18.「終わりだ終わり。もう次へ行こうぜ」
瞼をゆっくりと開いたじいさんに飛びつくように抱きついたサキは、まだ回復しきっていない体も手伝って、腕の中ですぐに眠りに落ちてしまった。全ての緊張が解けたお陰か、その寝顔は先程までと違ってとても柔らかなものになっていた。
少し照れた風に「ほっほ」と笑って大切そうにサキの頭を撫でるじいさんは、事情を知って驚いた様子だったけれど、皆が無事だったことが何よりだと喜んでいた。
暫くして落ち着いた面々を前に、グレイスとじいさんは「是非御礼がしたい」と城に俺達を招待してくれた。結果的に国を救ったことになってるらしい俺達に、王様からお褒めの言葉や褒美を頂戴する話が持ちあがったらしい。けれど堅苦しいのは嫌いだし肝心なところで何もしていなかったので、辞退した。
結局は立場上断れないサキだけが盛大に祭り上げられ、そのことで文句を言われたのは、まあ余談だろう。
* * *
「サキちゃんには深く考えないで、って言われたんですけど……」
サキを称える式典の歓声が微かに聞こえる城の片隅で、リアは困った風に笑った。
さっきから浮かない表情をしているのは、ずっと考え事をしていたせいらしい。
「結局、私はどうすれば良かったんでしょうか」
そう俺に問いかけたリアは、懺悔するように目を伏せた。
あの時リアは多くの人を守ることを選択し、サキは一人を守ることを選択した。
どちらも己が正しいと信じ、どちらも譲れない両者。双方が満足する手段が存在せず、必ずどちらかに身を置くしかない時、傍観を許されない勇者が取るべき正解は何なのか。
リアは「いくら考えても解からないんです」と呟いた。
「レオンさんが私の立場だったら、どうしましたか?」
もしもグレイスが語り部じゃなかったら、なんて仮定の話で思い悩んでいたらしい。
魔王に勇者の教育が勤まるとも思えないけれど、リアが余りに思い詰めた表情をしているので、話に付き合ってやることにした。
例えばさ、と前置きする。
「もし、グレイスがじいさんを助ける事が出来なかったなら。宝玉をぶっ壊すしか道がないのだとしたら、サキはそうしただろう。お前はそれを黙って見ていられたか?」
「……ううん、なんとしても止めようとした、と思います」
「サキが悲しむとか、じいさんが助からないとか解かっていて、それでもお前はサキを止めようとした。この国の連中を守りたいと思ってそう決めた。そうだろ?」
「……そう、です」
「それはお前の中にある価値観がそうさせたんだろ? 同じくらい大切だとしても、お前はほんのちょっとだけ平和を守る側に傾いていたんだよ」
「……。」
「サキだって同じなんじゃないか? 国の連中が困る事も、ひょっとしたらじいさんにまで怒られる可能性もあると解かっていて、それでもじいさんを救う為に宝玉を壊すという道を選んだのは、そっち側に傾いていただけなんだと思う。ここまではいいか?」
「はい。でも私には、どちらが正しいのか解からないんです」
どちらかが善、という考え方は魔物という解かりやすい敵としか戦っていない勇者だからなのかもしれない。
「お互い様なんだよ。サキも言っていたんだろ? 深く考えるなって。どっちが良いとか悪いとか、立場が変わればどんなものだって解釈は全然変わるだろ。だから、自分が正しいと思うほうに進むのが正解だと思う」
「自分が正しいと思うほう、ですか?」
「そう。だからお前の質問に対する俺の答えはリアの信じた道、つまりサキをぶん殴って止める、だろうな」
「わ、わたしそんな事しませんよっ」
まあ、とにかくだ。完全な答えがない問題にいくら突っかかっても袋小路に迷い込むだけ。リアは勇者だからか自分よりも"正義"ってやつに拘る節がある。だから今回みたいな場合はどこまで考えても答えなんて出ないだろう。
「でもっ、それじゃ絶対にどちらかが悲しい思いをしますよね」
うん。俺が言った答はそういうことになる。そしてリアが求めた答えは、きっとどちらもがハッピーエンドを迎えられる選択肢なんだろう。欲張りなヤツだ。
「なら、お前がもっと凄いヤツになるしかないよな。今回の場合、宝玉に頼らずじいさんを治せたなら、それで終わった話なんだ。そう考えると簡単だろ?」
どんな無理難題にも手を差し伸べられるようになるなんて、俺にはとても出来る気がしないけどさ。お前がなろうとしているのは人間が崇める神みたいなものだし。
「…………誰かを助けるって、難しいですね」
「そんな悩むなって。じいさんもお宝も無事だったんだからそれで良いじゃん」
「うー、だって……」
まだスッキリしないわからず屋にデコピンをプレゼントしてやった。
「終わりだ終わり。もう次へ行こうぜ」
何だそのいかにもビックリしましたって顔は。そんなに痛くなかったろ?
「あ。えと、」
「今度は何処へ行くんだ? もうこの国に居たってすること無さそうだしな」
今度はもっと気楽に暇を潰せる展開を望みたいもんだ。
「そなの。もう一生分褒められてうんざり、なの」
「うおっ!?」
突如乱入してきた声に素でびびった。
ん、とピースした手をこちらに向けている真っ赤髪の頬までが少し赤みを帯びているのは、恐らく主に無理やり飲まされたせいだろう。
「サキちゃん! あれ? 式典は?」
「もう皆べろんべろんのぐでんぐでん、なの。あれはただ騒ぎたかっただけな気がするの」
意識を向けると、主賓が居なくなっているというのに遠くに感じるドンチャン騒ぎテンションが収まる様子はない。完全に宴会モードに突入しているみたいだ。子供王と呑気じいさんの笑い声が一際大きく木霊しているのは空耳だと思っておこう。
「というわけで連れてって、なの」
主人の傍にいなくて良いのかという俺達の問いに「問題ないの」という一点張りしか返ってこない。
「ね、レオン。リアっち。お願いなの」
「サキちゃん……いいの?」
「前に言ったはずなの。二人の事気に入ったって」
その言葉にびっくりしたように眼を大きくしたリアだが、やがて大きく頷いた。
「うんっ! サキちゃん。これからも宜しくね」
「こちらこそ、なの」
……ま、いっか。
* * *
その日の夜遅く。
既に戦場跡と化した式典会場の片隅で、二人だけが生き残っていた。
「あの子は大層私の事を慕ってくれております。それはとても嬉しいことです。しかし、今回の一件を知って、サキに対する一つだけあった懸念が現実のものになったと思ったのでございます」
サキはラインハルトという人物を絶対的な第一位に据えている。その考え方が、サキを今回のような行動に走らせてしまったのだろう。運良く事無きを得たものの最悪の結果も十分有り得た、と再び元の座に就いた老人は若干落ち込んだ表情をしてみせた。
「サキはこの老いぼればかりを大切にしすぎて、自分を余りにも軽視している。王もそう思われたとこはありませんかな」
「ああ、それは僕も良く解かる気がするよ」
主に寄り添うサキの姿を思い出してグレイスが相槌を打つ。死屍累々と酔っ払い共が寝そべる光景の中、余っていた野菜スティックを手で掴んでパキッと齧った。
「ふと思ってしまうのです。もしも私が居なくなったら、あの子は空っぽになってしまうのではないか、と」
シャリシャリと野菜を噛む音だけが響く。行儀の悪いそれに老人が一瞬眉を顰めたが、今日くらいはいいかと自らもひとつ手にすると、一気に半分を口にした。
「それで、リア殿達と同行を?」
「はい。彼らとは初対面とは思えない程にサキが打ち解けておりますからの。彼らに同行して世界を回ることで、大事なものを見つけてくれればと」
「鬼の目にも涙、か」
「なんですかな?」
聞こえないような声だった筈なのに素晴らしい地獄耳だ。グレイスは肩を竦めて「何でもない」と惚けて笑った。
「娘を授かることが出来なかった私にとってサキは実の娘も同然ですからの、寂しいという気持ちは当然ありますが……ほっほ」
「わが国としても偉大な守護天使を一時的に失う事になるのか。まあ、じいが決めた事だ。仕方がないと思って諦めるよ」
「心配要りませぬ。語り部の力がこの国を守ってくれるのですから。……何時の間に語り部として覚醒なさっていたのかは、この際不問に致しましょう。まさか勤めが面倒くさいから黙っていた、などという理由では間違ってもないでしょうし」
「はっはっは。眼が笑っていないよ?」
「笑っておりませぬからの」
何処に隠していたのかどさりと突き出された今後のスケジュールには、語り部としての勤めもキッチリと記されていた。
「…………。秒刻みはやりすぎだと思うんだけど」
幼い王はちょっとだけこのジジイを助けた事を後悔した。
「明日からまた忙しくなります。王もサキが居なくなることを寂しがってばかりはいられませんぞ?」
思わず噎せ返ったグレイスを、自称親代わりは面白そうに見ているのだった。
今回で一章完結です。
ここまで付き合っていただいて、本当にありがとうございます。
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