表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/58

17.結末

今回は前半に残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。

 咆哮は、唯一の出口のすぐ向こうにまで迫っていた。



 出口はひとつ。正面から戦って勝てる相手だとは到底思えない。まださっきの鬼のほうが可愛く思える程に、サキは壁越しのプレッシャーを感じていた。戦おうにも擦り切れた雑巾のような体はもう満足に動かない。逃げる道も無い。隠れる所なんてあるわけ無いけれど、それでも探す。

 

(もう少しでゴールなのに。もう少しで、主様が助かるというのに――)



 ――グオオオオオアアアアアアアア!!!!!!!



 サキの胴より何倍も太い四肢で地面を揺らしながら、火竜が姿を表した。


 足が、竦む。


 剣を取ってから今まで、どんな相手にも恐怖を感じなかったのに。サキの歯がカチカチと乾いた音を立てる。


「あ……う……」


 守護者が罪人を裁きに来たのだ。


 真紅の鱗を持つ巨竜がサキの姿を認め、凄まじい怒気を叩きつけてくる。


 サキの顔ほどもある目玉が凝視しているのは、手にした宝玉。


 刀身が情けなく震える。全身が疲労と激痛でまともに動かない。


「ぐッ」


 出口は守護者の背後にのみ。


 手にした宝玉を隠すように胸に抱き、激痛を噛み殺してサキが駆ける。


(主様の命は、もう残り少ない。絶対にこの宝玉の力が必要――)


 ――ガアアアアアアアアアッ!!!!!!


 薄暗かった空間が眩い白色で染まる。突如膨れ上がったとんでもない熱量が全身に襲い掛かる。サキの体が意識から離れてのたうち回った。


「――――――――っ!!!」


 直撃したら骨も残らないような炎が目の前で炸裂したのだ。人の形が保たれているだけでも驚きだったのだろう。竜がそのぎょろっとした目を不満げに細め、巨体をゆっくりとサキに向かって進めた。


 ヒッ……ヒッ……ヒッ……


 喉を焼かれ、奇妙な音にも聞こえる苦悶の声は、サキ自身にももう聞こえていない。


 うつ伏せに倒れこんだまま、宝玉を守るように握り締めた。


「――が―、―の」


 右の手が地面の石畳に爪を立てる。


「お―がい、だ――」


 体を起こそうとして、力を入れた左腕が動かない。


「おねが―、だから、主―を、助――、わたし―、どう――――、いい――」


 色が失われたサキの視界に映る守護者が、獲物を冷徹に睨みつける。縋るように口にした言葉を聞き入れる筈も無く、その巨体は止まらない。


 悪夢のように巨大な足が、サキの体に圧し掛かった。


「が、ぁあああああああああッ」


 跳ねた手からことり、と宝玉が転がり出てしまう。必死に手を伸ばしても届かない所にまで行ってしまった。


(――死ぬ。ここで終わってしまったら、何よりも大切な人が、死んでしまう)


「だめ……なのっ」


 ギッと噛み締めた口から鮮血が流れる。ぽろぽろと涙を流しながら、必死に巨大な足から逃れようと足掻く。


「――けて。―――、誰―、―け……て」



 ――グアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!






 ふと、サキが体に感じていた絶望的な戒めが消失した。直後に巨体が地面を揺るがす音がして、パラパラと小石が辺りに降り注いだ。


「……トカゲ相手に、こんなにもムカついたのは初めてだ」


 霞む視線の先に、別れたはずの人物が居た。酷く傷ついた体を抱き起こし、不機嫌そうな顔でサキを見つめていた。


「―――、――?」


「いい。ちょっと大人しくしてろよ」


 魔王がそっと眼前に手をかざすと、そのままサキの意識は彼方へと沈んでいった。





* * *





「だいじょぶです。あとは安静にしていれば数日で回復するはずです」


 リアは心底ホッとした顔でサキの体に毛布をかけた。あの後すぐこの隠れ家に戻ってきた俺は何もやっていないように見えたかもしれないが、とにかく疲れている。


 ああ、まったく。コイツらと一緒だとトラブルが大挙して押し寄せてくるのは絶対に気のせいじゃない、と声を大にして言うが誰も聴いちゃいない。


「なんでドラゴンなんかと戦わなくちゃならなかったんだ。ったく……」


 酷い目に遭った。レッドドラゴンなんて久しぶりに見た。耐久力がハンパない相手なのでやり過ごそうと思ったのに、良く見たらサキが足元に居たのだ。何であんなのが居たのか良く解らないけど、俺が不幸だったという事は間違いない。


「きっと宝玉を守ってる守護者だったんですよ。それにしても大変そうでしたね~」


「そう思うんならお前も手伝えよ!? 何であんな厄介なのと俺一人で遊ばなくちゃならないんだよ!!」


 見てみろよホラ此処、と有り得ない火力で焦がされた服の端をプラプラさせて見せてもちっともリアには効果がないので諦めるしかない、というか泣き寝入りに近い。


 まあ、リアはじいさんの看病をずっと続けていたから仕方ないんだけどさ。


「それで何処に飛ばしちゃったんですか? サキちゃんをこんな酷い目に合わせたんですから、ちゃんとお仕置きしたんですよね?」


「あのトカゲ、そんな遠くに飛ばされるほど軟な体してねえっつーの」


 ムカムカした感情を込めた右ストレートをあの竜にブチ込んで、通路から強制的に退かしたに過ぎない。まともに相手してたら冗談抜きで決着前に日が暮れる。その間サキを放置する訳にもいかないだろ?


 恐らくあの地下神殿の端辺りで目を回している筈だけど、もう二度と行く予定は無いからどーでも良い。ツノ折っておいたし。


 目の前で横たわるサキが大事そうに握り締めている宝玉が、光を反射した。眠っているにも関わらず、まるで硬直したように握って離さないので、そのままにしてある。


 くー、と息を立てて眠るその姿は平和そのものだが、体はリアが悲鳴を上げる程ボロボロだった。


「ったく、無茶しやがって」


 サキが誰と戦っていたのか、おおよその予想はつく。


 じいさんを助けるためにドラゴンとまで戦っているとは思わなかったけど。


 ついでに言うと、何故か柱の影に転がっていたオマケも想定外だった。


「なあリア、あの子供はどうなってる?」


 思い切り無視しても良かったのだが、発見してしまったので仕方なくサキと一緒に運んだ人物はグレイスⅣ世。少し前まで闘技場で偉そうにしていた子供だ。


「誰が子供だ無礼者」


「なんだ生きてたのか」


 少し前に意識を取り戻していたグレイスが、小憎らしい視線を向けながら部屋に入ってきた。リアの治療が一段落したらしい。


「ふん、大体の事情はリア殿に聞いたよ。僕がじいを……ラインハルトを処刑しようとしていたと聞かされたときは驚いたけどさ」


 その姿はやっぱり小さいけれど、グレイスが見せた表情は前までのイメージと随分違う。本当に辛そうに目を伏せるその姿は、自分の事だけを考えて喚き散らす子供とは別人のように思えた。何か変なモノでも食べたんだろうか。


「あの男は、サキが?」


「金髪ヤローのことを言っているのなら、本当のところは俺も知らん。サキに後で聞いたらいい。俺が見たのは馬鹿でかい火竜だけだ」


 俺がその場に到着した時にはもうヤツの姿は見えず、サキは竜の下敷きになっていた。だから今は想像するしかないけれど、サキの状態を見る限り、かなり激しいやりとりがあったんだろう。


 グレイスは一つ大きな息を吐いて、目を瞑った。


「やっぱさ、僕の責任なんだろうね」


 俯き加減で呟くグレイス。何が? と尋ねるとしぼんだ声色が続いた。


「じいやサキがこんな目に遭ったことだよ。僕がもっとしっかりしていればと思うと情けないよ。……それで、じいを救うには宝玉(それ)が必要なんだ?」


「ええそうなんです。でも――」


「いいよ」


 何でもないように言い切られたせいで、理解するまで大分時間が掛かった。理解しても意味がわからなかったけど。

 

「いろいろ小言ばかりでうるさいヤツだけど、居なかったら物足りないしね」


「でも、それでは宝玉が」


「さっきリア殿はこの宝玉を壊して使うって言っていたけれど、それ間違いだから。僕なら壊す必要なんて無いからね。今のじいを治す程度の奇跡なら、宝玉に影響があってもせいぜい暫く国に渡る息吹が微減するくらいだと思う。リア殿が進行を食い止めていてくれたお陰だよ、ありがとう」


「「え?」」


 ハモッた。


「僕は“語り部”だからね」


 まるで悪戯に成功したような得意気な顔をして、グレイスは笑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ