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 「さすがに暗くなってきたね」


 トーンの変わったその言葉に、ハッとする。あまりにも話し上手だったので、お伽話の世界に入り込んでしまっていた。

 静寂の中、火花だけがパチパチと音を立てて散っている。

 洞窟の外を見ると確かに辺りは薄暗くなっており、雨も既に止んでいた。


 「そうですね。面白くてついつい聞き入ってしまいました」


 素直に思った事を言うと、彼は嬉しそうに声を弾ませる。


 「暇潰しにはなったようだね。良かった」


 「暇潰しどころか、先が気になってしまって」


 最後まで聞きたいが、あまり遅くなりすぎると両親も心配するだろう。

 悩んでいると、僕の気持ちが伝わったのか、彼は笑みを浮かべた。


 「そうだな、君さえ良ければだけど、明日もこの場所で、続きを話してあげようか?」


 「でも、どこかに行くつもりだったんじゃ……」


 ありがたい提案だが、たまたま少しの時間を一緒に過ごした赤の他人だ。予定を邪魔する訳にはいかない。


 「大丈夫だよ。急ぎじゃないし、俺も聞いてもらえるのが嬉しいんだ」


 手をひらひらさせる彼に、僕は目を輝かせた。


 「じゃあ、是非お願いします! 楽しみができました。何時頃に来ればいいですか?」


 僕の質問に彼は少し宙を仰ぎ、パチンと手を叩く。


 「あまり遅くなると君のご両親に心配をかけてしまうし、お昼にしよう。どうだい?」


 「ありがとうございます。そしたら話を聞かせてもらうお礼に、母さんに頼んでお弁当を作ってもらいますよ」


 「ほぅ! それは嬉しいね。楽しみだ」


 想像以上に喜ぶ彼に、僕は若干の不安を覚える。母さんの料理は美味しいが、彼の口に合うだろうか。


 「さぁ、待ち合わせも決まった事だし早く帰りなさい。暗くなってからでは危ないよ」


 黙り込んだ僕に、彼はそう声をかけた。


 「はい、そうします。それじゃ、また明日お願いします」


 「こちらこそ、楽しみにしてるよ」


 笑顔の彼に見送られて、洞窟を後にする。知った道ではあるが、暗さが増して不安になった僕は早足で山を下った。






 「ただいまー」


 玄関を開けて、室内の明るさに眉を寄せる。靴を脱いでいると、母さんが足早に近づいてきた。


 「おかえり。遅いから心配したのよ」


 「ごめんなさい。こんなに遅くなるつもりは無かったんだけど」


 縮こまって言うと、仕方がないとばかりに母さんはため息をつく。


 「まぁ、無事だったんだからいいけど。ご飯、もうできてるわよ。今日はオムライスだから」


 オムライスは僕の好物だ。自然と顔が綻ぶ。


 「ありがと。あ、そうだ。明日お弁当を二つ作ってほしいんだけど」


 僕の言葉に母さんが怪訝な顔をする。


 「お弁当? それに二つも?」


 「うん。ちょっと……友だちと明日一緒に食べたいんだ。母さんのご飯は美味しいから」


 少し考えてそう答えると、母さんは目を丸くした。


 「そ、そう。お友だちと。それは張り切って作ってあげないといけないわね」


 後半、とても嬉しそうに言った母さんに少しの罪悪感を覚えつつ、心の中で謝る。友だちと呼ぶには、あまりにも彼の事を知らなさすぎる。


 「あっ、名前聞いてないや」


 複雑な心境でキッチンに向かう母さんの背を見つつ、ぽつりと呟いた。


 「明日聞けばいいか」


 オムライスを頬張って、お風呂に入って、ベッドへと潜り込む。


 今日はコタローのお墓に行っただけなのに、随分と面白い出会いがあった。


 あのお伽話は随分と作り込まれている気がする。もしかすると、彼は漫画家や小説家、シナリオライターのような、話を創る仕事に就いているのではないだろうか。

 そう考えると、例えば山の中で起こる物語を書くためだとか、そういった理由であんな所にいたのかもしれない。


 そんな事を考えながら、僕は眠りについたのだった。




**********




 「お弁当持った? ハンカチは? ティッシュは?」


 「母さん、僕、そこまで子どもじゃないから」


 そわそわしている母さんに、靴を履きながら呆れて言う。


 「そうよね、うん。分かってるんだけどなんかね」


 過剰な心配をしている母さんに呆れたが、そうなってしまったのは僕が学校に行っていないせいだろう事に気付いて苦笑する。


 「今日は日が沈む前に帰ってくるよ。行ってきます」


 「気をつけてね、行ってらっしゃい」


 外に出ると、やはり昨日と同じくむっとした熱気が僕を包んだ。

 苦い顔をして、でも昨日学んだ事を生かして言葉にするのは控えつつ、足早に山へと向かう。

 そこそこ険しい道中を、じりじりと焦がされながら進み、やっと洞窟の入り口が見えてきた。


 既に洞窟で待っていた彼は、僕に気づくと笑顔で手を振ってくれた。


 「すみません、お待たせしましたか?」


 洞窟に入ると、ひんやりと冷たい空気に包まれる。


 「いや、お弁当が楽しみすぎて、俺が早く来てしまっただけだよ」


 遠足に行く子どもじゃあるまいに。

 無邪気な顔でそう言った彼に、僕は笑いながらお弁当を渡した。


 「母さんが作ってくれたんです。一緒に食べましょう」


 「ありがとう!」


 彼は恭しく弁当を受け取って座る。僕もそれに習って座り、弁当を開いた。

 煮物と焼き魚、夏野菜の炒め物に定番の卵焼き。そして炊き込みご飯。

 そんなに大きくはない弁当箱に、これでもかというほどいろいろ詰めてくれたようだ。


 「いただきまーす」


 やはり母さんの手料理は美味い。彼を盗み見ると、キラキラした目でまだ弁当を眺めていた。


 「ご馳走さまでした」


 そう言って弁当箱を片付け始めた頃、やっと彼は食べ始めた。


 一口食べるごとに最高級の料理を口にしたかの如く、間延びした声を出す彼を見て笑ってしまう。


 「すごい! とっても美味しかった! 君の母親は料理人かい?」


 食べ終わった後にそう言った彼に首を振る。


 「主婦ですよ、普通の主婦。でも、僕も母さんの料理は美味しいと思っているので、そう言ってもらえて嬉しいです」


 お世辞でない事は彼の反応を見ると明らかだ。


 「久々にこんなに美味しい物を食べたよ。俺は幸せ者だなぁ。本当にありがとう」


 そう言って頭を下げる彼にこそばゆくなり、首を振って意地の悪い笑顔を浮かべる。


 「さぁさぁ、お代は払ったんです。話の続きをしてください」


 「そうだね、どこまで話したっけ。あぁ、お葬式の後からだね。サクヤは大柄なその男について、地下へ行ったんだーー」


 蝉の鳴き声がうるさく反響していたが、僕には不思議と彼の声だけが聞こえていた。

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