9.不良品
「てめぇは死にてぇのかっ!!」
「ち、ちがうんだ!!」
その日、炎天の訓練場に劉牙の怒号と、幸太郎の悲痛な叫びが響いた。
(何でこんな事に……)
目の前に、いつも以上に不機嫌の劉牙がいる。幸太郎は、泣きたい気持ちでいっぱいだった。
何故こうなったかは、事は三日前に戻る。
初期指導が終わり、それぞれに所属する班が割り当てられた。幸太郎は温谷の班だった。しかし、不運な事に、劉牙と同じだった。
(あ、やばい。死ぬ)
名前を呼ばれた辺りから、劉牙に睨まれ、幸太郎は小さく縮こまっていた。
「ははは!君達と一緒か!よろしくな!!」
不穏な空気の中、炎天だけが元気だった。
それから、炎天の監視の元、ハードな稽古が始まり、二日経った。
劉牙はコツを掴み、黙々と腕を上げていた。対して幸太郎は、全く上達しなかった。
「全然上手くならないな!」
炎天は、土を抉る程の威力で素振りをしつつ、上達具合を見た上でコメントした。
「そんな難しいことじゃねぇだろ」
「いや、そうだけど……!」
劉牙は最初こそ馬鹿にしていたが、いつしか呆れに変わっていた。
「うむ。ならば君が教えてあげるといい」
「あ?そんなめんどくせー事、したくねぇよ」
「教えられてこそ、一人前と言うのだ」
劉牙は炎天の言葉に反応し、舌打ちした。それは、炎天に承諾の意思と見られた。
劉牙の指導の元、少しはマシになったが、コツは掴めずにいた。
遠く離れた缶に、弾丸を当てるだけだが、反動で腕が左右に揺れた。劉牙は、幾度と制御の仕方を教えたが、上手くできないままだった。
そして冒頭に戻る。
何度目かの弾丸は木に当たり、幸太郎の方に跳ね返って来た。
咄嗟の判断が出来ず、フリーズする幸太郎を、劉牙が腕を引っ張り倒れさせ、事なきを得た。
「あ、ありがとう」
「……もしかして」
微かに口を動かした後、劉牙は砂を払い、幸太郎の銃を拾い、そのまま三発撃った。
弾丸は全て外れ、掠る事すらしなかった。
(は?当たらない……?)
「む!それは不良品だな」
いつの間にか素振りから、スクワットになった炎天はそう言った。
「試しにこっちの銃で撃ってみろ」
劉牙は自分の銃を差し出した。しかし、劉牙が選んだ武器は銃ではなく、横幅の広い大剣だった。
「……どうして銃を」
「どうでも良いから早くやれ」
幸太郎が質問する前に、劉牙は遮った。
言われた通りに撃つと、三発全て当たった。
「あ……当たった!」
幸太郎は目の前の光景に息を呑んだ。
「今すぐ取り替えだな」
「私の方から言っておく!これはすまん事をしたな」
炎天は、劉牙が持っていた不良品の銃を取り上げた。
「だけど直してる間は、どうすれば……」
困惑した幸太郎に、劉牙は自分の銃を指差した。
「それでも使ってろ。別にてめぇが使っても困らねぇよ。」
「それは名案だな!」
劉牙の案に炎天は乗った。しかし、幸太郎だけ落ち着かないままだった。
(これ、相当大事な物じゃあないのかな?)
劉牙の銃は、腰のポシェットに常に入っていた。それを離す時は少なく、寝る時も厳重に保管していた。
その事を幸太郎は思い出し、急に銃が重く感じた。
「あ?不満でもあんのか?」
幸太郎は黙考していたためか、劉牙を見詰めていた。
「あ、いや……これ、大事な物なんじゃ……」
「そんな大層な物じゃねぇよ」
そのまま振り返ることなく、どこかへ消えていった。
「……」
その背中にかける言葉が見つからず、幸太郎はただ見送るしか出来なかった。