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22.「イヤに決まってんだろ!!」

 地下への階段をゆっくり進む。

 

 自分の足音が何重にも響いて耳が少しくすぐったい。端が崩れかけている階段を慎重に降りていくと、ちょうど50段で地下室に辿りついた。


 フェリンから貰った白ダイヤは思った以上に明るい。体の周りでふよふよ浮かんでいる光の玉は、俺が歩く方向へ正確に追従する。おかげで光が一切届かない地下室でも周りをよく見渡せた。


「うえー、いい趣味してるな」


 地下室には、壁に並んでぶら下がっている鎖、鋸のような刃物、棘がびっしり生えている鉄の棒、棺のような形の箱(中に大量の針)などが無造作に置かれていた。全て不吉な色のシミがこびり付いていて、実際に使われたことが伺える。

 

 この部屋はあまり広くない。正方形の床一辺の長さは歩いて10歩程度で、奥には隣の部屋へ続く錆びた扉がある。

 

 気分が悪くなるような臭いが漂うここには、人の気配が一切感じられない。生者といえば足元でチョロチョロしているネズミだけだった。

 

 部屋の扉に手をかけると意外にもアッサリ開きそうだった。錆びを削ぎ落とすような音が耳に痛い。顔をしかめてぐい、と扉を押すとパラパラと何かが落ちるような音がした。

 

 次の部屋には、一つの椅子だけが真ん中にぽつんとあった。両手と両足を拘束する革のベルトがあるので、これも一種の拷問用具なのだろう。既に白骨化した誰かの遺体がだらりと座っていた。

 


 あんまりこういうのは好きじゃない。魔界にはゾンビも生息しているけど、だからといってあの顔を近くで見たいとは思わない。例えばこのガイコツがいきなり元気に話しかけてきたらと思うと気味が悪い。

 

「えぇ~、それ差別ですやん。ガイコツがしゃべったらイカンのですか」


 真っ白いガイコツに炎の弾を投げつけた。おまけにそのままカチコチに凍らせて、止めに顔くらいの岩を投げつけた。

 

 がっしゃん、と乾いた音をさせて骨が散乱する。


「……、」


「も~、いきなり何をするんですかァ」


「黙れガイコツが! 心臓に悪いんだよ!」


 バラバラになったはずの白骨がブルブル震えて氷を振り落とす。カシャカシャと音を立てて動き出す。原型を留めないほどボロボロだった骨が、まるで時を巻き戻すように組みあがっていく。

 

 数秒ほどで元の姿に戻ってしまった。

 

「ふー」


 どうやら一息ついているらしい。肺すらないのにどうやってんだお前。

 

「え、ワイそんなにカッコイイ?」

 

 どうしよう、このガイコツすごく鬱陶しい。

 

 サクッと()ろうにも既に死んでるし、壊しても眉ひとつ動かさずに元に戻りやがるし。

 

「いやいや、眉なんてありまへんから」


「やかましいわ! さらっと心読むんじゃねえよ!」

 

「顔に思いっきり出てますやん。そんなんじゃ他の(ひと)にもモロバレでっせ」

 

 なぜ骨に説教されなきゃならんのだ。つーか俺の表情ってそんなに解り易いのか。


「まーまー、そんな怒らんといて。イライラしたら体にもよくないでっせ。……そや、ワイの骨でも舐めます?」


「イヤに決まってんだろ!!」


 ああもう、こんなに叫んだのはリアと出会ったとき以来だ。

 

 肩で息をしていた俺は軽く咳払いをする。骨はカタカタと笑うような動きをした後、人差し指だけを立てて、横に軽く振ってみせた。


「やっと落ち着きはったかいな。ワイがカッコよくてビビる気持ちはわかるけど、もう少しどっしり構えへんと。そんなんじゃ周りに振り回されっぱなしになりまっせ」


 落ち着け俺。深呼吸だ。こんな地下室で殲滅級の魔法なんて使ったらダメだ。アイツはいつか完全にバラバラにして100匹くらいの犬に骨を一本ずつ食わせてやる。その時まで我慢だ。


 そんな俺の心の内なんてこのガイコツは全く気にかけていない。


 パキパキと関節を鳴らして体を揺すり、手足を思い切り伸ばして、筋肉をほぐすように軽く運動をしている。

 

 しばらくすると終わったのか、腰の辺りに手を当てて大儀そうに息をはいた。


「いや~、それにしてもこないな古びた城に来るなんて、兄さんもかなりの変人ですなァ」


 そうだった。すっかりペースを乱されてしまったが、此処に来た理由は緑オーガと古文書だった。あと、お前以上に変なヤツなんていない。


「なあ、この城にオーガが住み着いているって噂なんだけどさ、お前何か知らないか?」


「あ~、ちょっと待っててな……ネズミちゃんは、少し前に他所者が入ってきはったって言ってますなァ」


 骨のくせにネズミの言葉がわかるのか。変な骨だ。


 話を詳しく聞いてみると、それがオーガかどうかまでは判らないみたいだが、最近になって誰かが住み着いているらしい。


「そうか、じゃあこの城の何処かには居るんだな?」


 それが解れば十分だ。


 これ以上コイツに関わると何か色々大切な物が吸われていく気がする。さっさとこの空間から脱出しよう。

 

 俺は努めて後ろからの気配を無視してドアを開けて50段を一気に駆け上がり不完全な床の蓋を氷で丁寧に固めてやった。

 

 よし、封印完了だ。

 

「ほい、そんじゃ行きましょか」

 

「!?」


 ……と言う訳で、俺はガイコツと行動を共にする事になった。



* * *



 念のため一度中央階段に向かったのだが、まだ誰も戻っていなかった。地下と地上階では広さが全然違うから当然だろう。

 

 ただ待つのも退屈だしガイコツが構って欲しいと五月蝿いので、結局俺と骨は並んで別の場所へ向かう事になった。


「いや~、城内を歩き回れるなんて随分久しぶりやから嬉しいですわ。ほな早速1階から捜索しましょか」


 カシャカシャと音を立てながら白骨死体が歩く。弱い風が吹けばバラバラになりそうな歩みだが、バラバラになったとしても当然のように再生しやがるので心配は無用だ。むしろバラバラにしたい。

 

 魔界にも骨だけの魔物は存在する。しかしそれは一旦壊れてしまえば再生不能で、そのまま朽ち果てるのが普通だ。ごくまれに強い力を持つ固体も存在するが、骨を粉々にされてなお平気な顔して再生するなんて話は知らない。

 

「おいガイコツ。お前はこの城に住み着いて長いのか?」

 

「そ~やねえ。長いような、短いような。ワイ自分のことってあんまり良く知らんのですわ」

 

 過去の記憶は殆ど無く、目を覚ましたら俺が目の前に居たという。

 

「兄さんのお陰で目が覚めたんやろね。ホンマにラッキーやわ」


 目覚めの理屈は良く解らんが、俺はアンラッキーだ。

 

 この光景をフェリンが見たらどんなリアクションが返ってくるのだろう。サキの場合は俺ごと切り捨てそうで非常に怖い。リアは最初驚くだろうけど、平気な顔して挨拶しそうだ。


「そうそう、兄さんの他にも三人程お仲間が遊びに来てるみたいやね。目的は同じなんで?」


「ああ、用が済んだらすぐ帰るから安心してくれ」


 心配なんてしていないだろうけど。


「ん~」


 眉の間のやや下あたりを揉み解すような動き。なにやら考え事をしているらしい。いちいち仕草が人間臭いガイコツだ。

 

「探してるのは、オーガの男やね? ……うーん。どうもおかしいなァ。気配が見当たらんのですわ。お仲間三人の気配はよ~くわかるんやけどなァ」


 女の娘やろ? と当ててみせたガイコツの意見が正しいのなら、ここは空振りだったのだろうか。それならそれで早く帰れるからいいけどさ。


「ひょっとして、あそこへ逃げ込んだのかなァ。面倒なコトは勘弁して惜しいんやけど」

「隠し部屋でもあるのか?」


「そうなんですわ。他所モンはまず気付かない仕掛けなんですけどな、城主の隠し部屋がひとつ有るんです。その部屋はちょいと特殊なのでワイの探査に引っ掛からんのですわ」

「へー。それってどうやって入るんだ、お前知ってるんだろ」


「ほい。確か、え~と」


 汗を拭くような仕草は絶対に必要ないと思うのだが、どうも拘りがあるらしい。「ん~~~~~」と不気味な唸り声を出しながら腕を組んだガイコツは、散々待たせた挙句「忘れましてん」とやる気のなさそうな口調で答えた。


 がっしゃん。

 

「兄さんヒドイわ! いきなり人の体バラバラにするなんてアンタ鬼か!」


 うるさい。せめて体を元に戻してから喋りやがれ。



 先程からガイコツの進むままに歩いていたが、なかなか探索は終わらない。1階の通路は奥に入ると迷路のように無駄に曲がりくねっているので、単純なつくりの地下と比べて相当に広く感じる。一応各部屋に立ち入ってオーガの姿を確認しているけど、気配すら感じられなかった。


 6つ目のドアを開けて部屋に入ると、丸い形の井戸があった。

 

「……何も見えないな」


 自分の声が反射して幾重にも聞こえる。


 明かりの一つを井戸の底へと向かわせてみた。しかし光が点になるほど深く潜っても、まだ底までは遠いようだ。

 

「ここは山の上やから、めっちゃ深くまで掘らないと水なんて出ないんですわ。この井戸にしてもあまり使い勝手はよろしくないですし、ワイ汗っかきやから顔を洗うのも一苦労ですわ」


 白骨死体がどうやって汗をかくのか見てみたい気もする。

 

「……まだ届かないのか」


 ダメだ。これ以上深くはここからじゃ見えない。もしかしたら井戸の中に潜んでいるかもと思ったけれど……まあいいか。俺なら絶対にこんな所に隠れたりしない。

 

「ん?」

 

 井戸の淵に何やら文字が刻まれていた。引っ掛かるものを感じた俺は明かりを呼び寄せて顔を近づける。光に照らされたそこには、埃とカビだらけの文章が刻まれていた。

 

「"見目麗しくとも天寿天命は"……何だろコレ」


「ふむふむ、なんかワイの灰色脳みそとハートが囁きますわ。これは覚えておいた方がよろしいですぜ、兄さん」


 脳も心臓も見当たらない相手に言われても全然信用できないけどな。

 

「ま、いいか。大した長さでもないし」


 一応頭の片隅に残して、俺は探索を続けた。



* * *



 それからは本当に何のイベントも発生しなかった。相変わらず何の気配もしない空間は俺とガイコツが歩く音だけが響き、ネズミすら姿を見せない。無駄に歩かされたこのフロアも、とうとう最後の部屋を終えてしまった。

 

「まだ誰も来ていないのかよ……」

 

 集合場所の階段前に再びやってきたが、相変わらず誰もいない。

 

 幾らなんでも遅すぎやしないだろうか。フェリンにも会わなかったし、まさか何かトラブルでも起きたか? ……いや、あの妹に限ってそれはないか。リアもサキも、黙って負けるほど弱くないし。


「兄さん、そりゃ女のコはもっと時間掛かるでしょ。こないな薄気味悪い城内を女ひとりで探索させるなんて、兄さんも良い趣味してますなァ。『きゃー!』って言いながらネズミに追いかけられる姿を想像して、楽しんでるんでっか?」

 

 なんだよその悪趣味。

 

 そもそもあの三人はそんな気質じゃない。もしお前が見つかったら、悲鳴を聞く前に塵も残さず葬られる可能性の方が高い。そう教えてやったのに、骨には理解できなかったようだ。


「ほほう、そりゃますます面白いでんな。ガイコツの意地にかけても悲鳴くらい引き出してみせまっせ」

 

 そうニヤリと笑うと(何故か笑ったように見えた)ガイコツは階段を上ってゆく。

 

 放置するのは何となく不安なので、仕方なく俺も2階へ向かった。

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