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51.奪還・1

こんにちは。今回も残酷描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

「――レオン!!」


 今度こそ本当に目を覚ますと、視界いっぱいに真っ赤な髪が飛び込んできて、小さな体に思い切り抱きつかれた。


「……お前がそんなテンションになるなんて珍しいな」


「ッ、しん、じゃったかと、ッ、思った、なの」


 泣きながら怒っているサキに「服が汚れるぞ」と言おうとして、自分がまるで血に濡れていないことに気づく。


「レオン様」


 声の方を振り向くと、サディアが片膝をついて頭を下げていた。珍しく神妙な顔で「ご気分はどうですか」と似合わない台詞を言っている。色々と世話をしてくれたのはサディアのようだ。


 俺が意識を失ってから今まで三時間ほどが経過していた。二人がここに駆けつけた時に丁度俺が刺されたらしく、よく見るとサキの服には土で汚れたような跡と、鋭利な刃物で切られたような跡が見て取れた。


「悪い。迷惑をかけちゃったな」


 今はとても静かで魚を啄ばむ鳥もずいぶん多くの数が戻ってきているけれど、周囲には激しい戦いの痕跡があちこちに残っていた。


「申し訳ございませんッ!」


 突然俺に向かってサディアが深く頭を下げてきた。どうやら俺がこんな目に遭った責任を感じているらしい。

 

「お前のお守りが無かったせいで俺が死にかけたから処分を下せと? バカなこと言うなよ」


 そんな恥ずかしいマネができるか、とサディアの申し出を一蹴する。そして意識を失うまでを簡単に話した俺は、サキに手を借りて立ち上がった。


 体はまだ多少フラフラするけれど問題ない。そのまま歩いて、待っているように地面に突き刺さっていた聖剣に手をかけた。


『――ふん、やっと起きたか』


「相変わらず口が悪いな。お前があの記憶を見せたのか」


 聖剣を引き抜いて軽く振ってみる。剣を使った経験はあまり無いけれど、フラフラな状態で繰り出す拳に比べたらずっとマシだろう。


「お待ちください。まだレオン様の体は十分回復しておりません。御用は私が命をかけて行いますので、どうか――」


「サディア」


 魔人の肩が脅えるように震えた。あまり強い口調で言ったつもりはなかったけれど。


「フェリンは?」


「……カミルを追って、既にセントアレグリーへと向かわれました。レオン様のご指示を待つよう進言致しましたが、お怒りが収まらなかったようで」


 何だ、先を越されたのか。だったら俺も早く行かないとな。


「しかし、レオン様が動けば天界が黙っていないと――」


「――知ったことか」


 下らないことを言い合っている暇なんて無い。できるだけ冷静に、絶対の意思を込めて断ずるとサディアはそれ以上止めようとはしてこなかった。「せめて同行をお許しください」と頭を下げてくるサディアと、同じく同行を望んだサキと共に、俺達は一気に空を駆けた。



 * * *



 遥か上空から眺めるセントアレグリーは、ウィクマムなんて比べようも無いほど広大な国だった。視界に収まらない大きな円を描く壁に囲まれていて、中心付近にもう一つ小さな円を描く城壁がある。中の円と外の円の間に位置するエリアはさらに東西南北の四つに区切られている。サディアの説明によると農場(何故か南部が砂漠化している)や住居、商店や工場(こうば)などに分かれているらしい。


 中心付近の小さな円の内側には二つの大きな建物だけがある。一つはこの国の王城であり、もう一つはこの国に関わる歴代勇者を祀った大聖堂だ。

 

「……随分賑やかだな」


 その周囲を中心にワイバーンやガルムなど凶悪そうな魔獣が荒ぶっている。大聖堂も王城も地上階あたりは既に一部瓦礫と化していた。


「恐らくフェリン様が召喚したのだと思います。回収しましょうか」


「いや、今は人間に邪魔されると鬱陶しいからそのままでいい。そのまま適当に暴れさせておけ」


「わかりました。ただ今フェリン様の使い魔を使って勇者リアを捜索しています。恐らく王城か大聖堂のどちらかに居るはずです」


「俺も探す。大聖堂に侵入(はい)っているヤツと繋げてくれ」


「大量の映像が流れてきますので、慣れないと少々気分が悪くなるかもしれませんが」


「問題ない。何とでもなる――」


 言い終わるか否かのタイミングで、頭の中を殴られたような衝撃を感じた。

 

 確かに変な感覚だ。脳をかき回されるようなズキズキする痛みと共に、目が回るような気持ち悪さを感じる。二つしかない目の数がいきなり十倍以上になったらこんな感じなのだろうか。これでもまだサディアが受け持っている数の五分の一以下らしいので、泣き言なんて言っていられないが。


「まずは、どれでも結構ですから目に映る映像のどれか一つに意識を集中してみて下さい」


 言われるままに一つを選ぶ。

 

 やたら豪華な装飾がちりばめられた部屋の中に大きな石像がいくつも並んでいた。淡く光る魔法石があちこちに配置されていて幻想的な空間だ。

 

「……違うな」

 

 部屋の様子はよく見えるが、リアの姿どころか誰も見当たらない。どうやらここはハズレのようだ。

 

 すぐさま他の映像へと切り替える。慣れていないので一つ一つ見ていかなければならないのがもどかしいが、それでもその場に出向いて調べるよりはずっと効率的だ。


 見落としが無いように慎重に、できるだけ急く。そうして七回映像を切り替えたところで、吐き気がするような映像が飛び込んできた。



 * * *



 セントアレグリー大聖堂の最上階にある部屋は、不穏な空気で満ちていた。

 

 巨大な魔物が暴れても切れないような太い鎖が二本、天井から垂れ下がっている。鎖の先には輪がついていて、あられもない下着姿を強いられた少女の細い腕が通されている。力の限り抵抗したことを示すように、手首の辺りが腕輪に傷つけられて赤黒く変色していた。

 

 力なく頭を垂れ、胸からは真っ赤な血がポタポタと流れている。脚に力が入らないのか膝が折れていて、鎖に拘束されている腕はまっすぐ上へと伸びていた。


「ッ……く……」


 身体には毒々しい色の大蛇が一匹絡み付いている。透き通るような白い肌には強い力で絞められた跡が幾つも刻まれていて、肌全体が冷たい汗でしっとりと濡れている。ときおり蛇が暴れると全身がビクンと震え、その度に固く結んだ口が綻んで大きな悲鳴が響いた。


「っあ、う……」


 あえぎ声と共に口の端から唾液が零れて糸を引く。苦しげに目を瞑るたびに涙が零れ落ちる。それでも目の前の男を拒絶するように強く睨みつけていた。


 やたら豪奢な装束を身に纏っている男は、自らの髭を右手でいじりつつ乾いた笑い声を出す。


「なんとも頑固な娘だ。日天玉を取り出すには少々時間を使いそうだな」


 苦笑気味に口の端をつり上げた男が軽く指を立てると、瞳に微かな脅えの色が混じった。


「これで何度目だったか。そろそろ堕ちてくれると嬉しいのだがな」


 加虐を心底楽しんでいるように男が笑みを深くする。指を軽く振ると、頭をもたげたまま"待て"を強いられていた蛇が気味悪く鳴いて、今も鮮血を流す胸の傷へと頭を近づけていく。


「や……め……、あ――」

 

 ――そして、大きな牙で噛み千切るように傷口に食らいついた。

 

 

 * * *

 

 

 痛々しい悲鳴に顔をしかめて、俺は大きく呼吸を繰り返した。


 怒りに任せて暴走した挙句に敵の術中にはまるなんて無様な真似は二度とごめんだ。

 

 手元の聖剣に意識を向けると『わかっている』と返事がきた。激しい怒りの感情が腕に伝わってくる。どうやらエク公にもあの胸糞悪くなる映像が見えていたらしい。


 俺は頭に響いてくる指示にしたがって聖剣を垂直に構える。『腹に力を入れろ』と聞こえた直後に腕から力が抜けて、くらりと立ち眩みのようなものを感じた。

 

 とんでもない勢いで体内の魔力を吸われている。

 

 まだ構えの段階なのに、普通の人間が保有できる量を軽く超えるだけの魔力を持っていかれている。普通の人間なら魔力が枯渇して既に死んでしまっているだろう。これを扱えるのは、日天玉を持つ勇者しかいない。

 

 意識を集中して軽く息を吸う。両手でしっかりと握った剣に陽光を吸わせるように高く構えて精神を集中する。エク公の合図と共に奥歯を噛みしめた俺は、力を吸われる感覚に耐えながら全力を込めて振り切った。


 黒く光る一筋がまっすぐに大聖堂へと向かう。轟音と共に高く伸びている建物の壁に大穴が開いて趣味の悪い部屋が露出した。足元が不安定な空中での一撃としては上出来だろう。


『ばか者が。ちゃんと教えた技名を言わないか』


「言えるか! カッコ悪すぎて鳥肌が立ったわ!」


『なっ……命名はこの私だぞ。我が主はノリノリで使っていたが』


 頭が痛くなってくる。どれくらい昔の話か知らないが、リアとコイツは当時からそんな感じだったらしい。


「レオン様」


「レオン、行こう、なの」


 少しだけ笑みを見せたサディアとあくまで真剣な表情を崩さないサキが近寄ってくる。どうしても一緒に行くと譲らない二人を従えて、ぽっかりと口を開けた部屋へと飛び込んでいった。


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