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ex.1 不機嫌なメイドさん

 これは、ハイグレイ王国での騒動が終わってからすぐ後の話だ。

 

 国として正式に礼が出来なかったので、せめて個人として礼をさせて欲しい。そうじいさんに持ちかけられた俺達は、少しの間だけじいさんの屋敷に厄介になる事になった。


 森の館も居心地よかったが、本館はさらに立派な屋敷だった。じいさん自身は贅沢にあまり興味が無いらしいが、立場上国の来賓を迎えることも少なくないらしく、どうしても質素なつくりには出来なかったらしい。


 俺もリアも休息は必要なかったのだけど、サキは重症だったのでもう暫く休養した方が良いとのこと。治療を担当したリアの意見を尊重して、結局一週間ほど滞在する事になった。



 のんびりとした毎日はとても有意義だった。初めて食べる食材が並ぶ出店を気の向くままに制覇したり、カード勝負で見事にリベンジを果たしたりして、一週間はあっという間に過ぎようとしていた。

 

 

 そんなある日の昼下がり。俺は混乱の渦に叩き落とされた。



 サキの様子が変なのだ。



 何が変ってまず服装がおかしい。いつもの動きやすそうな服(灰色をベースに装飾が施された上着と、腿の半分あたりまでを覆う厚手のスカート風の衣服)ではなく、爺さんの屋敷でもチラホラ見かけた侍女服に身を包んでいる。ストレートに言ってしまえばメイドさんの格好だ。いつも尾のように縛っている髪を下ろした上にレースつきのカチューシャまで装着済みで、妙に気合が入っている。


 変なのは格好だけじゃない。普段は喜怒哀楽を表情で示すことが少ないサキが、俺を睨み付けている。それも結構凶悪に。正直に言えばちょっと怖い。

 

「…………。サキ?」

 

 一体どういう事なんだろう。事情を知っているらしいリアが「大丈夫ですよっ」と能天気な顔で笑っていたが、何度見てもサキの表情は俺を睨んでいるようにしか見えない。

 

 ちっとも大丈夫だとは思えないんだけど。

 

 リアはそのままどこかへ行っちまうし。自分だけ逃げたんじゃないだろうな。

 

 一撃で俺を地獄に叩き落とせる力を持っているとはいえ、サキも女の子だ。リアとはタイプが違うけれど、コケティッシュな格好をすれば感心するほど可愛くも見える。これで微笑みのひとつも浮かべたら、きっとすれ違う誰もが振り向くだろう。

 

 こんな表情(かお)さえしていなければ。

 

 猫のようにつりあがった目で睨むその様は、かなり迫力がある。

 

 居心地が悪そうに立ち尽くす俺とその俺を何故か睨み続けるメイドさんは、人が多い通りのど真ん中で明らかに浮いていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 事の発端は昨日のことだった。夕食が終わった頃に声を掛けてきたサキは、俺にどうしても時間を作って欲しいと頼んできたのだ。もともと用事らしい用事なんて無かった俺は、軽い気持ちで頷いたんだけど……。


 これは選択を誤ったかもしれない。


「レオン様」


「……なんでしょう。サキさん」


 突然の様付けにかなり面食らう俺。何か怖いのでこっちも敬称をつけてみる。


「本日はレオン様のお世話をさせていただきます。至らぬところは御座いますが精一杯ご奉仕させて頂きますので、どうかよろしくお願いいたします」


 折り目正しく礼をするメイドさんの頭頂部がこちらを向き、スッと元に戻る。そしてその目はやっぱり俺を睨んでいる。


 うん、これは夢だ。多分悪夢だ。絶対最後に酷い目に遭って目が覚めるパターンだ。


「……」


 古典的ではあるが頬を思い切り抓ってみた。何故か頬が痛かった。


「レオン様?」


 下手な事を口にした瞬間に殺されそうな眼力。ここは話を合わせたほうが良いのだろうか。


「何なりとお言い付け下さい」


「……じゃあ、お腹空いたからご飯食べたい、とかでも良い?」


 自分で言うのもなんだが、かなり腰が引けている。


「かしこまりました。焼き物、揚げ物など具体的なご要望は御座いますか?」


 首を振った俺に軽く頭を下げたメイドさんが、パンパンと手を打ち鳴らす。すると何処からともなく豪華な装飾を施された馬車がやってきて目の前に止まった。


「……随分本格的だな」


 メイドさんに促されるままに乗り込むと、馬車は静かに走り出した。




* * *




 およそ10分ほど、心地悪く感じる揺れに身を任せていた。揺れが静かに収まって馬車が静止する。御者台の後方に座っていたメイドさんが扉を開けて大仰に傅いた。

 

「到着いたしました。足元にお気をつけ下さい」

 

 言われるままに馬車を降りた目の前には、ミニチュアの城を思わせる豪華なつくりの建物があった。扉の前には高級そうな衣服に身を包んだ男が二人いる。扉に近づいた俺に深々と一礼をした彼らは、どうやら店の重役らしい。

 

「大切なお客様のご歓待に当店をご利用いただき、真に有難う御座います。サキ様」


 俺に付き従うように歩くメイドさんの会話が微かに聞こえた。よくよく考えるとサキは国王を補佐するじいさんの傍に常に控えていた人物だ。その関係でこんな店にも顔が利くのかもしれない。

 

 サキが何と返事したかまでは聞こえなかったが、背中に感じる視線が未だに少しも和らいでいないことだけは良くわかった。


 今日はまだ何も食べていないせいか、胃がキリキリと痛い。


「こちらで御座います」


 案内された部屋は、かなりの大人数が収容できそうな広い空間だった。白と金で眩く彩られた部屋の中心を割るように長いテーブルが鎮座し、清潔そうなシーツが敷かれている。その上には豪華な装飾の蜀台が等間隔に配置されていた。


 素早く豪奢な椅子を引いたメイドさんに促されてど真ん中の席に座る。当の彼女は当然のように俺の後ろで立ったまま静かに佇んでいた。視線が突き刺さって非常に居心地が悪い。

 

「なあ、お前は座らないのか?」


「わたくしはレオン様にご奉仕する立場にあります。お気になさらず、どうかごゆっくり食事をお楽しみください」


 だったらせめてその眼力をもうちょっと緩めて欲しい。


「……むう」

 

 無理にでも椅子に座らせないとどうも落ち着かない。俺は何度か座るように促したのだが、結局は暖簾に腕押しだった。

 

 次々と運ばれてくる煌びやかな料理を無駄にしてしまう訳にも行かず、結局は一人で手をつける事になったのだった。




* * *




 料理はどれもかなり美味かった。今まで出店巡りが殆どだった俺にとって、この世界の高級料理は初めての連続でとにかく凄かった。自分のボキャブラリーの無さがちょっと恥ずかしいけど、そんな言葉しか思いつかない。


「ご満足していただけましたでしょうか、レオン様」


「ああ、もう食べられないくらいに食べたよ。美味しかった。」


 これは偽りの無い本心。実家の料理人にも見習わせたい程文句無く素晴らしかった。


 ただ、食事中もこのメイドさんの様子が終始気になって仕方がなかったけれど。

 

 冷静になってみれば感じる視線に敵意は無い。ただ、ものすごく緊張しているように思える。


 俺の返事を聞いて少しだけ頬を緩めたメイドさんだが、すぐ元の顔に戻ってしまった。


「それでは、他に希望されることは御座いますか?」


 これ以上黙って話を合わせても疲れてしまう。弱り果てた俺は少し考えて、希望の場所を告げてみた。

 

「……かしこまりました」

 

 一瞬だけ俺の意図を考えるような間があったけれど、メイドさんは大人しく俺の言葉に従ってくれた。

 

 

 

* * *

 

 

 

「おー、絶景だな。風も気持ちいいし、気に入ったよ」


 今は昼を大分過ぎて、太陽がそろそろ落ちようかという頃。


 賑やかな場所から少し離れたところにある小高い山の上は、心地よい風が吹いていた。国の外観が見渡せるこの場所からは、つい先日騒ぎの中心となった王城も見えている。「仕事の量が洒落にならない」とぶつぶつ言っていたグレイスは、今頃もじいさんに尻を叩かれているのだろうか。王様って大変だよな。



 相変わらず俺の背後に控えていたメイドさんの方を振り向く。俺を強く見詰めていた顔がすぐに下を向き、「何なりとお申し付けください」と硬い声で俺に告げた。


「正直に答えて欲しい」


「はい」


「何をそんなに緊張してるんだ?」


 このままでは埒が明かないので、正直に質問する事にした。俺の質問に固まってしまったメイドさんは、ばつが悪そうに目を逸らした。


「用意してくれた食事は本当に美味しかったし満足している。けれど、お前がそんな状態だからそっちの方が気になって仕方がないんだ。これ以上続けるのなら、せめて理由を教えてくれないか」


「……何か至らない所が」


「そうじゃないっての。あとこれ以降敬語は禁止な。いつもの言葉で喋ってくれ」


 どうして急に態度を変えてしまったのだろう。最初は手の込んだ悪戯の可能性をずっと信じていたんだけど、どうやら違う。結局は幾ら考えても解らないので、もう直接聞くしかない。


 暫く沈黙していたサキが口を開いたのは、景色が茜色に染まり始めた頃だった。




「レオンにお願いがある、なの」


「お願い? 叶えられるかどうかは知らないけど、聞くだけは聞くぞ」


 それが突然メイドさんになった理由なのだろうか。聞くのが少々怖いけれど、ここで有耶無耶にする訳にもいかないので先を促した。


「わたしが二人に付いて行くことを許して欲しい、なの」


「……え?」


 あれ? それってつい先日リアが手放しでOKを出したハズじゃなかったっけ?

 

 俺の驚いた顔をどう解釈したのか、サキは懇願するように一歩進み出る。

 

「お願いなの。私も色々と世界を見て回りたい、なの」

 

「ちょっと待て、俺それ反対してないだろ?」


「……なの?」


「え?」


 傍からみればアホみたいな会話だと思うが、結局はそんな話だった。

 

 

 

* * *

 

 

 

「いや、確かに俺はあの時返事をしなかったけどさ。別に反対もしていなかっただろ?」


「……レオンはいじわる、なの」


 なんだよそれ。

 

 俺は悪くないと思うけど、今日は色々とご馳走になった事だし黙っておく。サキが今日ずっと怖い目をしていたのは、俺がその話を断ったらどうしようと真剣に悩んでいたかららしい。


「でも、どうしてメイドなんだよ」


「主様とグレイス様が、レオンは絶対メイドさんの言うことなら頷いてくれるって言ってたの」

 

 なるほど。後であいつらを殴りに行こう。

 

 理由を知って体の力が抜けてしまった。再び絶景の方に振り返ってぐっと体を伸ばすと、凝り固まった体に血が巡ってゆく。こんなコトなら最初からちゃんと理由を聞いておけばよかった。そうすればきっとあの食事も、もっと美味かったに違いない。

 

「あと、もうひとつ言いたい事があるの」

 

「ん? なんだ?」


「助けてくれてありがとう、なの」


 サキは後ろから、そっと俺の背に抱きついてきた。


「レオンにもリアっちにも、本当に感謝しているの。今日はそれをどうしても言っておきたかった、なの」


「……サキ」


「今日こんな事をしたのは、少しでもお礼をしたかったから、なの。食事は主様とグレイス様が用意してくれたの」


 そうだったのか。

 

 振り返ると少し恥ずかしそうにしているサキがいた。つい出来心からその頭を撫でてみたら、気持ち良さそうに目を細めてくれた。

 

「なんだかレオンは主様に似ている、なの」


「そうか?」


 あそこまで飄々としているつもりは無いけどな。


 結局、日が沈むまで俺達はそこに居た。じいさんの屋敷に帰った俺達に、独りで寂しがっていたらしいリアが泣きついてきたところは割愛する。今日は何だか疲れた。

 

 

 

* * *

 

 


 これで話が終われば良かったのだけど。この日はまだちょっとしたオマケがあった。



 夕食も済んで部屋でノンビリしていた俺の所に唐突にじいさんが侵入してきて「一緒に風呂に入らんかの?」と誘ってきたのだ。

 

 じいさんは風呂が大好きらしく、自分の屋敷にある浴室は結構こだわって造ったらしい。じいさん自らが設計したという浴室は、王室の設備に引けを取らないほどの大きく豪華なものだと自慢していた。外の風景を一望できる露天風呂や焼き石を使ったサウナなんかも有るみたいだけど、ここに見える様々な色のお湯に一通り浸かるだけでもふやけてしまいそうだ。


「ふぃー、極楽極楽。どうじゃ、温泉とは良いものじゃろ?」


 今は泡がパチパチと弾ける炭酸入りの湯船に浸かっている。初めての感覚だけどなかなか面白い。じいさんは心臓に良いとか疲れが良く取れるとか小難しいことを言っていたが、要するに体に良い温泉らしい。


「ああ、ただのお湯に浸かってるより気持ち良いな。けどさ、ちょっと熱くないか? そろそろ出たいんだけど」


 40度以上あるこの湯に入ってから既に30分以上は経過している。変わらず涼しい顔をしているじいさんとは違い、鏡の中の俺は既に顔が真っ赤になっていた。


「まーまー、もうちっとだけ、な? 裸の付き合いも良いもんじゃろ?」


 さっきからずっとこの調子だ。このままだと本気で茹で上がっちまう。無理やりにでも出てしまおうと企んだ俺と何故かそれを邪魔するじいさんは、そんな見苦しい攻防を何者かが入ってくるまで続けていた。

 

「あん?」


 誰だろう。俺は入り口の方に振り向いた。


 ぺたぺたと濡れる石の上を歩く音が響いて聞こえる。侵入者は俺の目の前まで歩いてくると、丁寧にお辞儀をした。


「あ、あの。お背中をお流しします、なの」



 ………………………………………………………………は?



「おお、やっと来たか。よしよし、それじゃワシはお先にあガッ」


 ごく自然に俺を置いていそいそと出て行こうとする後頭部に風呂桶を投げつけた。見事に頭から転んだジジイに駆け寄る。

 

「な・に・を・か・ん・が・え・て・や・が・る?」


「なにって、今日は(・・・)おぬしの世話をするとサキが言っていたじゃろ?」


 何故かニヤニヤ笑いを浮かべやがったクソジジイ。さっきから俺を無理やり引き止めていた理由はコレだったらしい。

 

 サキはひどく恥ずかしそうにしながら、白い体に大きめの布切れを巻いて胴体を隠している。細身ながら胸や腿の辺りで布がはだけないようにしっかり握っているその姿が、妙に扇情的というか目を奪われるというか、いや何考えてるんだ俺。


 良く解らない何かに精神を乗っ取られていたらしい。既にじいさんは何処にも見当たらず、何故か俺はサキの言われるままに風呂椅子に座っていた。




「……。」

「……。」


「…………。」

「…………。」


 なんだろう、このまな板の上の鯉になったような感覚は。

 

 この状況がもしも王国の連中(特に国王)にバレようものなら本気で魔王討伐隊が結成されるかもしれない。現実はちっとも癒されないというか、サキの緊張がヒシヒシと伝わるというか。抽象的に言うとHPが減っていく気がするけれど。

 

 サキはただひたすらに俺の背中を磨き続ける。どうすれば良いのか判らないので俺はただ身を任せるしかない。気を紛らせようと声を掛けても、全く返事すらしてくれないし。


「サキちゃん? あれ、もう先に入ってるのかな」


 そして扉越しに聞こえた謎の声。もとい勇者の声。

 

 湯から出て引いていた汗が、全身から一気に吹き出てきた。

 

 今思い出したのだが、この温泉は時間帯によって男湯と女湯が入れ替わるらしい。

 

 マズイ。このけしからん光景を見た時の勇者の行動が容易に想像できる。何とか言い訳を考えないと、このままだと暗い未来しか描けない。

 

 もう少しソフトに表現すると、多分俺は殺される。あれちょっと何言ってるのか解んなくなってきた。

 

「……いやいや、落ち着け俺」


 待てよ、違うよ俺悪くないよ。考えたらこの状況はただじいさんにハメられただけだし、サキの格好だって俺が強要した訳じゃないんだし。冷静になって話を聞けばいくらあのリアだって理解できる筈だ。そうだよな?


「サキちゃーん。いるー? ラインハルトさんがここだって――」


 ガラッ、と扉を開けた小さな手が、その形のまま硬直した。やあ。いいお湯だよ。


「…………。」


 予想通り出現した勇者の格好は、サキよりも更に際どかった。

 

 具体的に言えば小さなタオルで胸から下を辛うじて隠しているだけというか、もしも後ろに回り込めば肌色しか見えない姿というか、綺麗だとは思っていけど本当に透き通るような肌だとか、意外にも胸はそんなに小さくないとか、だから俺は何を考えてるんだ。

 

 そして、お前は何故風呂場に聖剣を持ち込んでいるんだ。

 

「っきゃああああああああああ!!!!!!!!?」


 という訳で、俺達がこの国から出発する予定は少しだけ延びた。

読んでくださってありがとうございます。


書きたかったシーンが一つあったので、それを書く為にこの話を作ってしまいました。


次はちゃんと2章を投稿したいと思います。

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