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「ありがとうございました、初めての体験で……とっても良かったです! 是非、またご指名してくださいね!」
何か言いたそうな男が口を開く前に笑顔でそう言うと、男は口を開けたまま固まった。
「あ、あぁ……。そうさせてもらうよ」
首を傾げながら、部屋から出る男に手を振り、ドアを閉める。
緊張の糸が切れ、ドアを背にしゃがみ込んだ。
<いやー、意外と役者だねぇ!>
通信機から爆笑しているであろうシイナの声が聞こえる。
<意外な才能じゃねーか。次もこんな任務があったらサクヤに担当してもらおうぜ>
笑いを抑えきれていないゴウの声に、何かがプツンと切れる音がした。
「お前ら……! いい加減にしろーーー!!」
鼻を膨らませながら、荒い息を整える。思い返すだけでも鳥肌が立った。
ーー事は一時間程遡る。
コンコン、とノックの後に扉が開いた。
俺を買った男と、今回のターゲットである男が部屋へと入ってくる。
「それでは、存分にお楽しみください」
俺を買った男はそう言って一礼し、扉を閉めた。
視線をターゲットへ向けた瞬間、産毛が逆立つ。
その男は、でっぷりと脂肪を腹に蓄え、脂ぎった額をてからせながらニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていた。
本能が男を視界に入れる事すら拒否している。
「ほう。なかなか私の好みを理解しているではないか」
俺を舐め回すように見たあと、その男はシャワーへ向かった。最初にシャワーを浴びるのがこの店の決まりになっているのだ。
男の姿がシャワー室に隠れて、強張っていた体から力が抜ける。
<サクヤ、今がチャンスだ。薬を盛れ>
「言われなくてもやりますよ!」
小声でそう言って、その間に男が飲むであろう酒に睡眠薬を入れた。この店に着く前にブラックマーケットで仕入れた品だ。万が一これが効かなかったら、俺はあの男を殺してしまうかもしれない。
男が上機嫌にシャワーから出てきたところで、俺は貞操の危機を感じながら必死にお酌をした。いろんな意味で失敗は許されないのだ。
その甲斐あって、20分しないうちに男は深い眠りにつき無事カードキーをスキャンする事が出来たのだ。
そして、冒頭に至る。
<まーあんな言われ方したら、覚えてないなんて言えないよね。男として>
「もう俺、羞恥心で死ねそうですよ……」
膝に顔を埋めて呟く。
<ちょっとだけ、事に及ぶ可能性を期待してたんだけどね!>
「うん、戻ったらとりあえず一発殴らせてもらいましょうか。鈍器で」
<いくら僕でも鈍器じゃ死ぬよ! と、とにかく、そのおかげでカードキーは無事スキャンできたよ。サクヤの大手柄さ!>
「ははは、その替わりに俺は大切な何かを失くした気がしますがね」
<いや、しかし本当にサクヤのおかげだ。嫌な役回りさせて悪かったな>
ゴウが苦笑交じりに言った。
「はぁー。もういいです。で、俺はこれからどうしたらいいんですか?」
<本来なら、疑われないようにあと何人か客を取ってほし>
「精神が死にます」
ゴウが言い終わる前に、キッパリと断る。そこは譲れない。
<まあ、そうだよな。俺がこれから迎えに行ってやる>
「早く来てくださいね。一秒でも早く」
<そう急かすな。野盗に殺された様に細工するから準備が必要なんだ。少し待っててくれ>
「分かりました。出来るだけ迅速にお願いします」
<おう>
ゆっくりと窓に近づき外を見ると、夜とは思えないくらいに明るく、夜の活気があった。
ミツキの死から、想像すらしなかったような体験している。不思議なものだ。こんな世界があるなんて、ほんの少し前まで知らなかったのだから。
本当にこの世界を壊して良いのだろうか。この世界には、まだまだ俺の知らない良いところがたくさんあるのではないか。
こう思うのは、いっときの迷いなのだろうか。
答えの出ない問いに、そっと瞼を閉じた。
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「これで準備はあらかた整ったな。後はリツたちが帰って来るのを待つだけだ」
「そろそろかー。久々だな! リツは大きくなったかなー」
ゴウの言葉に、机に座って足をブラブラさせながら楽しそうにマキナが言う。
アジトへ戻ってから数週間が過ぎていた。
「その、リツさんは何をしてるんですか?」
「あぁ、言ってなかったな。リツたちは武器の調達に行ってるんだ」
その言葉に眉を顰める。
「武器の調達……?」
「まっさかサクヤくんは丸腰で戦うおつもりだったんですかぁ?」
茶化すように顔を覗いてきたシイナを一発殴り、ゴウに向き直る。
「武器って、銃ですか?」
「あぁ。鉄の弾を弾くだけじゃなく、光学銃、火炎銃、麻酔銃にグレネード……まぁ、かなりの数の武器だな」
「そんな量の武器、どこで仕入れてどうやって持ってくるんですか?」
説明しようと口を開いたであろうゴウは、視線を泳がせた後に口を閉じた。
「まー、細かい事は気にすんな。そんなことより、お前は銃を使った事あんのか?」
説明が面倒になったのだろう。深追いするほど興味もなかったので、首を振る。
「一般人が銃を持つ機会なんてないじゃないですか」
「まぁ、それもそうだな。せめて自分の身を守れるくらいにはなってもらわねーと。俺たちだって守りきれねえ」
「だなー。敵がたくさんいたら、サクヤにも頑張ってもわらないと」
間の抜けた声でそう言って、マキナが大きくあくびをした。
「はい。俺も少しでも足手まといになる事は避けたいですし」
「よし、じゃあ訓練だな。奥に訓練場があるから、銃の使い方を教えてやるよ」
顎で奥を差し、歩き出したゴウを追った。
訓練場は思いの外、広かった。
「こんな広いスペースがあったなんて……」
「ここは過去、軍隊というものがあった時に使われていた基地だからな。他にも、実験室やら工作室なんて物もあるぜ」
「なるほど。シイナはそこでいろいろ作ってるんですね」
「あぁ。俺やマキナは荒事しかできないが、あいつ程器用な奴もなかなかいないだろうな」
ゴウは並べられた銃の中から一つ取り、銃口を的に向けて撃った。
弾はパンッと大きな音と共に、的の中心を射抜く。
「すごい……!」
しっかりと構えるわけでもなく、さらりと撃ったその姿に、どれだけの時間をここで過ごしたか分かった。
「こんなんは慣れだ。いいか、よく聞け。的に上手く当てられたからと言って、人を撃てるかは別だ」
真剣な眼差しに、ゴクリと唾を飲むと、ゴウは銃に視線を落として続ける。
「相手に銃を向けるという事は、その相手の命を奪うという事であり、同時に奪われる可能性もあるという事だ。俺たちがこれからしようとしている事は、正義じゃねぇ。引き金を引く時、迷ったら終わりだ。引き金を引く覚悟をしろ」
やろうとしている事が本当に正しいのか、迷っている事を悟られている気がした。
ずっしりと重い銃を受け取る。
感じた重みは、純粋な銃の重さだけだけではないだろう。
「無知だった俺は、最初ミツキの事を知りたいと思ってここに来ました。ミツキのしてきたことや、世の中の仕組みを知って、悲しい世界だと思ったんです。だからと言って、俺たちが終わらせていいのかと悩みました」
人の命で長生きをしている俺たち。
やっている事は確かに間違っているだろう。だが、それで世界が安定して回っているのも事実だ。今この仕組みがなくなったら、この世界はどうなるんだろうと考えないはずがない。
「でも……でも、人は全滅する訳じゃない。残りの時間を大切に、大切な人と過ごして、愛し合って次の世代に繋ぐ。それでいいんじゃないかって思ったんです。ミツキの願いを叶える為に行動してきましたが、覚悟を決めました」
顔を上げ、ゴウの目をしっかりと見た。
「俺は、俺の望む世界の為に銃を取ります」
それを聞いて、ゴウは満足げに頷く。
「お前の望みを叶える為に、人を殺す銃の使い方を教えよう」
この銃の重みは、ずっとこのままだろう。
だが、それでいい。そうでなければならないのだ。




