戦力が居なくてもかなりの戦力に見えるとは、中々のもんですな。」
「・・・ヨーロッパとは基本的に考え方が違うだろ。」
「・・・?」
元々の近隣諸国であるヨーロッパの基地と比較するイギリス海軍隊員に思わず海上自衛官はつっこんでしまった。
第2次大戦以降ヨーロッパは外洋海軍としてイギリスやフランスの国々が空母や駆逐艦を整備し、ヨーロッパ近海を防衛する沿岸海軍としてドイツやオランダ、ベルギーなどの国々がフリゲート艦やコルベット艦などを整備して協力してきた。
逆に日本やその他東アジア国家は信用出来る国がいないので沿岸警備も外洋もこなせるハイブリッド海軍になっている。
その為、大きい艦艇しか居ないイギリス海軍には珍しくても大小様々な艦艇が居る海上自衛隊にはこの光景は別段珍しく無い。
ちなみにあえて触れなかったがイタリアやスペインなどはフリゲートやコルベット、更には駆逐艦や軽空母まで保有しているが、これはただ単に迷走しているだけである。
日本の隣国?
それはもうイタリアやスペイン以上に迷走している。
どう考えても必要のない空母を待とうとしたり弾道ミサイル迎撃能力の無いイージス艦を保有したり、その他etc.
そんな事は置いておき、ふと海上自衛官はある事に気付いた。
「そう言えば艦載機などの飛行場はどの辺りに有るんですか?」
「そう言えばそうですね。」
艦艇に航空機を載せない何処かの半島国家には分からないかもしれないが、ヘリコプターを運用する艦艇の基地近くにはその為の航空基地が必要となる。
例に日本は海上自衛隊舞鶴基地の近くに舞鶴航空基地が出来るまで舞鶴基地の護衛艦は毎回700km離れた千葉県の下総航空基地からヘリコプターなどを飛行させていた。
そして更にこのフィノード海軍基地は空母の母港となっているので舞鶴航空基地のような700mの滑走路しかないような基地では無くちゃんとした基地が必要である。
それで聞いてみたのだが。
「あ〜、それはですね、ここから80km程離れたフォレストレイク空軍基地に海軍航空基地が隣接してますので、そこに艦載機が配備されています。」
この説明を聞いて彼等2人が思った事はただ1つ。
(フォレストレイク空軍基地って森湖空軍基地って事だよね?もっとマシな名前無かったのかよ!)
新世界歴1年12月21日、アルテシア大陸南西部 スフィアナ領 沿岸沖
アルテシア大陸南西部は正直言ってかなり面倒な地形だった。
簡単に言えばノルウェー沿岸のようなフィヨルドのようになっていたのである。
そんな起伏の激しい地形の為、大型艦は座礁する危険性があったのでスフィアナ連邦海軍地方隊に所属するフリゲート艦が調査する事になったのだが・・・
『海底の起伏が激しすぎてソナーが乱反射しています!』
『右舷前方300mに岩礁があります!』
「速力を5ノットに落とせ!」
船体中央部にあるCICと艦橋間の通信は大混乱していた。
元々、このフリゲート艦【エルセン級】は先進的AIの導入により大幅な省人化に成功した艦艇である。
しかし、そのAIはソナーやレーダーからの情報を基に補佐する為、ソナーがマトモに使えない現在の環境では最新鋭の省人化艦艇もただの人手不足な艦艇と化していた。
それでも事故を起こさずに居られるのは数少ない乗員が優秀だったからである。
ちなみにこの【エルセン級】フリゲートは約3500t程の排水量の艦艇だが、乗員はたったの約80名しか居ない。
この乗員数は同じフリゲートに分類される日本の【もがみ
型】FFMの約100名やイギリスの【26型】フリゲートの約115名と比べてもかなり少ない。
「クソッ!船で行くとこじゃ無いぞ!」
艦長はそう愚痴りながらも艦を目的地へと進めていく。
今回の任務はこのフィヨルドの最奥にある場所にお客さんである陸軍部隊を送り届け、ヘリパッドを設置する事である。
ちなみに現在、予定時刻より2時間程遅れている。
普段から時間に厳しい彼からしたら、その遅れもイライラする原因の1つになっていた。
唯一の救いは景色が良いので外を観たら、多少怒りが収まる事だろう。
そして現在、様々な場所にある岩礁を避けて急旋回している為船は左右に揺れており、揺れに慣れて無い者なら間違いなく船酔いになっている。
と言ってもベテランばかりのこの艦の乗員で船酔いしている人は1人も居らず、お客さんとして乗艦している陸軍部隊もスフィアナ連邦陸軍海兵遠征旅団と呼ばれるスフィアナ版海兵隊である為、船には慣れていた。
そして岩礁を避けながら進む事20時間、調査隊はようやくフィヨルドの最奥部と見られる場所に到着した。
「機関停止、錨を下ろせ。」
目的地に到着して艦長がそう言うと推進機であるエーテルタービンエンジンが停止し、錨が下された。
半日以上神経を使う艦の操作をしていた乗員には疲労が見えていた。
「ご苦労様です。上陸は明日になりそうですね。」
「あぁ、結局予定時刻から5時間も遅れてしまった。」
そう言いながら艦長と上陸部隊の隊長は窓の外を観る。
既に日は落ちており、辺りは暗かった。
今上陸するのは危険という判断から上陸は明日早朝に延期され、隊員達は艦でもう一泊する羽目になった。
何のインフラも無い陸地では無く設備の整った艦でもう一泊出来ると海兵遠征旅団の隊員達は喜んだが、当の乗員達は別の事を考えていた。
(あの難所をもう一回通るのか・・・)




