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それからというもの、ミツキは頻繁にやって来た。朝、叩き起こされては街へ出掛けたり、他愛も無い話をしたり、料理の実験台になったり。
俺はミツキが来る度に再投薬を進めたが、ミツキの答えはいつだってNOだった。
ミツキは何をすれば喜ぶのか、何をあげれば嬉しがるのか、どうしてしまうと悲しむのか。
元より、趣味もなかった俺は、そんな事を考える日々を送ることになったのだ。
最初は長い付き合いにも関わらず、ミツキの好きな物や事が全く分からない自分に絶望した。そして、生まれて初めて焦ったのだ。ミツキと過ごせる残された時間は僅かである。
同時に、ミツキの言った事が納得は出来ないまでも、理解できてしまった。
この絶望も焦りもミツキの事が知りたいと思う気持ちも、全てはミツキの命が尽きてしまうから生まれた感情だ。
だから俺は、知る努力をした。ミツキが命を賭けて、教えてくれようとしている事を。
「なにこれ、めちゃくちゃ美味いんだけど」
「ほんと? やっと美味しいって言ってくれたね!」
ミツキの作る不味い料理もいつしか食べられる味になり、今では俺の好物になる程に美味しくなっていた。
嬉しそうに笑うミツキの顔は、肌の張りが無くなっていくつもの皺ができている。
それを認識する度に、今まで味わった事のない負の感情が湧いてきた。
怒りと悲しみ、そして、失くす事への深い深い恐怖。
「こら。そんな顔しないの」
そんな俺の気持ちを知っているはずなのに、茶化すミツキに真面目な顔で問う。
「なぁ、本当にこれでいいのか? 死んだら全てが終わりだぞ?」
ミツキは目をパチクリとさせ、一瞬キョトンとする。
そして、満面の笑みを浮かべて言った。
「私は今、一番幸せだよ」
その日から一ヶ月後、ミツキは起き上がれない程に老化してしまった。
投薬を続けて寿命を延ばしている人間が急に摂取を止めると、今までの分を取り返すかの如く、老化が進むのだ。
外に出られなくなったミツキに会うため、俺は初めてミツキの部屋を訪れた。
「……女の子の部屋なんだから、あんまり、じろじろ、見ないで、よね」
「……そう言う元気があるなら大丈夫そうだな」
ゆっくりとベッドの上で言葉を紡ぐミツキを直視出来ず、視線を逸らしながら言う。
目のやり場に困って室内を見回すと、存外さっぱりしていた。最も、ミツキの部屋がどうなっているかを想像したのも、ここに来るまでの道中が初めてだったが。
思えば、ミツキが投薬をやめてから、数え切れないほど初めての体験をしている。
些細な出来事がこんなに大切に思える日が来るなんて、思いもしなかった。
「なに、しに、来たの、よ」
「……料理を作って来てやったんだよ。お前が好きなアップルパイだ」
持っていた包みを開き、ミツキに見せる。
「それはう、嬉しいわ。もっとよく、見せて?」
恐る恐る、アップルパイから視線を上げる。
瞬間、心臓が跳ねた。
ミツキはもう、文献でしか見たことないような老婆になっていたのだ。
よく自慢していた綺麗な髪は色が抜けて量もかなり減り、顔が痩けて頬の肉が垂れ下がっている。綺麗な澄んだ碧い瞳も濁り、唇から色も消えていた。
ただーー。
「あぁ、とても上手に、焼けたのね。おいしそう、だわ。食べれない、のが残念」
そう言いながら浮かべた満面の笑顔は、昔のミツキそのままで。
本当に、目の前で命が尽きかけているのがミツキだという現実を突きつけられた。
「ごめん、俺……」
言葉を続ける事が出来ずに言い淀むと、ミツキは微笑みながら口を開いた。
「ねぇサクヤ、私はもう、先が短い、の。だから謝罪じゃ、なく、感謝の言葉、を、たくさん聞きた、いわ」
もっと前に、ミツキの事をたくさん知っておけば良かった。
もっと前に、ミツキといろんな所に出掛ければ良かった。
もっと前に、ミツキにアップルパイを焼いてあげれば良かった。
もっと前にーー。
ミツキの事が大好きだと、自覚してれば良かった。
言葉が詰まって、目が滲む。我慢しようとすればするほど涙と共に感情が溢れ、俺は生まれて初めて、大声で泣いた。
そして、生まれて初めて、自分の気持ちを全て乗せた言葉を伝える。
「あり……がと……う」
嗚咽混じりの声に、不細工な顔で作った不細工な笑顔。最悪なまでに格好悪い俺を見て、ミツキは満足そうに微笑んで頷いたのだった。
その翌日。投薬をやめてから約一年。
ミツキはついに、動かなくなった。
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「故人は人類に多大な貢献し、実に有能なプログラムをーー」
形式だけの弔辞をぼーっと眺めながら、ただただ時間が過ぎるのを待つ。
黒、黒、黒。辺り一面真っ黒だ。
ミツキの葬儀は盛大に行われた。それこそ、お祭りのように。なにせ、死ぬ人間がほとんど居ないのだ。顔を知らないのに参列している人も多い。
こんなにたくさんの人がいるのに、泣いている人はいない。ミツキを想っている人はいない。
こんな茶番、やめてしまえばいいのに。ミツキはこんな事、喜ばないのに。
そうは思っても、体はどうにも動かなかった。
長い長い葬儀が終わり、足早に出口へと向かう。
「お前、サクヤか?」
名前を呼ばれ、気怠げに振り向くと、見たこともない男がまじまじと俺を見ていた。
「何か用ですか?」
そんなに顔も広くない俺を知っている事に疑問を持ちつつ、早く帰りたいので用件を問う。
「ミツキがよくお前の事話してたんだよ。それはもう嬉しそうにな」
ミツキという単語に反応して、改めて男を見る。この世界では珍しい、三十代前半だろうか。髭面に逞しい筋肉。相当鍛えているようだった。
「ミツキの知り合いですか?」
男はそれとなく辺りを伺い、小声で言った。
「ここじゃちょっと都合が悪いんだ。ツラ貸せよ」
明らかに怪しい人物だったが、少しでも知らないミツキを知れるなら俺の取る行動は決まっている。
ミツキがいなくなっても、ミツキに縋っている自分に目を瞑った。
「分かりました」
男は大きく頷くと、顎で付いてくるように促す。俺は素直にそれに従い、くだらない葬儀場を後にしたのだった。




