12
銃を撃つ姿がそこそこ様になってきたある日。
ドアが開く音が聞こえて目を向けると、綺麗な顔立ちをした青年が入ってきた。
「あー! お帰り!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながらマキナがその青年に近づく。
「マキナは相変わらずだな。みんなただいま」
訪問者は彼だけではなかった。ぞろぞろと入ってきた彼らは、くたびれた服と同じくらい疲れている様子だったが、一様に笑顔を浮かべている。
「よぉシイナ。いい子にしてたか?」
「ゴウさん、久しぶりっす!」
それぞれが声をかけている最中、部屋の奥から出てきたエレーネが青年を見て、体をくねらせた。
「あぁ~~~ん! リツゥゥゥ!」
雄叫びを上げながら突進するエレーネから視線を青年に移す。
なるほど、どうやら最初に入ってきた青年がリツという人物のようだ。
「ん? そこの新顔は誰だ?」
「知らねえ顔だな」
ガヤガヤとうるさくなってきたところで、ゴウが手を叩く。
「おう、みんなよく無事に戻ってきたな。今日は祝杯だ。大した物は出ねえけどな。疲れてるだろう、夜までゆっくり休んでくれ」
大きな歓声が部屋を包んだ。この部屋の空気がこんなにも明るくなったのは初めてだ。
「それと、こいつは新入りのサクヤだ。仲良くしてやってくれ」
ゴウがそう言った途端、喜んでいた人たちの表情が固まり、一気に視線が俺に集まった。
「よ、よろしくお願いしまっ!?」
「サ、サクヤ!? ってあのサクヤか?」
驚愕の表情を浮かべた男にがっしり肩を掴まれ、激しく前後に揺すられる。
「あ、あの、ちょっ、いたっ」
舌を噛みそうになりながら抗議するも、周りから更に詰め寄られるハメになってしまった。
「ま、まさかお前が……」
「想像と全然違うぞ」
「もやしっ子じゃねーか」
それを見たゴウは軽く笑う。
「落ち着けお前ら。確かにこいつは例のサクヤだ」
「くっ……なんてことだ」
「絶望っす」
「ミツキさん……」
急に詰め寄られて急に凹まれた。俺は完全な被害者だと思う。
「とりあえず、まずは部屋に戻って休め。ほら、さっさと行け!」
ゴウの大声に、暗い顔をしながらも、彼らはとぼとぼとそれぞれ部屋に戻って行った。
「な、なんだったんだ……」
「サクヤの事は、み~んな知ってるよ! ミツキちゃんがデレデレしながらみんなに話してたからね」
意地の悪い笑みを浮かべ、シイナがつついてくる。
「ミツキが……」
考え込む様に黙り込むと、シイナが居心地悪そうに身をよじった。
ありがた迷惑だ、とはもう思わない。ミツキは土台を作ってくれていた。俺が他の人と関われるように。
腕を伸ばして抱きつこうとしているエレーネの顔面を押さえながら、リツは笑顔でこちらを見た。
「初めまして、サクヤ君。君の事はミツキさんから聞いてるよ。俺はリツ。よろしくね」
リツの声に慌ててお辞儀をする。
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
「リツったらイケズ! ずっと帰りを待ってたのよん!」
「ははは、ありがとうエレーネさん」
リツはエレーネの扱いに長けているようだ。笑顔で応対しながらも、手加減無しに突き離していた。
「疲れてるところ悪いが、報告を聞こうか」
ゴウがそう言ってソファーに腰掛けると、リツもそれに従う。エレーネは一応空気が読めるのか、黙って後ろに下がった。
「うん。ちょっと運搬に時間がかかったけど、武器素材の調達は問題なかったよ。ただ、数がちょっと心許ないかな」
「そうか。そこは仕方ねえな。最初から予想してた事だ。で、世界樹への道はどうだった?」
「使えなくもないって感じかな。俺たちくらいの人数だったら行けると思う。片道切符になるかもしれないけどね」
苦笑しながら言うリツを、ゴウは鼻で笑う。
「元より、片道切符のつもりじゃねーか」
それもそうだね、とリツが笑った。
その些細なやり取りがチクリと刺さる。彼らは生きて戻れると思っていないのだ。つまり、俺も。
「こっちも順調! リツの代わりにサクヤが体を張ってカードキーのスキャンをしてくれたんだ。なかなか役者だったよ〜」
いつの間にかゴウの隣に座っていたシイナがニヤリとしながら言った。
「そっか。ありがとうサクヤ君」
「い、いえ」
文句の一つも言いたいところだが、素直に感謝を言われると何も言い返せない。
「シイナ、通信機はどうだ?」
「順調順調。ゴウが言ってた数は揃えられたよ」
「武器の製造は?」
「ほとんど必要な物を揃えてくれたから、そっちもそんなに時間かからず造れるよ」
リツから渡されたリストを見てシイナが言った。
それを聞いたゴウは、ソファーに深く沈み込む。
「そう、か。本当に準備が整ったんだな」
俺からしたらほんの数ヶ月。だが、彼らは何年も何十年も準備してきたのだろう。
「うん、長かったね。最初は、僕とゴウしか居なかったのに、よくここまでこれたよ」
シイナが呟いた。
そして、僅かな沈黙の後、ゴウが姿勢を正して俺を見る。
「お前に話さなきゃならねえ事がある」
「俺に?」
ゴウがチラリとシイナを見ると、シイナが頷き、俯いた。
「あぁ。ミツキの事だ」
「……はい」
前回、シイナが激しく拒否をした事を考えるに、良い知らせでない事は確かだ。心臓が激しく鼓動を打ち、身体が強張る。
自然と伸びた手がネックレスを握った。
「あの時は可能性でしかなかったから、言えなかったんだ。ごめんね」
そう言ったシイナの肩に、ゴウが手を乗せる。
「世界樹が内部に異物を埋められているにも関わらず、まだ成長し続けてるってのは常識だな」
「はい」
世界樹はこの世界の象徴だ。存在し続ける限り、管理する側の権力は揺るがない。
「あれには、例の薬に近いが少し質の違う物が使われてやがる。世界樹の周りに花が咲いてるのは知ってるか?」
「はい。ちょうど投薬に行った時にも見ましたよ」
控えめに言って、奇妙な花たちだ。花とミツキに何の関係があるのだろうか。
「世界樹の影響で個性的な花を咲かせてると言われてるが、そうじゃねぇ。あれは『人の個性』だ」
どくん、と心臓が跳ねる。
頭では分かっていないが、心では分かってしまった、そんな感覚。分からないのに嫌な汗が背中を伝って、分からないのに口が渇いた。
「それは、どういう事ですか?」
その不快な感覚に否定が欲しくて、救いがほしくて、希望の糸を掴む様に問う。
「……あの花の種は、人の命だ。奴らは世界樹が世界樹として、そこに在り続けられるよう、たくさんの生贄を埋めているのさ。そしてーー」
ゴウはそこで一度、深く深呼吸をして続けた。
「ミツキの命も種にされてる」
瞬間、浮かんだのは笑顔のミツキだ。その眩しいミツキの姿が、徐々に赤く染まっていく。
「……っ!」
血が噴き出るかと思う程、激しい何かが体をうねり、膝の上で拳をキツく握った。
そうしなければ、発狂して自分を見失いそうで、同時に、自分に芽生えた激情に困惑する。この感情は何なのだろうか。
周りで何かを話している様だったが、全く耳に入ってこなかった。声が、雑音が、外から聞こえる音という音が全て消えて、身体の中から生まれる音でいっぱいになる。
どのくらいの時間が経っただろうか。
肩に軽い衝撃を感じて顔を上げた。
「……ミツキを救い、奴らに報いを受けさせよう」
ゴウが静かにこぼす。
その言葉を聞いた途端、憤怒と悲痛に心が叫び声を上げた。
行き場所を失ったそれらの堪え難い感情は、涙として、声として外に出る。
子どもの様に泣き叫ぶ俺に、不器用ながらも優しく、泣き止むまでゴウが背中をさすってくれた。




