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最悪の魔女スズラン4.5 憂鬱異世界旅行  作者: 秋谷イル


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21/22

終章・プログラム、終了(1)

 いつもと同じ時間帯。雨楽(うがく)が二階の物干し台で洗濯物を干していると、やはり浮草(うきくさ)家の前を馴染みの顔触れが通り過ぎた。

(なんだか……)

(今日は……)

(機嫌が良さそう、お姉さん……)

 出勤中のサラリーマン・安永(やすなが) 孝太郎(こうたろう)。登校中の小学生・石動(いするぎ) 久里亜(くりあ)。部活の朝練中、毎日ここを通りがかる女子高生の武井(たけい) 胡桃(くるみ)。三人はいつもと違う雨楽の様子に首を傾げ、けれども単純に“良かったな”と心を弾ませ去って行く。

 だが一人だけ事情の異なる人間がいた。急に彼の雰囲気が変わったことを逆に心配してしまった男が。

『個人的にはストーカー認定したいところですが、仕方ありませんね約束ですし』

 見かけたら報せて欲しい。そう頼まれていたレインは物干し台の雨楽のところまで移動すると、彼のいる場所を指差した。もちろん他の人間に彼女の姿は見えていない。

「あっ」

「!?」

 突然雨楽が振り向いたことで彼は慌てて自転車をこぎ出し、逃げ去ってしまう。

 そしてしばらく行った先の公園の前で止まり、ゼエゼエと息をつきながらベンチに横になって呼吸を整える。少し焦り過ぎたかもしれない。どうせアイツはここまで来られないのに、こんなに全力で逃げる必要も無かった。

「う、うう……」

 陽の光が目に沁みて泣いてしまう。アイツが家から出て来られないのは自分のせいじゃないか。なのに何をホッとしているんだ。情けなくて腹が立つ。


 すると、しばらくしてから声をかけられた。


「そこ、僕も座っていいかな?」

「えっ!?」

 聞き間違えるはずのない懐かしい声。もうお互い大人なのに、相手は声変わりさえしていなかった。

 慌てて跳ね起きると目の前にずっと焦がれた姿があった。十年ぶりに間近で見る綺麗な顔。はにかみ、ぎこちない動作で手を上げる。

「久しぶり……あっちゃん」

「雨楽……」

 海棠(かいどう) 秋人(あきひと)は、鼻声でその名を呼んだ。



「お、お前、大丈夫なのかよ……こんなところまで来て」

「うん。最近、家からそんなに離れてなければ出て来られるようになったんだ」

「そ、そうか……」

 それは良かった。朗報だ。ほんの少しだけ胸のつかえが下りた。

 でも、それっぽっちのことで安心しちゃ駄目だろう。秋人は己を叱りつけ再び口を引き結ぶ。

(オレのせいでコイツは十年も……)

 まずはそのことを謝ろうと思った。隣に座った幼馴染の方へ勢いをつけ振り返る。

 ところが先を越されてしまった。雨楽が心苦しそうな顔で頭を下げたのだ。

「あの時はごめん」

「へっ……?」

「もっと、ちゃんと話すべきだった。それに返事だってまだしてない。あっちゃんは勇気を出して告白してくれたのに、僕は逃げた。だからずっと謝りたかったんだ」

「んなっ、なに……を」

 何を馬鹿なこと言ってる? 相手の気持ちも考えず一方的に想いをぶつけた上、すぐに答えてもらえなかったからって苛立ち、関係無い人間にまで当たり散らして精神的に追い詰めたのはこっちの方だ。謝るべきは自分じゃないか。

「違う、オレが悪かった。いきなりあんなこと言って、お前を困らせた。男同士なんだし嫌だったろ。し、しかも、無理矢理……その……キスまでして」

 ああ、あの頃に戻って昔の自分を殺したい。今まで何度そう考えたことか。

 もちろん過去には戻れない。だからこの十年、一度もマトモに顔を合わせられなかった。余計に雨楽を傷付けてしまう気がしたし、そうする資格だって無いと思った。

 成長すればするほど理解出来た。自分がしたことは最低の所業だったと。

「うん、あれはショックだったよ……でも、あっちゃんが思ってるのとは少し違うかな」

「え?」

「そんなに嫌じゃなかったんだ。むしろ、あっちゃんならいいかもって少し思った……で、そんな自分が変に思えてわからなくなった。混乱したんだ。僕は本当に男なのか、女の子なのかって」

「そ……そうだったのか?」

 嫌じゃなかったと言われ、つい嬉しくなってしまう。すると雨楽は、そんな秋人の心を見透かしたように彼の瞳を見据えた。相変わらずの柔らかい眼差しで。

「だからって無理矢理あんなことをしちゃ駄目だよ」

「うっ……ご、ごめん」

「うん、謝ってくれたから、あのことは許す」

 あっけらかんと笑う雨楽。そんな幼馴染の様子に初めて違和感を覚える。

「雨楽……?」

 お前は、本当にあの弱々しかった少年なのかと。

 直後、雨楽は視線を落とし、眉根を寄せた。

春咲(はるさき)君にしたことは、まだ許してないよ?」

 ああ、それは当然だ。あんなことがあったわけだし彼の話題も出て来ることは覚悟していた。信じてもらえるかわからないけれど、雨楽には知る権利がある。だから、その後の自分と春咲 (うしお)のことを正直に伝えた。

「あいつとは、和解した……つうか、ずっと謝って謝って謝り倒してたらどうにか許してもらえた……」

「そうなんだ……」

「まあ、まだ本音では怒ってると思うけどさ、そのくせ何かと気遣ってくれるんだ。高校で一緒だったんだけど、色々あってハブられるようになったオレをグループに誘ってくれたり励ましてくれたり……あんだけ酷い目に遭わされたくせに、やり返そうとしないんだ。どうしてだって訊いたらよ、同じことをしたら、あの頃のオレ達と同じになっちまうからだって」

 話しているうちに色々思い出して泣けて来た。

 雨楽の件で周囲からの信頼を失い、残りの二年と中学での三年を孤独に過ごしたが、潮と再会したおかげで高校生活は充実していた。

「あんなに良い奴はいねえよ。お前にも謝りたいって言ってたんだ。元はと言えば自分がからかったのが原因だったからって……知ってるか? アイツも、お前のことがちょっと気になってたらしい。同じクラスになるまで、女子だって思ってたって。それでついつい馬鹿なことを言ったんだって……ごめんって……」

 そこまで喋ったら感情が溢れ出して涙もボロボロこぼす羽目になった。言葉がマトモに浮かんで来なくて、ひたすら「ごめん」の一言だけ繰り返す。

 雨楽はそんな幼馴染の背中に、そっと触れた。

「僕こそごめん。あっちゃんも、あの日からずっと苦しんでたんだね」

 そして、空を見上げながら言った。

「本当にごめん……今さらだけど、僕はあっちゃんの彼女にはなれないよ」

「雨楽……」

 やっぱりだ。以前と同じようでどこかが違う。凛々しくなったのか? 横顔を見ているうちにピンときた。かつての自分と同じだったから。

「……そうか。好きな子、出来たのか」

「うん。やっと初恋だよ」

「そっか、良かった……良かったよ」

 本当に嬉しい。十年越しでついにフラれた。悲しいはずなのに、逆に気分が晴れ渡っていく。

 失恋して喜ぶことになるなんて思わなかった。

「ありがとうな、雨楽」

「こっちこそ。あの頃、いつも守ってくれてありがとう。こんなに長く待たせたのに怒らないでくれてありがとう。それから──」

 彼は右手を差し出して来た。

 反射的に握り返し、その手の平が意外と大きいことに気が付き、秋人は自分の恋が本当に終わったのだと実感する。あれから十年、見た目は少女のようでも、やはり目の前の青年は大人の男になっていた。

「もう一回、友達になれるかな?」

「……お前がいいならな」

 それでも、この繋がりは断ちたくない。今度こそ間違えるものか──秋人は繋いだ右手に強く力を込め、改めて友情を誓う。

「あ、ところで先に言っておきたいんだけど」

「ん?」

「僕、ナルシストじゃないから!!」

「は??」




 ──同じ頃、鏡矢(かがみや)グループ本社ビル社長室に郵便が届けられた。秘書が運んで来た封筒の差出人を確認した(しずく)は、自らの手でそれを開封し、中身を見て微笑む。

「ほう……」

 中身は一枚のスケッチ画だった。こちらに向かって怯えた顔を向けつつ、それでも手を差し伸べてくれる角の生えた少女。先日の恐竜の絵もそうだったが、最近の雨楽はどうも現実離れしたモチーフを好んでいるらしい。

 相変わらず精細な描写だが、何を言いたいのかは伝わって来ない絵だ。

 しかし、それだけではない。


「何かを伝えたい、その気持ちだけは強く伝わって来る……まだまだだが、少し成長したな雨楽」


 先日、三日間だけ行方不明になった事件で何かあったようだ。今度直接会って詳しい話を聞かなければ。

 おそらくそれは、親戚としてだけでなく鏡矢の当主としても必要なことのはず。

 ドアがノックされ再び秘書が入って来た。その手には一冊の新しいファイル。

「社長……例の“球体”の観測結果が届きました」

「見せろ」

 受け取ったそれに目を通し、今度は顔を険しくする。まったく、心配していた子に成長の兆しが見えたかと思えば途端にこれだ。つくづく鏡矢の血は英雄を欲する。

 だから自分がいるのだと言い聞かせた。雨楽達を巻き込ませてなるものか。

「至急、夏流(かながれ)とコンタクトを取れ。この情報を伝えてやれば今回は連中も四の五の言わず協力するだろう。なにせ──世界の危機だからな」

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