12.領土問題
新世界歴1年1月5日、日本国 首都東京 総理官邸
「ヨーロッパが戦争中でスペイン軍が壊滅ぅ!?」
総理官邸でそう叫んだのはこの国の長である。
スペインやポルトガルが正体不明の国家に侵攻され、欧州連合軍が設立された事はオーストラリア経由で日本にも伝わった。
ユーラシア大陸の位置はオーストリアの更に先であり、日本からだとヨーロッパまで直線距離で2万7000kmもあった。
ちなみに前世界では直線距離で約9000km程だった為、約3倍程に離れる計算になる。
ちなみに日本から中国までは約1万9000km程である。
「はい。オーストラリア経由の情報で、現在はリスボンやマドリードは壊滅し、欧州連合軍と正体不明の敵は一進一退の攻防が続いています。」
オーストラリアとの距離や位置関係は全く変わらない為、既に貿易や取引などは再開している。
来週からは民間機の航路も再開される予定だが、衛星を全て消失し、GPSが使えない為、全て台湾経由の有視界飛行である。
その為、便数は少なく、転移前までの数値に戻るには人工衛星の打ち上げが不可欠だった。
「ロシアと中国は東方にある新大陸の国家と戦争中ですので、少なくとも現在2ヶ所で戦争が確認されています。」
「どれも異世界の国家とか・・・、我が国の近くに転移してきた国が良識ある国でほんと良かった。」
ヨーロッパの南に転移してきた国家のようにいきなり侵攻してきたらと想像するとスフィアナが良識ある国家で本当に良かったと思う。
現在、日本・イギリス・台湾・スフィアナの4ヶ国で軍事同盟を含む条約機構の設立を模索しており、オーストラリアも興味を示している。
「ほんとそうですね。中国から離れた台湾も台湾民主国として独立宣言を先日行いました。」
どうやら台湾はこれまでの中華民国という名前は使わないようである。
元々、国家承認されてないだけで、自治も安全保障も外交も行なっていた実質的な国な為、独立宣言をしても、特に何か変わる事は無かった。
「国家承認は?」
「本日付で。しかし、親中派の民衆と独立派が衝突し、各地で暴動が起きています。」
それを聞いて国家公安委員長が「やはり・・・」と呟く。
元々、台湾は独立派が7割、大陸派が3割、そして中国の圧力という非常に微妙なバランスの上に成り立っていた。
そして転移により中国からの圧力が無くなった為、混乱するのは当たり前だろう。
「大丈夫なのか?」
「少なくとも現在の捜索範囲にはオーストリアとイギリス、我が国とスフィアナしか居ないので特に問題は無いでしょう。介入する訳にも行きませんしねぇ。」
前世界の地理関係ならば数百km程の場所に中国という世界2位の軍事大国が居た。
しかし、この世界の中国は1万9000km程離れた場所に転移しており、その場所から侵攻してくるのは現実的では無い。
更に台湾や日本、イギリスやスフィアナは太平洋より遥かに広い大洋の中心に位置している。
少なくとも分かってる限り、台湾に攻め込んでくるような国は存在しない。
「介入ねぇ・・・、せめて警察の機動隊を治安維持の名目で派遣する程度だろうな。我が国は平穏だしな・・・」
しかし総理のその言葉に官房長官が異議を唱えた。
「いや、国会前見てくださいよ。全然平穏じゃないですよ!?」
そう言って官房長官は部屋のカーテンをシャァァーと開けた。
総理官邸3階の会議室から見えるのは数千、下手すれば万を超すデモを行う群衆だった。
彼等の手には様々な要求や不満が書かれたプラカードを持っており、皆、何かしらの不安があるようであった。
だが、何も持たず、ただ単に国会前に来ている人達の方が遥かに多く、総理官邸の前を警視庁の機動隊がズラっと警備している。
「一部暴動が起きているイギリスや国中で暴動が起きている台湾よりはマシだろ?向こうじゃ、死者が出てるくらいだしな。」
「経済もやっと経済成長率2%の目標を達成しているのに・・・、今年度の税収が本当に心配です。」
少なくとも経済成長率はマイナスに触れる事は間違いなく、失業者も2008年のリーマンショック級以上に多くなる事は間違いなかった。
しかし、転移という国家存続を揺るがす大災害でリーマンショック級と言ってるだけまだマシである。
これもイギリスの北海油田による石油、オーストラリアの食糧及び鉱物資源があるからである。
ちなみに税収に関しては間違いなく新規国債を大量に発行するのは確定だろう。
だが、問題は無い。
日本の国債は低金利でも非常に人気で、発行すれば間違い無く売れるだろう。
「総理、あともう一つ懸念事項があります。」
国土交通大臣の指摘に総理は思い出したように呟いた。
「?、あぁ、そうか。スフィアナとの・・・」
新世界歴1年1月5日、スフィアナ連邦国 首都レスティナード 首相官邸
「領土問題?日本とか?」
「はい。」
スフィアナ連邦国の首相は国家安全保障担当大臣の発言にそう返した。
ちなみに彼が仕事をしている部屋は室内なのだが、水が流れており水の音が静かな部屋に響いている。
更には植物なども植えられており、まるで屋外にいるように感じる。
上さえ見なければ、何処かの水上庭園みたいな場所である。
元々、この場所は大臣達が会議をする場所で、当初は普通のありきたりな会議室の予定だった。
だが、想定していた予算より安く首相官邸が出来てしまい、予算が余ったのである。
それで設計者・施工業者と当時の首相が悪ノリし、「会議室を屋外にいるような環境に!」と、このような部屋が出来たのである。
当然ながら後々問題になった。
しかし、予算が超過した訳でもなく、キッチリと予算内に仕上がっている。
更に、この部屋がスフィアナ建築デザイン大賞を受賞してしまった。
結果、誰も指摘出来ずに、首相の責任追及もなされなかった。
更に、室内を絶え間なくせせらぎのように流れる水により、せっかく設置された最新の空調設備も一回も使用されておらず、電気代の節約にもなっている。
基本、予算内に仕上がっていればそれで良いのである。
更にスフィアナは財政も健全であり、国民にそれ程、節約意識が無いのも理由だった。
結果、居心地良い為、首相も首相執務室では無く、会議室であるこの場所で執務をこなしている。
ちなみに、日本なら財政が健全でも間違い無く叩かれる。
「何処だ?まさか、我が国の領土か?」
首相がそう言うが国家安全保障担当大臣は違いますと首を振る。
彼女の長い銀髪は首を振るとサラサラな髪が靡き、非常に綺麗に見えるのだが、首相や他の大臣達が指摘する事は無い。
過去にそれを言ったのはスフィアナの国王夫妻のみである。
「スレイナ諸島と日本のオガサワラ諸島との丁度中間地点に転移した島です。我々の世界にも日本の居た世界にも無いようですので、元々この世界にあった島かと・・・」
「・・・まさか武力衝突など起きてはいないだろうな?」
「はい。島の北側から日本のジエイタイ?まぁ、軍隊ですね。そして南側から我が軍の調査部隊が上陸し、丁度半分づつ占領しています。ちなみに国防大臣はその対応に追われています。」
その島は同じ大きさの島が土砂の堆積で、一部繋がったのかな?というような形だった。
更に繋がった部分も干潮の時だけに現れ、満潮時は海に沈む。
島自体、それなりの大きさの島だった為、両国共にレーダーに見える艦艇が相手国の揚陸艦だとは思わなかったのである。
そして、そのまま両者繋がった中間地点でかち合い、分離線を引き、それぞれの島に国旗をたてた。
かち合ったと言っても、険悪な雰囲気などは一切無く、両者後続の調査隊が交代するまで数日間にわたり、その島で過ごさないといけない。
その為、意気投合し、結果同じ場所でキャンプを張っている。
両者武器を持っている軍隊なのだが、今のところ衝突する気配すらない。
「え?もう中間線でそれぞれ国旗立ててるんだろ?それでいいんじゃ無いのか?」
「いえ、それでも細いですが干潮時には繋がっているので書類上は同じ島なんです。一応国境線は引かなくてはなりません。共同統治でも良いのですが、それだと後々問題になった時揉めそうで・・・」
日本、スフィアナ、双方共に戦争は避けたい。
まぁ、この2ヶ国なら恐らく、どんだけ話が拗れても戦争になる事は無いだろう。
「そっか、日本も島国だったか。それで?どうするの?」
「双方、武力侵攻しないと決めているので、後は実務者協議で意見が無ければそのまま決まります。」
別に日本とスフィアナで不可侵条約を結んでいるわけではない。
駐日スフィアナ大使と日本の外務大臣が会談し、平和的に解決しようと決定しただけで、法的拘束力がある訳でもない。
ただ、それを反故にする程のメリットはその島には無い。
「・・・それって領土問題なの?もはや解かれてるよね?このページに日本との領土問題に関する懸案事項って書かれてるけどさ。」
そう言って首相はタブレットを国家安全保障担当大臣に見せるが、当の大臣は淡々と説明する。
「一応、双方まだ政府が承認してませんので、承認されるまで問題です。」
「・・・直ぐに終わるよな?」
「恐らく・・・」
日本に限らず、どの国も領土問題程面倒な問題は無い。
日本は元々領土問題を一時期、3つも抱えて居た為、専門の特命担当大臣が居る。
だが、スフィアナは領土問題などは前世界を含め抱えて無い為(スレイナ諸島は除く)、必然的に国家安全保障担当大臣が担当する事になるのだ。
「「はぁ〜」」
水のせせらぎが聞こえる部屋内に2人のため息がこだました。




