終章・プログラム、終了(2)
常夏の楽園。水着姿で浜辺に寝そべっていた浮草 雨龍をレインが呼ぶ。彼女はやはりメイド服。水着にもしてやれるぞと言われたが、一度でも許すと際限無く着せ替えられてしまいそうなので断った。自分はナビゲーターであってビスクドールではない。
『マスター、お二人がいらっしゃいました』
「やっとか。ずいぶん手間取ったな」
『雨音様は女性です。準備には時間がかかるものですよ』
「適当で構わねえだろうがよ、どうせ“自分”同士なんだから」
『はぁ……』
深くため息をつくレイン。
『そんなことでは、いつまで経っても女性の心など射止められません。その点では雨楽様を見習って下さい』
「うるせえな、オフクロみたいなことを言うんじゃねえ」
『お母上ではありませんが、私はメイドですので、主人に諫言するのも従僕の務めです』
「メイドじゃなくオタクに優しいJKにでもするんだった……」
『構いませんよ? 制服を着ましょうか?』
「やめてくれ」
ジョークに渋い顔で返す雨龍。彼にとっても現在の彼女のビジュアルは理想を追求した結果なのだ、崩したくない。服だけならば着せ替えたいが。
(せっかくきわどい水着を用意したのに……)
そこへ例の二人がやって来た。雨楽と雨音。二人とも水着姿である。
「うわあ……」
「本当に南の島だ……これ全部CGなんですか?」
『正確にはマスターがテレビで見たハワイの映像を基に仮想空間で構築した島です。以前から有色者同士で気軽に交流の出来るチャットルームを用意したいと考え、作成を進めておられました』
「普段は日の当たらない部屋でばかり作業してるんでな。たまにゃこういう爽快な場所でリフレッシュするのもいいだろ。時間の流れも外とは違うから安心していいぞ」
手を挙げた彼を見て、雨楽と雨音はさらに驚く。
「父さん……」
「に、そっくり……」
「そういうお前らはマジでオフクロに瓜二つだな。最初ちょっとビビッたわ」
ここはネットワーク上に彼が構築した空間。精神世界のようなものなので直接会ったとは言い難いが、ようやく同位体同士、互いの姿を確認することができた。
「てか雨楽はその顔で男物の水着だと目に毒だ。これ着とけ」
「す、すいません……」
羞恥で俯き、差し出されたシャツを受け取る雨楽。雨音がムッと怒って割って入る。
「雨楽さんにセクハラしないでください!」
「ちげえよ! 女顔だから上半身裸はやめてくれって言っただけだ!!」
「それがセクハラなんです!!」
「なんでだよ!?」
「雨音ちゃん、僕、別に気にしてないから……」
危うく険悪になりかけたが、雨楽がとりなしてどうにか事無きを得た。
(父さんと母さんの夫婦喧嘩みたいだった……)
外見や性格に違いはあれど、やはり二人とも自分の同位体なのだと納得する。
「それで、あの、どうして僕らが招待されたんでしょう……?」
「あ、そうですよ。それで来たんでした」
「やっと思い出してくれたか」
二人に問いかけられ、砂を払いながら立ち上がる雨龍。やはり父に似て背が高い。それなりに高身長の雨楽と比べてもさらに頭一つ分上。小柄な雨音は彼と並ぶと小学生くらいに見えてしまう。
「まあ、一つは顔合わせだな。これから何かと力を合わせることもあるだろうし、挨拶は大事だろ?」
「それはそうですね」
「たしかに」
二人が頷いたところで、年長者として余裕を見せようと雨龍の方から自己紹介を始める。ニカッと笑い、自分を親指で示した。
「もうレインから聞いてると思うが、オレが浮草 雨龍だ。お前さん達の同位体でレインの生みの親。主にレインボウ・ネットワークの機能改善や情報収集、あとは他の有色者のサポートをしてる」
「そうだ、この間はどうもありがとうございました」
「そういえば、あなたのおかげで戻ってこられたんでしたね。ありがとうございます」
「気にすんな。たしかに多少手伝ったが、ありゃお前らが会った“二代目”のおかげって言った方が正しい。オレらはお前さんらの居場所をどうにか見つけただけだったしな」
「でもゲルニカさんは、そのおかげでネットワークの力を使うことが出来たって」
「そうなのか? ならまあ、オレらも役には立てたな」
『良かったですねマスター。あまり活躍できなかったことを嘆いておられましたが、これで報われました』
「余計なことを言うな」
あからさまに照れ隠しの叱責を飛ばす雨龍。そんな彼を見て雨音は褒められ慣れてない人間だと察した。粗暴に見えて案外雨楽と似たタイプかもしれない。
「ちなみに能力は≪情報≫と≪創造≫な」
「え? 二つ?」
「このくらいは珍しかねえ。始原七柱の力を全種類引き出した猛者もいる。オレらは能力の数で≪一色≫とか≪二色≫ってランク付けしてんな。お前らが一色でオレが二色。最高は今言った通り≪七色≫だ」
「なんですかそれ、ずるい」
「ズルかねえよ、お前らも頑張りゃ≪七色≫になるかもしんねえ。第一ずるいったら自分の方だ嬢ちゃん。七つの力の中でも≪時空≫は滅茶苦茶レアなんだぞ?」
「おっ、そうなんですか」
嬉しそうに右手の平を見つめる雨音。何度も藍色の光を灯しニマニマと笑う。珍しい力だと言われたことが気に入ったようだ。
「オマケに“滅火”や“異界渡り”まで使えるとか、オレの知る限りお前さんだけだぜ」
『ただし雨音様、先日も申し上げましたが、異界渡りは極力使用を控えて下さい』
「はい……わかってます」
笑みを消して拳を握る雨音。やはり彼女の父が感染した病は彼女自身が異世界から持ち込んだ未知のウイルスによるものだった。
ネットワークの力を借りた跳躍で同じ問題は起こらない。だから今後は藍の力だけ使うつもりだ。≪時空≫の保有者は安全対策を施した上で生身で異世界に渡り、さらには他者を異世界へ伴うことも出来るらしい。
「親父さんの病気、治ったってな」
「はい、雨楽さんのおかげで。本当にありがとうございました」
「な、何度も言われたから、もういいよ」
照れる雨楽。やはり彼も人から褒められたり、礼を言われることには不慣れなようだ。
矛先を逸らすためか、わざとらしく話題を元に戻す。
「えっと、それじゃあ今度は僕らの番ですね。浮草 雨楽です。その、まだ無職で普段は家事全般をしながら合間に絵を描いています」
「もう……鏡矢 雨音です。十五歳の中学三年生。最近、鏡矢家の当主にもなってしまいましたが、会社のことはよくわからないので伯父と回復した父に任せています」
「あ、そっか、年齢も言った方がいいんだ。二十歳です」
慌てて雨楽が付け足すと、ただ一人、雨龍だけが微妙な表情になった。
「雨龍さん?」
「待って下さい雨楽さん……そういえばあの人、さっき自分の歳と職業は言いませんでしたよ……」
「あっ」
理由を察し口を噤む雨楽。その態度にカチンときた雨龍は声を荒らげた。
「あっ、じゃねえ! ハッキリ言え、どう見てもオッサンだって! そうだよもう三十四だよ! お前らから見たらジジイ同然だよな!! しかもこの歳でまだニートだぜ、笑えよチクショウ!!」
「いや、あの……」
「そこまで見下してません。勝手な被害妄想で怒鳴らないでください」
うろたえる雨楽と憤慨して頬を膨らます雨音。同位体でありながらまったくもって三者三様の取り合わせ。
おかげでなかなか話が進まない。そう思ったレインは先を促す。
『マスター、そろそろ本題に』
「あ? ああ、そうだな、とりあえず自己紹介も終わったしな」
雨音と睨み合っていた雨龍は、咳払いを一つして、それから左手を宙に伸ばした。すると、そこにキーボードのような立体映像が現れる。
「アイアンなんとかみたい」
「言うな」
「アイアン……?」
「知らないんですか? 映画ですよ、アメリカのコミックの──」
「話を逸らすな! まずはこいつを見ろっ」
「え?」
突然、それまで青かった空が濃紺に変化する。一瞬にして夜空になった。
「うわ、月が大きい」
「南の島だからですかね?」
海上に浮かんだ巨大な月を見て驚く二人。
しかし雨龍は頭を振る。
「よく見ろ、あれは月じゃない」
「え?」
言われて目を凝らしてみると、たしかに何かおかしい。月なら表面に見えるはずの模様やクレーターが無い。太陽のように全体から強い輝きを放っている。
「言っておくが、ありゃ作り物の映像じゃない。オレの世界の夜空のリアルタイム配信だ。撮影場所は日本。オレの部屋」
「に、日本? 日本でこんなに月が大きく……?」
「いや、そもそも月じゃないって言ってましたよ。じゃあこれなんなんですか?」
二人の問いかけに、雨楽はさらにいくつもの映像を巨大な月の周囲に投影する。
黒い球体や七人の男女の顔が彫刻された金の円盤。そのほかにも様々な映像資料。大半が得体の知れない不吉な予感を抱かせる代物だった。
「あれ……見たことある」
黒い球体を指す雨楽。界球器から界球器へ移動した二度目の跳躍の際に見たものと全く同じだった。
「そいつは“崩壊の呪い”に憑かれた界球器だ」
「の、呪い?」
予想以上に物騒な単語が出て腰が引ける。
逆に雨音は目付きを鋭くした。
「どんな呪いですか?」
流石は退魔の一族。怖気づくどころか説明もしないうちにやる気を出した。
だが、それは困る。
「言っとくが一人でどうにかしようなんて思うなよ。下手なことをしないうちに釘を刺しとくが、ありゃ≪七色≫でも手に余る。オレらの知ってる“有色者”が総がかりでも絶対に勝てねえ」
「そんなに……?」
「でも、私達鏡矢一族が手を貸せば……」
「無理だ。滅火でもどうにもならん。あれはそういう代物だ」
「そんな馬鹿な……」
納得できない表情を見せる雨音。たしかにあらゆるものを消し去るあの炎なら一時的な効果は期待できるだろう。
だが、それでは根本的解決にならない。そもそも彼女を含めた現在確認されている数名の滅火使い程度でどうにかなる規模の話ではない。
雨龍は改めて空に浮かぶ銀色の球を見上げた。
「あれは、一部の世界では“竜の心臓”と呼ばれているものだ」
「竜の……」
「心臓?」
「文字通りドラゴンの心臓ってわけじゃねえぞ。由来は後で説明するが、とりあえず重要なのは名前以外だ。あれはネットワークの跳躍機能と似た性質を持っていやがる。異世界に繋がる門になってんだ」
そして、それが大問題なのだと彼は続けた。
「あれは異世界から“魔素”と呼ばれる物質を大量に呼び込む。そいつに汚染された世界はどこも悲惨な末路を辿った。特に黒色化した魔素は危険だ。あの界球器みたいに全体を覆われちまったらネットワークからも遮断され、内部との情報のやり取りは不可能になる。んで最終的には消滅する」
その言葉に、否、別の何かに動揺して雨楽と雨音は目を見開く。
「なっ……まさか、あれ……」
「嘘でしょう……」
空に浮かぶ巨大な球体の中心に瞳孔のような黒い染みが浮かんできた。それは上下左右に動き回ると、やがて再び姿を消す。
二人は理解した。雨龍が何を言いたいのかを。
あれが異世界と繋がる門で、そして今、その向こう側に見えたものが別の世界から自分達の界球器に侵入しようとしている存在なのだとしたら──
二人の表情を見て話の要点を察してもらえたと把握した雨龍は、説明を省略し結論を先に告げる。
「そういうことだ。今のが“呪い”……あの巨大な門からオレ達の世界を観察して侵入の機会を窺い、全てを滅ぼそうとしている“敵”だ」
仮想空間から戻った雨楽と雨音は、雨楽の世界の近所の公園へと出向き、中心に並んで夜空を見上げた。
ここから見える月は満月であっても、まだ普通の月でしかない。
「雨楽さん、さっきの話、どう思います?」
「本当のことだと思う」
雨龍の話だけなら、そう簡単には信じられなかった。けれど自分達は狭間の世界でゲルニカからも似たような話を聞いている。始原七柱を打倒した彼等でさえ解決し損ねた問題。それがまだいくつか残っていると。
多分、あの“呪い”がその一つ。
「どうして今頃……」
「わからない」
本来あの“呪い”は特定の界球器だけをターゲットにしており、自分達のいるこの世界は標的に含まれなかったのだそうだ。
ところが雨龍の世界での八年前、空に唐突に“竜の心臓”が現れ、あの黒い影が地球を睥睨するようになった。異変を悟った彼はネットワークの力を使って調査を進め自分達の界球器にまで“呪い”が取り憑いたことを知った。
以来、界球器全体が覆われて外部と遮断されてしまう前に対抗策を見つけ出そうと調査を進めてきたらしい。
そして彼曰く、この問題を解決出来そうな可能性が一つだけ存在する。
ちょうど“呪い”が自分達の世界に憑いたのと同じ頃、別の界球器で一人の少女が封鎖された世界に穴を穿つほど強大な力を使った。彼女は雨楽達と同じ≪一色≫でありながら、すでに≪七色≫と同等以上の“深度”に達している。彼女をどうにかして救い出すことが出来れば、こちらの大きな切り札となるだろう。
そんな“彼女”と接触する役目を──雨龍は、雨楽と雨音に託したいのだそうだ。
『お前らは特殊だ。特に雨音嬢ちゃんは“滅火”と“藍色”を両方使える、現状唯一無二の存在。しかも異なる世界観の時間を同期させるっていう、この作戦にうってつけの力の持ち主。作戦を成功させるにゃ、嬢ちゃんの参加は絶対必要になる。
でもって雨楽。お前はオマケみたいなもんだが作戦成功率を上げられる。なにせオレと嬢ちゃんの同位体だからな。お前がついて行ってくれりゃ例の界球器への接続が確立した時、その繋がりがより強固になる』
問題の世界は解析の結果、時間の流れがこちらの世界と比べて極端に速く、せっかく穴が空いてネットワークに接続出来ても、こちらから見ると数秒で閉じてしまう状態。過去数回接続が行われたが、いずれも手出しをする時間的余裕は無かったそうだ。
なのでこちらから救援を送るにしても、まずはどうにか時間的余裕を稼がなければならない。それができる可能性があるのは雨音と自分だけ。さっきの話し合いは、そんな現状を教わるためのものだった。
「あの……雨楽さんは無理をしなくてもいいですよ? 私一人でも作戦は遂行できます」
再び入口が出来たタイミングで中へ飛び込み、その瞬間に藍色の能力を発動させ時間を同期し誤差を修正する。それでようやくこちらから助け舟を出すチャンスが得られる。
雨龍がオマケと言ったように雨楽の存在は必須ではない。この臆病な青年に今にも消滅しそうな世界へ一緒に来てくれとは到底言えなかった。
でも、その臆病な青年にはそれが言えた。
「一緒に行こうよ」
「でも……」
「ゲルニカさんが言ってたよね、いつも誰かと繋がっていることを忘れるなって……あの世界で雨音ちゃんと一緒に何日か過ごして、僕もそれが大切だって思ったんだ。人と手を繋げることは頼もしいし、幸せだよ」
大好きな人なら、特に。そう思ったことは、今はまだ黙っておく。
レイン曰く、三度の跳躍を経ても自分の中の自殺願望は消えていないらしい。
それでも記憶の処置はしないと言われた。有色者になったからでなく、彼があることに気が付いたから。それが最も大切な事実だからと。
彼女はそれが何か明言しなかったが、雨楽自身は繋がることの大切さを知ったからだと思っている。
彼は右手を頭上の月に向かって伸ばす。いつかは、この世界にもあの“門”が出現するのかもしれない。その向こう側にいる人々へ思いを馳せる。
「今、あの“呪い”のせいで他の世界と繋がることの出来ない人達がいるんだ。その人達と手を繋ぐ助けになれるなら、僕はやるよ。雨音ちゃんと一緒に行く」
その横顔はもう、初めて会った時の他人に怯えてばかりの彼とは別人。雨音は頬を染めながら微笑む。
「わかりました、行きましょう」
狭間の世界で自分が抱いた想いは間違ってなかった。彼はきっとこちらを守るつもりで同行しようとしているのだろうが、それは違う。
(私があなたを守るんですよ、雨楽さん)
それがきっと、より多くの人々を救うことに繋がる。
今はそう確信している。
そして、この胸に秘めた別の想いもまた確信に変わった。
(私はナルシストなんでしょうか?)
彼は双子の兄のような存在。だけれど、今はその瞳で見つめられるたび胸が熱くなってしまう。
まさか初恋の相手が“自分自身”になるとは思わなかった。
「責任取ってくださいね、雨楽さん」
「? もちろん、頑張るよ」
自分と同じ顔の青年は、そう答えて優しい笑みを浮かべる。
雨音はまた胸が高鳴り、勘違いを指摘してやれなかった。
二人は再び月を見上げ、まだ見ぬ少女に向かって誓う。
「待っててね……“ヒメツル”ちゃん」
「私達が、必ず助けに行きますから」
『ふふ……』
無粋だと考え離れて見守っていたレインは、物陰でこっそりとスカートの裾をつまむと、くるりとその場で踊った。
「……あら?」
ある晩、彼女はホウキで飛びながら急に月を見上げた。白く長い髪が月光を浴びて虹色に煌めく。後ろに同乗中の幼馴染が首を傾げ、問いかけて来た。
「どうしたの、スズ?」
「ううん、なんでもない。ただ、なんとなくね」
遠いどこかから見知らぬ誰かが語りかけて来た、そんな感覚。
「多分、気のせいよ」
「そっか」
全てを見通す眼神の加護を持つ少年でも、流石に“呪い”で覆われた界球器の外の様子まで窺い知ることはできない。
それは二人が世界の命運を決する最後の戦いに臨む、少し前の出来事。
僅かな時間の逢瀬の最中の一幕だった。
(最悪の魔女5へ続く)
やっと投稿できました。元は単品で本編の「最悪の魔女」より先に書いていたんですが、気に入らずに書いては消してを繰り返してはや数年。ふと思いついて「最悪の魔女」のストーリーと絡めることでやっと書き上げられました。長かった。
例によっていつも通りの暗い話なのであまり読んでもらえないと思いますが、このあとがきまで辿り着いて頂けた皆様には御礼申し上げます。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




