八章・悪夢の真実(2)
二人の失踪から三日目。雨龍は不眠不休で捜索を続けていた。レインが休息を取るべきだと提案しても耳を貸さない。
彼は今回の事態に責任を感じている。あの二人を不用意に接触させるべきでは無かったと。今回の事故は彼等を引き合わせてしまったがために起きたものだろうから。
作業に没頭しているとドアをノックされた。向こう側から母が呼びかける。自分の世界の浮草 静流が。
『雨龍、夕飯、ここに置いておくわよ』
「ありがとう母さん」
『前から色々してるみたいだけど、あんまり根を詰めないでね……』
「今やってることが終わったら、しばらく休むよ」
『そう……』
足音が階下へ降りて行った。三十路半ばでまだニート。対人恐怖症の雨楽と一概に比較することはできないが、こちらの状況も相当酷い。親にはやはり心配と迷惑をかけ続けている。
でも、今やらなくちゃ駄目なんだ。一銭にもならない仕事だけれど、この仕事はけして投げ出すわけにいかない。
手がかりは今のところ夏流 日華から聞き出した“狭間の海”という領域の話だけ。誰かが死ぬ間際の一瞬にだけ生まれて、次の瞬間には散る世界。そんなものをどうやって探し出せと言うのか。そもそも本当にそこにあの二人がいるのかもわからない。
だが、二人は必ず助け出す。彼等のためにも、その家族や友人達のためにも。なにより、三年前に接触したあの世界を救うためにも──
そこまで考えて、ふと一つの可能性が脳裏に浮かぶ。
「おい、レイン」
『なんでしょう?』
「たとえば“有色者”の力に触れることで、そいつも“有色者”に覚醒するなんてことはあるか?」
『あります。ネットワークの記録によると、ありふれた事象のようです』
「そうか、だとすると……」
『雨音様も、あの瞬間に覚醒したと?』
「ありうるんだろ?」
『ええ』
そうだ、だとしたら、か細い糸ではあるが繋がる。説明がつく。
本来一瞬で消えるはずの“狭間の世界”が今も残っていて、あの二人を閉じ込めているとしたら、それは何故だ?
≪世界≫
≪情報≫
≪破壊≫
≪創造≫
≪均衡≫
≪生命≫
≪時空≫
そう──≪時空≫だ。藍色の力。時間と空間に干渉する能力。レインの話によると雨音は雨楽の跳躍を阻止しようとしていたらしい。もしもその瞬間に新たな力に目覚め無意識に発動させていたとしたら? 一瞬で消えるはずの“狭間の世界”をそのまま維持できるかもしれない。だからこそ、あの二人は今もそこから出られず閉じ込められているのではないか?
そして、それならばこちらとの繋がりも完全に絶たれてしまったわけではない。
「レイン、検索しろ! 新規ユーザーだ! あの子が≪時空≫の力を使い続けているなら、必ずどこかでレインボウ・ネットワークと繋がっている! その繋がりの先にあいつらはいる!」
『わかりましたマスター。新規ユーザー再検索、開始します』
レインが広大なネットワークからたった一人の少女を探し始める。彼女は接続者達の脳に間借りしている存在なので、演算能力はネットワークへの接続者が増えるほど向上する仕組み。それでも無限に近い世界の中からたった一人を見付けようというのだし簡単には終わらないだろう。
待っている間、雨龍は晩飯を食うことにした。
『ここでは足掻くだけ苦しみが長引く。あなた達も今、楽にしてあげる』
自分と同じ顔の影がそう告げた直後、他の敵が一斉に襲いかかって来た。雨音は反射的に攻撃を避け、防ぎ、打ち返す。
けれど、その精神状態は今までになく乱れていた。動揺が隙を生み、その間隙を抜けた攻撃が何度も彼女を打ち据える。
「うっ!? く、このっ──」
この何十という影が全て並行世界の自分、その成れの果て。なら、どれだけ足掻こうと結局は彼等の言う通り、ここから出られないのでは?
つまり父を救うことはおろか、もう二度と会うことも叶わない。雫おばさん、日華おじさん、友達、先生、親しい人々との永遠の別れ。
そんな懸念がさらに動きを鈍らせる。
「痛っ……!!」
どんどん被弾回数が増えていく。皮下の“鎧”を体表に滲出させて耐えているが、このままでは前回の異世界と同じ結果になるだろう。不安と絶望という名の毒が徐々に気力を奪い、彼女を弱らせつつある。
だが、それでも彼女は“鏡矢”だった。影のうち何体かが倒れたままの雨楽に槍を突き立てようとするのを見て、カッと全身が熱くなる。
「やめろ!!」
力無き者を守る。そのために刃を振るうのが鏡矢の本質。星憑きとなって得た圧倒的な膂力で眼前の敵を薙ぎ払い、雨楽を殺めようとしていた者達も打ち倒した。ほとんど一瞬の出来事である。
彼女の攻撃を受けた影達は形を維持できずドロリと溶けてしまった。残ったのは自分と同じ顔のあの一体だけ。
(こいつを倒せば!)
雨音は瞬時に間合いを詰め、手刀で心臓を狙う。指先は再び“鉄血”で覆われ鋭い刃と化していた。
ところが、その一撃は別の刃に弾かれる。
「なっ……まさか」
『そう……あなたは私と同じなのね』
液状化した影達が最後の一体の手に集まり、刀を形作る。シルエットだけでも見間違うはずがない。あの見慣れたフォルム、あれは間違いなく──
「嗚角!?」
『私も、星に憑かれたせいで人生が狂った。母を失い、父を救おうとしてここに囚われた。私も鏡矢 雨音。あなたと同じ妖刀の騎士。だからそう、あなたもここで、永遠に悪夢を見続けるのよ』
黒い刃は青い燐光を纏い、易々と雨音の“鎧”を切り裂いた。




