6話 剛対柔
「どうしてだろ、もう打つ手なしだよ。」
教卓の上で頭を抱えている彼女は、後ろで組んだ足をジタバタさせている。俺たちは他の部位からブライブを出そうと試行錯誤を続けているが、未だ腹と左手、それもその手の平からしか出ていない。ブライブを出し続けた俺はもちろん、何事にも一生懸命にやり過ぎてしまうシャルさんも疲労が溜まっていた。
「お、やってるねぇ。」
万策尽きたところに、あのトウモロコシの皮のような声が人のいない教室に響く。俺がそっちに目をやると、先生はいつの間にかシャルさんの隣に来ていた。
「で、どこまでできた?」
先生は俺が座っている席の前に来て俺の顔を覗き込む。俺は状況を説明した。
「ま、そこまでできたら合流してもいいんじゃないか。オルティスもずっと付き合ってると体が鈍るだろう。」
「いや、わたしは別にっ」
シャルさんが否定しようと何かを言いかけるが、それに、と先生は彼女が言いかけた言葉を口に戻させた。
「訓練しているうちにできるようになる、なんてざらにあるだろう。」
「まぁ、そうですね。」
正直体を動かさないで、こうやって立ったり座ったりしてるのは性に合わない。昨日と今日、窓はから見える生徒はみんな楽しそうで早く混ざりたい気持ちも無くはなかった。
「今日はちょうどうちのクラスは外にいるだろう。体術だったか、あと二時間はできるから今から着替えたらいい。」
ーーー
「おぉ・・・」
そこは、あまりの広さに感動を覚えてしまう程だった。このだだっ広い敷地に、3クラスだけで使ってやっている。先生の付き添いは無く各クラス一人ずつ軍から人が来ているらしい。シャルさんはもう先に参加しているので俺も急ぐ。
少し進むと、紺色の訓練用の服の集団の中に一つ、ポツンと白色が目立っていた。彼が軍から派遣された教官だろう。30歳くらいだろうか。近づいていくにつれて、彼の肩幅や太ももが尋常ない程鍛えられているのがわかる。距離5m程になって、彼が俺の気配に気づき生徒に向けていた目を俺に向ける。
「お前がムルートか。」
「あ、はい。」
ちょっと来い、と教官は組手をやっている生徒の間を縫って東の方へ歩いていく。ふと振り返ると、晴天の空に黒が少し混ざっていた。
「俺の担当する生徒はみんな最初に俺と組手をやる決まりになっている。もちろん、後ろの奴らもこの間全員やった。」
彼は背中越しに話しかけてきた、だからお前も、そう言うことなのだろう。身長は同じくらい、筋肉量は圧倒的に劣っている、あぁこれは。
「(親父と似てるなぁ。)」
思えば、俺は我が芽生えたときから今まで1対1の闘いばっかやっている気がする。俺の父は騎士団の団員だった、と言っても傭兵に近い微妙な立場の人間だったが。あの人は「守られるくらいだったら男を辞めてしまえ。」の精神で、俺にほぼ毎日剣術や体術を叩き込んでくれた。まだ子供だった俺は、親父以外には負けないと思っていた。
ここらでいいか、と立ち止まり俺の方に振り向く。目線は鋭く、足を止めるほかなかった。脳内で危険信号が鳴っている。初めてリアと対峙した時以来だろう、緊張感が頭のてっぺんからつま先まで奮い立たせる。
「こいよ。本気でだ。」
それだけ言って彼は両拳を顎の前に構えほんの少し、重心を下に置いた。彼の構えだろう、オーソドックスでだからこそ完成された構えなのだろう。
「お願いします。」
腰を落とし、半身に構える。夜以外でこの態勢になったのはいつぶりだろうか。
「(・・・独特の構えだが、経験はそこそこあるようだ。さて、)」
俺はこの構えのまま動かない。明らかに力量が違う相手のとき、俺から動くことはまず無い。特に筋力量がこれだけ違うと、自分だけの力ではほぼほぼ攻撃は効かないのが分かっているからだ。
「お前がその気なら、こちらからいかせてもらうぞ。」
突っ込んできた。6mの距離は一瞬で詰められ、彼の右拳が飛んでくる。
「ッ!」
左の前腕で受けたが、痛みが響く。近距離から全力で石を投げられたような痛みがする。
「手加減はっ!?」
「これでもしている方だがな。」
声と共にもう一発右が飛んできたが、それを紙一重のところで躱して、距離をとる。
「っいや、このパンチの速さは反則でしょ。」
「何か言ったか。」
「いえ、独り言です。」
彼は言葉をかわしながらまた詰めてくる。さっきよりも距離は無いので、間合いに入るのにコンマ2秒もかからなかった。
「攻撃してこないと終らんぞ。」
そう言って、もう一発右拳が顔めがけて飛んでくる。
「(今だっ!)」
腰を思いっきり落とし、それを避けつつ俺の右手で掴む。彼の体重は今この瞬間完全に俺に向いている。
「(気張れよ、右足。)」
左手の手のひらで彼の肘を全力で押す。
「そぉぉおい!!!」
後ろにあった右足に全体重をかけ、教官を投げた。パンチの威力もあって6mくらい行っただろうか、まだ飛んでる。
「ふぅ、終わった終わった。」
舞って服についた砂を払い、彼の行方を目で追う。
「・・・・うそぉ。」




