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消された天下人〜歴史から消えた男と、消えかけた男〜  作者: チャプタさん


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第32話:次代の光

第32話:次代の光


 永禄五年十月上旬の摂津国(せっつのくに)は、どこまでも高く澄み渡る爽やかな秋晴れに包まれていた。

 北摂の山々を渡る涼やかな秋風が、芥川の清流をささらと波立たせ、山裾に広がる雑木林の木々を、赤や黄色の鮮やかな錦へと染め上げ始めていた。

 街道沿いには、刈り取りを待つ黄金色の稲穂が頭を垂れ、遠くの村々からは新米を炊く木煙の芳しい匂いが立ち上っていた。

 悠真は二の丸から派遣され、西国街道を見下ろす山城の巨魁・芥川山城(あくたがわやまじょう)の急勾配の山道を登っていた。

 背負った太い革袋の中には、北摂津の作徳米ならびに過所関銭目録、二の丸で悠真が考案した分類棚の模型、そしてアラビア数字を用いた新しい集計帳面が納められていた。

 芥川山城は、当主・三好長慶がさきに飯盛山城へ居城を移すまで、三好政権の根本拠点として機能していた要衝の城であった。現在は、長慶の嫡男であり、将軍足利義輝より「御相伴衆」の栄誉を授かった三好新九郎義興が、摂津守護代としてこの城と北摂の地を統治していた。

 悠真が芥川山城へ向かった理由は、義興本人からの直接の要請であった。

 さきに京の相国寺で悠真と出会った義興は、二の丸で悠真が実践している「分類棚による文書管理」と「アラビア数字を用いた収支計算」の噂を聞きつけ、自らの居城である芥川山城の直轄領行政にも、その先進的な知恵を導入したいと熱望したのだった。


 大手門を潜り、本丸へと至る曲輪群に入ると、悠真は城内に漂う独特の活気と青々とした熱気に息をのんだ。

 飯盛山城が、長慶の悲壮なまでの不眠不休の仕事によって重苦しい緊張感を漂わせていたのに対し、この芥川山城には、若い武士や奉行たちのハツラツとした掛け声と、前向きな笑い声があふれていた。

重厚な石垣のあちこちには、新しい竹柵や多門櫓が補修され、若き当主・三好義興の放つ明るい人望と光が、城全体をあたたかく照らしていたのだった。


「天野殿! 遠路遥々、よくぞ芥川まで赴いてくれた!」

本丸の執務室で悠真を出迎えた義興は、さきに相国寺で会った時と同じ、萌黄色の小袖を優雅に纏い、太陽のような眩しい笑顔を悠真に向けた。

二十二歳の義興は、悠真の手を自ら両手で固く握り締め、部屋の上段へと招き入れた。

義興の手は温かく、若々しい情熱に満ちあふれていた。

「さあ、天野殿。遠慮はいらん、こちらへ座られよ。わしはな、そなたが二の丸で編み出したという『帳面の知恵』を学ぶのを、首を長くして待っていたのだ」

義興は文机の上に、自らが治める北摂津の『作徳米ならびに過所関銭目録』を広げた。


悠真は感動を抑えながら、自らが持参した小さな木製の分類棚の模型と、アラビア数字による集計の手法を義興に説明し始めた。

「義興様。従来の帳面では、年貢の計算と関銭の割当が別々の紙面に書かれており、確認漏れが生じやすくなっております。こちらの分類棚を導入し、さらにこの新しい数記号を用いて縦横の表にまとめれば、複雑な撰銭の計算も一目で誤差が見抜けます」

悠真の言葉に対し、義興の態度は驚くほど真摯であり、かつ呑み込みが早かった。

義興はただ家臣に命じるのではなく、自ら太い細筆を握り、和紙の上にアラビア数字の形(1, 2, 3……)を真似て書き込み、算盤を弾いて計算の理屈を確かめた。

「ほう……! この数字の並びを使えば、十の位や百の位の桁がひと目で分かり、計算違いが一発で見抜けるわけか! 素晴らしい……! これを使えば、芥川の領民たちから預かる年貢の計算も、一文の誤差もなく公平に定められるな!」

義興は目を輝かせ、子供のように無邪気に歓声を上げた。

悠真は義興のその瞳を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。

義興は、血筋や格裁を鼻にかけるような若君ではなかった。

民を苦しめず、国を正しく動かすための知恵であれば、相手が身分の低い右筆であれ、異質な異邦人であれ、素直に頭を下げて学ぼうとする、途方もない柔軟さと誠実さを備えていたのだった。


執務が一区切りついた午後申の刻(午後四時頃)。

義興は「天野殿、少し風に当たろうではないか」と悠真を誘い、芥川山城の最高所である山頂郭の高櫓(たかやぐら)へと登っていった。

高櫓の板敷きの上に立つと、秋の澄み切った爽やかな風が、二人の着物の裾を優しく吹き抜けていった。

高櫓からの眺望は、絶景であった。

眼下には、黄金色に実った摂津平野の田畑がどこまでも広がり、その中央を静かに流れる淀川の水面が、傾きかけた秋の陽光を受けて眩しく銀色に光っていた。遠く南の彼方には、大阪湾の青い海原と、長慶のいる飯盛山の山影がくっきりと浮かび上がっていた。


義興は高櫓の木欄に手を置き、遠く飯盛山の山影を見つめながら、静かな、どこか切ない声音で語り始めた。

「天野殿。……父上は、お元気でおられるか?」

「はっ。筑前様は相変わらず、朝一番から深夜まで、二の丸の帳面に向かわれております」

「そうか。……父上は、背負いすぎなのだ」

義興の声が、秋風の中に寂しく響いた。

義興は遠くを見つめたまま、自らの胸の内を吐露した。

「一存の叔父上(十河一存)が亡くなり、実休の叔父上(三好実休)が久米田で討ち死にされた。……父上は泣くこともせず、ただ黙々と帳面に向かっておられるが、わしには分かるのだ。父上の心がどれほど血を流し、悲鳴を上げているかが」

義興の目元に、強い決意の光が宿った。

「父上は優しすぎるお方なのだ。だからこそ、自分が倒れれば三好の国が破滅すると思い詰め、一人で地獄の重荷を背負っておられる。……天野殿。わしは一刻も早く一人前の当主となり、父上の肩の荷を半分下ろして差し上げたいのだ。わしが三好の家を継ぎ、父上の作ったこの平和な国を、もっと温かく、もっと豊かな世へと育てていくのだ」


義興のまっすぐな瞳を見つめながら、悠真の脳裏に、現代でのある記憶が鮮やかに蘇っていた。

大学の大講義室。誰も悠真の講義を聞かず、スマホをいじり、寝ている受講生たちの中で。

最前列の席に座り、悠真の言葉を一字一文漏らさずノートに書き留めていた、あの真摯な学生・小林健太の眼差しであった。

(同じだ……)

悠真の胸の中で、現代の学生の眼差しと、四百年前のこの若き武将・三好義興の眼差しが、強烈に重なり合っていた。

真面目で、誠実で、一生懸命に自分の使命を果たそうとしている若者。

このような素晴らしい青年が、なぜ歴史の中で消されねばならないのか。

悠真の胸の中で、歴史研究者としての冷静な観察眼を超えた、激しい情熱と誓いが湧き上がった。

(死なせたくない……! この義興様を、絶対に死なせてはならない!)

悠真は史実を知っていた。

三好義興は、来年——永禄六年八月、二十二歳というあまりにも若い年齢で、突如として病に倒れ、この世を去ってしまうのだ。

もし義興が生きて三好家を継ぐことができれば。

三好長慶の精神の崩壊は防がれ、三好家は内紛によって自壊することもなく、織田信長の上洛を待つまでもなく、この畿内に堅固で平和な近世国家が完成するはずなのだ。

義興こそが、三好家の、そしてこの日本の未来を照らす「希望の光」そのものなのだ。


悠真は義興の前に一歩踏み出し、深く、強く頭を下げた。

「義興様。……僕は、どこまでもあなた様にお供いたします。あなた様が長慶様の重荷を背負い、新しい国を作られるその日まで……僕の持っているすべての知恵と計算を、あなた様のために捧げます」

義興は驚いたように悠真を見つめた後、破顔し、悠真の肩をガシリと力強く抱き寄せた。

「ありがとう、天野殿! そなたが側にいてくれれば、わしは百人の奉行を得た心地だ! 共に、父上を支え、三好の家を揺るぎないものにしようぞ!」


茜色の美しい夕陽が、摂津の山々を鮮やかな赤に染め上げていった。

高櫓の上で、二人の若い仕事人は、力強く手を握り合い、同じ未来の光を見つめ合っていた。

悠真の胸の中に、義興という青年への深い親愛と、何があろうと彼を守り抜くのだという、熱い決意が宿っていた。

迫り来る残酷な史実の足音を振り払うように、悠真は義興の手の温もりを、自らの手のひらに強く、強く刻み込んでいた。

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