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 「改めまして、マキナだ。よろしく!」


 満面の笑みを浮かべて手を出してきたチワワ、もといマキナの手を握る。

 豊満な女性特有の柔らかい曲線の中にしっかりと鍛えられているのが分かる体つき。彼女の性格を表しているかのように跳ねている茶色の髪は、あまり手入れがされていないようだ。


 「サクヤですぅあ!」


 握った手をぐいっと引っ張られ、キラキラとしたマキナの瞳で視界が一杯になった。


 「知ってる知ってる、ミツキの大好きなお友だちだろ! すっごく会いたかった。どんな男かすげー気になってたんだ! なあ、ミツキと一緒に居た時はどんな事話してたんだ? ミツキと楽しい事した? 美味しい物食べた?」


 鼻の穴を膨らませながら興奮気味に話すマキナに後ずさる。

 自分の感情に一直線なマキナは、今まで出会った事のないタイプだった。


 「に、苦手だ……」


 視線を逸らしてぼそりと言うと、隣にいたゴウが苦笑する。


 「悪い奴じゃないんだ。ただ、思い込みが激しいと言うか、勢いがあると言うか、馬鹿正直で熱い奴と言うか」


 「そーそー。マキナはバカなんだよー」


 シイナが口に手を当てながらニヤリと言うと、マキナが両手を腰に手を当てて鼻で笑った。


 「シイナ、知らないのか? バカって言った奴がバカなんだよ」


 ドヤ顔で言い切ったマキナを見て苦笑する。この短い時間でマキナの性格が大分理解できた気がする。

 何か言い返そうと口を開いたシイナを、ゴウが睨む。


 「ふーん、そう。へぇー」


 先程殴られた頭を撫でながら視線を逸らしたシイナが興味無さげに言うと、マキナは満足そうに大きく頷いた。


 「やっと分かったか〜、まったくシイナは困ったやつだ」


 シイナの様子を盗み見るが、この間会った時の雰囲気は全くなかった。


 二人を尻目に、ゴウが口を開く。


 「さて、サクヤ。物は持って来たか?」


 「あ、はい。ちょっと良く分からないんですけど」


 下げたポーチから薬と紙を取り出した。


 「悪いな。あー、なるほど。そうきたか」


 眉間に皺を寄せながらメモを見るゴウの脇からシイナが覗き込み、同じく眉を寄せる。


 「うわー。うわー。これはなぁ」


 やはり、あのメモでも意味は伝わるらしい。


 「シイナ、今リツはどこにいる?」


 「うーん、海底調査じゃなかったかな」


 「海底か。そうなると当分上がってこねぇだろうな」


 やはり、と言うべきか。一気にいろんな事が起こって考えてはいなかったが、レジスタンスが三人しかいないはずがない。ここに来て初めて、レジスタンスにどのくらいの人が賛同しているのかが気になった。


 「あの、レジスタンスってどのくらい人数がいるんですか?」


 三人の視線が俺に集まり、一瞬の沈黙。


 「そうだな、まあ、そこそこだ」


 「うん、わりと、そんな感じ」


 「十人くらいかな?」


 スパーンと気持ち良い音が響いた。

 音の出所は、マキナの頭とシイナの握ったスリッパからだ。


 「えええ!? じゅ、十人……?」


 想像以上の少なさに驚く。

 四桁、いや、最低でも三桁くらいの人数がいると思い込んでいたのだ。


 「マキナのバカ!」


 「バカって言ったやつがバカなんだ!」


 取っ組み合いを始めた二人にげんこつを落とし、ため息を吐きながらゴウが俺を見た。


 「その、なんだ。人数は少ないが精鋭揃いだぜ」


 管理する側の人間は千人くらいいるだろう。どうやったら十人で勝てるというのだろうか。


 「なんというか、言いづらいんですけど……その人数で世界を変えられるんですか?」


 ゴウは頭をかきながら、顎でソファーを指した。話が長くなるという事だろう。


 「そうだな、具体的な話はしてなかったな」


 ソファーに腰掛けると、ゴウが対面に座った。


 「聞いてないですね」


 「世界を変えるには、どうするべきだと思う?」


 全ての人が笑って生きる事ができて、愛し合った男女から望まれて産まれてくる新しい命。それを叶える方法。


 「うーん、まずは管理する側の意識を変えないといけないですよね。あと、薬の供給を徐々に減らすとか……」


 それを聞いたゴウは難しい顔をした。


 「それが出来れば良いが、奴らがそんなことをするはずがない。地道に普及活動したって、芽が出る前に摘まれるのがオチだ」


 「それはそうですが……」


 今更急に変えようとしても、そう上手くはいかないだろう。


 「いいか、サクヤ。俺たちはお前が思ってる以上に過激だ」


 ゴウは真剣な眼差しで俺を見た。

 その表情は、切羽詰まっているように見える。


 「僕たちは、ミツキの夢を叶えると同時に努力を踏みにじるしかないんだ」


 マキナとじゃれ合っていたはずのシイナがいつの間にか、ゴウの隣に腰掛けていた。


 「それは、どういう事ですか?」


 困惑を隠さずに先を促す。

 一拍置いて、ゴウが口を開いた。


 「世界樹を破壊するんだ」


 息を呑む。

 世界樹を破壊するという事は、つまり、ライフラインの全てを停止させるという事だ。


 電力に始まり、水やガスの供給、そして薬の供給。その全てが止まれば、大混乱を起こすだろう。


 「そんな事をしたら、全人類が死んでしまうじゃないですか!」


 机を叩いて怒りを露わにする。

 そんなもの、ミツキが望んでいるはずがない。


 「そうだ。だが、それしか方法はない。リセットするんだ。俺たちは、ここで終わる。遺伝子操作をされていない次の世代に託すんだ」


 そんな俺から視線を外さず、ゴウはキッパリと言い切った。


 「サクヤ、冷静になって。僕たちが生きている限り、この醜い輪廻は終わらないよ。ずっとずっと、考えてきた結果、辿り着いたのが世界樹の破壊なんだ」


 シイナが静かに、感情のこもってない声でゴウを擁護する。


 「……っ!」


 口を開きかけて、閉じる。

 彼らが言っている事は、間違ってはいないのかもしれない。俺よりも長い時間生きてきた彼らが出した結論だ。だが、感情の整理がつかないのも事実で、やりどころのない感情が渦巻く。


 「いいか、俺たちは一国を動かす力も無ければ、物語の英雄でもない。この胸糞悪い世界を終わらせるには、悪役になるしかないんだ」


 目を伏せてそう言うゴウは、どこか少し寂しそうに見えた。


 俺は何も言えない。言う資格がない。今まで自分の生を、人の生を、考えた事がなかったから。


 きっとまだ間に合うはずだ。

 これから考えて、変わる未来もあるはずだ。


 決意を新たに、ゴウを見る。


 「正直なところ、本当にそれが正しいのか俺には分かりません。ただ、これから俺がする事は全て、自分の考えた結果でありたい。そう思いました。だから……」


 すぅーっと息を吸う。

 自分で何かを決める、というのは初めてだ。しかも、こんなに危ない橋を渡る事になるなんて。


 「だから、こんな俺ですけど、改めて。皆さんの仲間に入れてもらえませんか?」


 そう言って頭を下げる。


 ミツキが信頼していた彼らと共に、ミツキの願いを叶えたい。そして、彼らの道が間違っていると思ったら、一石を投じて行先の道を増やしてあげたい。


 大した事は出来ないかもしれないが、彼らと共にいなければ、俺には何も出来る事がない。知らぬ間に全てが終わってしまう。


 「……あぁ。こちらこそ、よろしく頼む」


 口の前に今にも消えそうな蝋燭があるかの様に、ゆっくりと、優しく、ゴウは言葉を零した。

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