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24.隠された部屋

こんにちは。ここまで読んでくださって有難う御座います。

今回は残酷描写にあたりそうな内容がありますので、苦手な方はご注意ください。

 "九重の天に住むものは、位の高きものが先頭に立つ。我に会うことを望むなら、4人を正しく導くことだ"


 まずはこの文章から考えよう。

 

「"4人を正しく導く"……この4人ってのは俺達が見つけた4つの文章を指してるっぽいな」


「そうね。ついでに言えば"位の高きもの"とは、それぞれの文章が書かれていた階を指す、と考えると良いかもね。文章を3階のものから並び換えてみましょうか」


 これくらいは解ってるわよ、と言いたげにフェリンが壁に文字を書く。薄暗いこの城でも良く見えるように、淡く発光した文字が浮かび上がった。


"赤薔薇もつ貴公子の手足胴すべては脆く見目麗しくとも天寿天命は刹那のみの幻のひと"


 ……並び替えても意味が良くわからない。

 

 貴公子ってのは誰なんだろう。城主を指すのかと思ったが、肖像画を見る限り赤い薔薇なんて見当たらない。


「一応この城に赤い薔薇がないか探したけれど、少なくとも2階までは無かったわね。3階はどうだったかしら」


「黒い薔薇ならあったけどな」


 赤い薔薇はリアも見なかったという。

 

「きっとこの文章だけで考えてもダメだと思う、なの」


 フェリンの腕の中で静かだったサキが、もぞりと体を動かした。小さな手が指したのは、肖像画の下に記されていた表らしきモノだ。

 

 1234

四ABCD 薔薇の根

三OPQR 敵葬の溝

二GHIJ 奈落の淵

一TSTU 絶望の莚


 "薔薇の根"などの文は、既に発見した4つの文章の場所を示している。しかしその隣にある表らしきモノをどう使うのか解らない。

 

「……そうね、文を書き換えるわよ」


 フェリンが指を振ると、壁に書かれていた文字が変化した。


 1234

四ABCD "赤薔薇もつ貴公子の"

三OPQR "手足胴すべては脆く"

二GHIJ "見目麗しくとも天寿天命は"

一TSTU "刹那のみの幻のひと"




「ちょっといいですか?」


 ここでリアが律儀に手を上げた。「大したことじゃないですけれど」と前置きしてから自信なさ気に言う。


「"もつ"、"すべて"、"ひと"はカナで示されていますよね。草書にせずにカナで示されているのが、ちょっと不思議だと思ったんです」



 ……ひょっとして。



「――ああ、そういうコトでしたの」


 若干不機嫌そうな声を出したフェリンがサキを開放して肖像画に手を触れる。暫く丁寧に調べていたが、どうやら目的のモノは見つからなかったらしい。忌々しげに嘆息した妹がリアを睨んだ。

 

「これ以外に、3階にも肖像画があるわね?」


「はい、ひとつ在りましたけれど……」


「案内してくださる?」


 俺が口を挟む間もなくフェリンは階段へと消えてゆく。リアが少し慌てたようにその後を追っていった。


 俺は……まあいいか。あの二人なら余裕だろうし、ここでのんびり待つとしよう。



* * *



 魔王から離れて三階にやってきた二人が無言を貫いて歩いてゆく。フェリンの足音はやや鋭く、リアの足音は控えめだ。水浸しの廊下を真っ直ぐ進んで5つ目の扉に入ると、黒い水で覆われた床が二人を出迎えた。


「転んじゃわないように、気をつけてくださいね」


「……ふん」


 リアの忠告にフェリンは答えない。少し困ったように笑ったリアが背を向けて再び歩みだす。足元に広がる水が音も無く割れて、二人の通り道にだけ床が顔を出した。

 

「余計なお節介を……貴女、とっくに解けていたのでしょう」

 

「そんなことないです。考えすぎですよ」


 そういう割には、3階の肖像画について何の疑問も口にしない。忌々しげに唇を歪めたフェリンは一つ大きく息を吸い、鼻につく不快な臭いに思わず顔を顰めた。


「これが肖像画です」

 

 リアが小さな額縁の前で停止する。やはりかなりボロボロになっているが、描かれていたのが人形だということは見て取れた。関節が明らかに作り物で、口も四角く切り取ったように開いている。人形は片目を閉じてこちらに笑みを向けていた。


 フェリンがその額淵を触ると、固定されているはずの額縁が右に少しだけ動く。そのままやや強引に動かすと壁に小さなボタンが現れた。迷わずそれに触れると背後にあった本棚がガタガタと揺れ、耳に痛い音をさせながら右へと移動していく。暫く待つと黒色の扉が姿を現した。


「……わたしが片付けるわ。貴女はそこに居なさい」


 フェリンが扉を開く。リアはただ黙ってその後姿を見送った。



* * *



 扉の先はフェリンの予想以上に広かった。黒い扉があった壁の向こう側は、本当なら城の外に出てしまう筈だ。しかしフェリンは見知らぬ部屋に確かに立っている。

 

「成る程。道理で気配も感じない訳だわ」


 ここは一種の異空間だった。「この部屋に篭って研究でもしていたのかしら」と小さく呟いたフェリンの声はもちろん、どんな大きな音でも外には漏れない。おなじく外部の音も内部には届かない。外部から隔絶された空間だ。


 部屋は本棚で埋め尽くされていて、迷路のようになっていた。入り口以外の壁も全て本棚が占拠していて、フェリンの5倍はあろうかという高さの天井ギリギリまで置かれている。こんな高さだと普通は手が届かない。

 

「ここの主は中空に浮く魔術も使えたということかしら。変わった人間ね」


 部屋の奥にある大きな机には、10冊以上の本が山と積まれていた。床に敷かれた絨毯の上にも、机から零れ落ちたように3冊ほど散乱していた。

 

「……無駄よ。そんな大きな図体をして隠れられるなんて思わないことね」


 既にフェリンは気配を捉えている。前方奥の本棚の影に立っていることも、その額に冷たい汗が流れていることも、激しい鼓動に耐えながら息を潜めていることも、彼女は手に取るように理解していた。


「あの宝物庫に侵入(はい)れただけでも大した物だけど、こんな所まで逃げ果せるとはね。今後の為にも犯行方法(やりかた)を教えて貰えるかしら?」


 オーガが潜む本棚に歩み寄る。無防備に姿を晒したフェリンに向かって、大きな腕が鋭く伸びた。

 

「ギッ――」

 

「あいにく、今日は機嫌が悪いの。だから遊ぶのはナシにするわ」


 フェリンの目前まで迫っていた鋭いツメがビタリと静止する。ブルブルと腕が痙攣するほど力を込めているのに、そこから先は僅かも前に動かない。


 太い血管が浮いて震える腕に、細い指が触れる。


 メキッと音をさせて、オーガの腕が飴のようにぐにゃりと曲がった。


「ガ――――」


「五月蝿い。耳が穢れるから黙りなさい」


 銀の髪を彩るリボンが解けて中空に浮く。蛇のように鋭くオーガの首に巻きついて叫び声を絞め殺した。浅黒い肌の首に食い込むリボンは容赦なく力を強め、オーガの首がギシギシと軋んだ。

 

「……なるほど。古文書はそこに隠したのね?」


 体を大きく揺さぶり暴れまわるが、どうしてもフェリンには届かない。顔を赤くしたオーガが枷を引き千切ろうと首周りに手をかけた。呻き声を撒き散らしながら太い腕に精一杯力を込める。しかし、リボンはまるで鋼鉄のようにビクともしない。

 

 空気を求めて口を大きく開けても、リボンは首に食い込み呼吸を許さない。オーガの目が血走り足が震え膝が折れて地面を這う。それをあざ笑うように、フェリンはさらに相手を締め付けた。

 

「ッ……ッ……」

 

 苦しげに頭を地面に擦り付ける。だらしなく零れた唾液が絨毯に染みをつくる。その様を無感動に眺めて、フェリンの細い指先が仄かに暗い光を宿した。黒く彩られた爪の先は、背後からオーガの心臓を狙っていた。



「えいっ」


 フェリンの背後から黄色いツブテがぽいと投げ込まれ、オーガの背に当たる。まばゆく発光した途端に大きな体が揺らめいて、吸い込まれるように消えてしまった。


 ぽとりと絨毯の上に落ちたそれは、黄色いダイヤだった。


「殺しちゃうのはダメですよ」


 しゃがみ込んだリアがダイヤを拾い上げてフェリンの掌に落とす。親指ほどの大きさがあるダイヤの中で、グッタリと倒れたオーガが浅く呼吸を繰り返していた。まだ辛うじて生きている。

 

「……なにをしているの?」


「目的は古文書なのですよね? 盗みを働いたことは確かに許されないですけれど、もう十分懲らしめられた筈です。ちゃんと本を返してくれるなら、それで許してあげてくれませんか?」


「許す?」


 掌上のダイヤを強く握りこんだフェリンの声が、酷く温度を下げる。


 まっすぐの瞳を向けてくるリアを薄く笑い、細かく体を揺らした。


「流石は勇者様、って所かしら。こんなクズにまで救いの手を差し伸べようとするなんてご立派ね。でもね」


 淡く光ったダイヤが崩れ、オーガの巨体が絨毯の上に投げ出される。緑の瞳を恐怖に染めて逃げようとする背中に、リボンが幾重にも突き刺さった。

 

「このクズが犯した罪は万死に値するわ。正当な裁きを下すことに一体どんな問題があるというの?」


 オーガの体がビクッと大きく震えた。肉を抉り心臓を握り潰したリボンがまるで紙のように巨体を引き裂き、大量の鮮血がぶちまけられた。


「ひどい色ね。汚らわしいわ」


 フェリンが血で濡れたリボンの先端を切り落とす。生きているように蠢いていた髪留めは落とされた部分を再生し、静かに宿主の元に納まった。

 

 周囲が淡く発光する。肉塊となったオーガは地面に染みこむように消えていった。

 

「大丈夫よ。古文書の隠し場所は、ちゃんと記憶を探っておいたから」


 残された夥しい量の鮮血が絨毯に染みを広げてゆく。それを無言で見ているリアに向けて、魔界の姫は優雅に微笑んだ。

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